第2話


乙女ゲーの悪役令嬢に転生した。


そう言われればまぁありきたりな物語の話だと思うが、中身である俺は男子高校生だ。

トラックに轢かれてこの身体の持ち主、悪役令嬢シトレイシアに転生したものの、今生きているのなら万々歳だし何よりシトレイシアの容姿は俺の好みにドストライク。

前世じゃ絶対に出会えなかった筈の俺の好みを体現したかのような女性に生まれ変われるなんて幸せでしかない。


伏し目がちな青い瞳と雰囲気全体の知性を感じさせる容姿は本当に綺麗だ。そして胸が大きい。そして更には口元に黒子があり、それによって清楚さと色気を両立させた令嬢が完成しているわけだ。控えめにいって凄い好き。


メイドさんとおぼしき女性から声をかけられ、乙女ゲーだなんだの記憶を思い出した俺だがあまり暗い考えは浮かばなかった。

何故なら妹が語っていた事が正しければ、悪役令嬢と言っても、作中でシトレイシアがしたことと言えば婚約者の王子様と仲良くする主人公の女の子に何度も責めるような注意の手紙を送ったり、魔術訓練で完膚なきまでに負かしたり、靴や教科書を隠したりと陰湿と言えば陰湿だが他のルートの悪役令嬢達よりは中々大人しいほうだ。

何なら罪に問われても最悪で国外追放のみだった気がする。

というか元々落ち着いた性格のシトレイシアには勇気を出してもその程度しか出来なかった、というのが正しい。

俺が中身となった今、主人公への嫌がらせさえしなければシトレイシアは罪にも問われず婚約破棄もされないはず。


「でも待てよ....?こんなに綺麗で可愛くて完璧な美人が学園に通い始めたら男子生徒が邪な感情を持ちかねない。俺がどうにか....どう........男装すりゃいいのか!」


好みの女性シトレイシアに対して思考が可笑しな方向に向かっている事は重々承知だがゲームの方で語られていなかっただけでシトレイシアがモテないはずがない。

全校男子に狙われてか弱い乙女が抵抗できるわけがないだろう。

なら乙女の枠から外れてしまえばいいのだ。

男装してもシトレイシアは十分美人のままだと断言できるし、男という枠にさえ入れば作中のシトレイシアよりも鍛練に励んでも学園内では怪しまれない。

心なしか思考の隅でシトレイシアの意識が"楽しそうですね!"と賛成してくれているので、もーまんたい。

シトレイシアが好奇心旺盛でよかった。


今後の方針を転生して一時間も経たないうちに決めたのはいいが、それより先に朝食に呼ばれていたのを思い出した俺は今後のことよりも大切なことに気がつく。


俺貴族様の作法とか知らねーんだけど...?


"それは大丈夫ですわ!わたくしの身体がしっかりと覚えていますもの。"


そんな会話を経て秒で解決した。

てなわけで食堂....食堂???家族でご飯食うのに食堂なの??????


"食堂と称しているだけで、普通のお部屋ですわ。お父様が気紛れに命名しただけですの"


ほぉん....。

とりあえずシトレイシアにナビをしてもらいながら食堂に到着。

座っている面々は皆顔面偏差値が高い。流石シトレイシアの家族。

奥に座る父親らしき男性はまだ三十代ほどにしか見えず、母親らしき女性はもっと若々しく見える。

年齢詐欺か。

他の席にはシトレイシアと同じような色合いをもつ青年が一人。


「シトレイシア、遅かったな。何かあったか?」


渋い耳障りのいい声で父親が俺に語りかける。


「いいえ、お父様。一人で着替えていたら想像していたよりも難しくて、時間がかかってしまっただけですわ」


シトレイシアの記憶によると、貴族の着替えは使用人がするのが大半で、自分で着替える令嬢は珍しいらしい。


「そうか、....まぁ座りなさい。今日はお前に話がある」


用意された椅子に腰を掛け、何のことでしょうかと首をかしげてみた。多分ハイパーあざと可愛いのであとで鏡に向かってやろうと思う。


「シトレイシア、あなたに縁談があるのよ」


「相手はルーカス王子だ」


「あなた、殿下に思いを寄せていたでしょう?喜んでもらえると思ってわたくしとダイナーで頑張ってみたの」


ダイナーは父さんの名前な。


「僕も殿下に話を振ってみたんだけどね、シア。知っての通り、殿下は女性に無頓着だろう?だから国内屈指の名家の令嬢との婚約は殿下にとって他の女性に逐一縁組みを断る手間が省けて嬉しいと言っていたよ」


お兄さんそれシトレイシア自体に魅力感じてなくないか?

まぁ当の本人シトレイシアは跳び跳ねそうなぐらいに喜んでいるから俺も気にしないでおく。

シトレイシアが嬉しければ俺も嬉しい。


「まぁ!殿下と婚約出来るのなら私、喜んでお受けいたしますわ!ありがとうお父様、お母様、お兄様!」


食事中ずっと、俺すら満面の笑みになりそうなくらいにシトレイシアは上機嫌だった。

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