クソデカい釣り針

フロクロ

第1話

「この子に釣り竿を買ってやりたいんだが」

「え、釣り竿……?」





 農業と工業、そして5割のサービス業がAIによって代替された現代、余暇を持て余した人類は文化的な活動に精を出す……かのように思われていた。しかし、現実は違った。AI事業は技術を持った一部企業の寡占状態となり、その企業間でのシェア争いに人々は巻き込まれた。これが「広告戦争」である。美術、音楽、ダンス、ブログ、つぶやき、あらゆる文化活動にスポンサーが付き、PV数に応じて利益が発生するようになった。


 結果、すべての文化活動は労働と化した。


 広告はAIに代替されなかったのか?という質問に答えるのは容易い。広告は人の感情に訴えるコミュニケーションだ。コミュニケーションの結果発生する感情をシミュレーションするのは、未だAIより人間にやらせるほうが効率が良かった。何より、大脳のネットリテラシー野が異常に発達した新人類は、その第六感的な力で人間の文章とAIの文章を見分けられるようになっていた。


 そんな現代においては、注目を集めることがカネになる。


 7歳の息子は、嘘で注目を集めることにおいて早くも天才的な才能を発揮していた。

 生後2週間でインターネットに触れた息子は、ネットの何たるかを肌で理解していた。ハリボテの言葉は人の感情を揺さぶり、大衆の耳目を吸い寄せた。


「息子には才能がある」


 この子は広告戦争の覇者になれる。そう悟った私は、息子にそのための「釣り竿」を買ってやることにしたのだ。


「えーと、うちは電気屋でして、釣り竿は……」

「あ、いや。ノートパソコンを、買ってやりたいんだ」


 思わず心の声が漏れてしまう。浮足立っていた私はそそくさとPCを購入し、息子に与えた。


「試しになんか書いてみろ」


 そう言われた息子は、すぐさまテキストボックスにあることないこと打ち込み、投稿した。

するとどうだろう。

 1万PV、5万PV、10万PV……

 伸びは止まらない。コメントには賛否両論あるが、記事自体に対する批判はまだ見られない。


 この広告戦争において嘘は大罪である。嘘をついたことが大衆にバレれば「炎上」し、身元を特定した善意の炎上警察が自宅にやってきて、牢獄にぶち込まれる。そこから帰ってきた者を私は知らない。


 しかし、息子の嘘は決してバレなかった。


 その日から息子の勢いは止まらなかった。息子は表舞台にこそ姿を表さないが、世間からの注目を一身に集めていたように思う。その釣り針は大衆を一本釣りにし、我が家に大きな収益をもたらした。


 しかし、ここに来て私は不安になった。

 このまま息子ばかり活躍されては、親の沽券に関わるのではないか。このまま息子の天才性ばかりが際立ち、私は凡百の路傍の石となるのでないか。

 親は息子の手本であらねばならない。私は事実を少し脚色した「大きな釣り針」を投下することとした。嘘に現実を混ぜるとバレにくい、というのも息子がよく用いるテクニックなのだ。息子は親に学び、親も息子から学ぶ。こうして我々は親子2代で伝説の「釣り師」となるのだろう。


 その伝説が今、幕を開けた。





「息子にPC与えたら月1000万稼いでてワロタ」

「嘘乙」


 炎上した。

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