閑話 間違った令嬢を婚約者にしたかもしれない。

※ルーカス殿下視点です

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



最近婚約者が、おかしい。



俺には婚約者がいる。

ウィスダム家の長女、シトレイシアだ。

家柄も良く、勤勉で大人しい才女だと聞いていた。

おまけにこの政略結婚の何物でもない婚約を拒んでいないときた。

だからこそ俺に群がる虫除け用の婚約者に適任だと思ったが、その考えは間違いだったかもしれない。


「なぁルーカス、今日の放課後暇?校庭借りて模擬戦しようよ」


今声を掛けてきたこいつが俺の婚約者。の、はず。


口調が男勝り?

残念なことに服装も男物だし、なんなら姿形は全て男そのもの。


ここにいるのは正真正銘俺の婚約者であるシトレイシアだが、実際目に映っているのは一人の青年ルクソル

シトレイシアことルクソル・オータムが俺に話しかけている。

混乱しそうな話だろ?俺もいまだによく混乱しているから問題....しかない。

大体何だ、入学してから早一週間で学年の女共の話題の中心人物として君臨している"麗しのオータム様"が俺の婚約者って。

ジョークだと言われたのならどんなに楽だったか。


「まだ混乱してるのかい?はは、ルーカスって奴は頭が硬いな。理解できない話は一旦"そういうもんだ"って捉えたら楽なのに」


からからと笑うルーカスの笑顔は俺の知っている婚約者の控えめな笑顔とは似ても似つかなかった。



シトレイシアは婚約して一ヶ月めに婚約者として正式な形で城に来たが、その時は間違いなくただの前髪の長い陰気な女だったというのに学園に入学してみれば会いに来たのは誰とも知らぬ男。

声も低く、背もそれなりにあり、立ち振舞いは男のそれ。


「誰だお前....」


「嫌だなぁ、僕のこと忘れた?........シトレイシアですわ、ルーカス様」


にこにこと笑顔を浮かべる男の口から出たのはそんな言葉。どんなでまかせだと言ってやりたかったが、聞こえた声は確かにシトレイシアの声だった。

余計に混乱した俺は与えられたばかりの個室サロンに、なかば無理矢理に男の腕をつかんで連れていった。


「早急な説明をしろ、いいな?王族の俺を騙して楽しんでいると言うのなら明日から学園内での立場はないと思え」


部屋に入るなり息継ぎもなしに問い立てる。

悠長に腰を掛けるな王族の前だぞ平民がと矢継ぎ早に罵りかけたが、流石に言っていいこと悪いことの分別はついている。

落ち着け俺。

腕を組み、仁王立ちの状態で優雅に座る男に詰め寄った。


「ですから、シトレイシアですわ。ほら、この通り」


そんな事を言いながら長い髪を一纏めにしていたリボンをほどき、制服の前を寛がせる様子を訝しげに眺めていたが、慌てて止める。

一瞬だったが見間違いではない。男物の制服の隙間から女にしかあり得ない部位が見えかけていた。

待て、何故男に胸がある。というか何を見せられているんだ俺は。

混乱が混乱を呼び、眉に皺を刻みながらシトレイシアを名乗る男(?)を改めて一瞥する。

そこには男物の制服を着たシトレイシアがいるだけだった。

魔法が解けたかのように先程まで男に見えていた人間がシトレイシアに見えるようになったことに対して、酷く狼狽える。

どうやら俺は目がおかしいようだ。


わたくしシトレイシア・ウィスダムは今日を持ちまして、ルクソル・オータムとして学園生活を送ることにしましたの。ですから殿下、学園内では私をルクソルと御呼びくださいな!」


さも当然のように告げるシトレイシア。

経緯が分からないとこうも話は聞き辛いものなのか。

理解の追い付かない俺は時間を置いて考え直そうと思考を止めた。

幼少から天才と持て囃された俺でもウィスダム家の才女のすることは理解が出来ないのだ、と。


「........今度からはちゃんと説明をしてくれ」


にこにことルクソルの姿でしていた笑顔を浮かべるシトレイシアに、俺の思考は身勝手に匙を投げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る