第4話 一寸光陰 前編

今日からアイドルの第一歩を踏み出す。


午前中は世間に向け、オーディション四次審査よりも多い人の前で「Earth」の発足が宣言された。


午後一時過ぎ。


各々の名前入りビブスを着用し、見慣れないレッスン室に僅かにテンションが上がる。


五十音順、四列に整列し、講師の前に体育座りで座る。


「はい。今日から皆さんのダンスレッスンを担当します、中島です。

今日が初日ということでまずは一人一人自己紹介をしてもらいたいと思います。

では、前の人から順番にお願いします。」


次々に、五十音順に自己紹介をしていく。


最後の人が自己紹介を終え、座ると


「はい。もう一度最初の方からお願いします。」


私たちは戸惑いながらも言われた通りもう一度繰り返した。


「はい、もう一度。」

先生はそう一言告げると黙ってしまった。


そして、三回目の自己紹介を終えると

「皆さん、なんで繰り返してるか分かりますか。

伊藤さん分かります?」

一番前に座っていた、「Earth」最年少の伊藤 早希いとうさきを指名した。


「・・・・えっと」


「返事は!」


「はい!えっと、声が小さいからだと思います」


「では、何故理由が分かっているのに三回も繰り返して直さないのですか?


特に、伊藤さん、長屋ながやさん、難波なんばさん。貴方方は三回とも声量に変化が見られませんでした。


まだ、中学生だからと言って甘えてませんか?芸能界ではそんなのは通用しません。

今日できっぱりと甘えを断ち切ってもらいます。


この三名以外はボイストレーニングに移ります。


三人は別室で練習し、いいと思ったら私のところにきてもう一度自己紹介してください。


今から三分後にレッスンを再開します。では一旦解散。」



名前を呼ばれた三人は今にも泣きそうになりながら別室に移動していった。

残された17名は彼女たちを心配しつつも、多くは自分のことで精一杯の様子だった。


初めの自己紹介で怒られた三人以外にも次のボイストレーニングでは全員が絞りに絞られ

レッスンを終えた頃には個々に様々なリラックス体制をとっていた。



「皆さん、とてもお疲れのようですが今日は初日のため大分ペースを落としています。

明日からはダンスレッスンも平行して行っていくつもりですので頑張ってください。

では、今日はお疲れさまでした。」



先生が退室し、辺りの雰囲気が少し安らぐ。


皆、徐々に疲労が取れてきたのか仲のいい人たちでかたまり談笑し始めた。


そんな中、一人うつむき一定の間隔で鼻をすすっている。その人物は難波加耶なんば かや


今日のあれはまだ中学3年生にとっては辛かったのだろう。


一向に泣き止む気配がない。


それまでは、楽し気に話していた周りのメンバーも流石に心配し始めた。

明るい話声が耳打ちする囁き声に変わっていった。


その様子に昔の自分がフラッシュバックした。

モヤモヤが抑えれず無意識に体が動く。


それよりも早く、みさとが難波さんに駆け寄っていた。


励ましているのだろう。声を掛けながら背中をさすってあげている。

いつの間にか彼女も周りに皆が集まっていた。


「大丈夫?」


「ほらっ、元気だして」


「頑張りや~」


「私も出来なかったし、これから一緒に頑張ろっ」


          ・

          ・

          ・


18人がそれぞれの言葉で仲間を鼓舞する。


いつしか私の心を覆っていたモヤモヤも晴れていた。

メンバーたちの言葉に落ち着いてきたようで、相当泣いて腫れた目の周りの水滴をふき取り


「みんな、ありがとう。」


と涙声ながらもお礼をいった。


輪の中心にいたみさとはそんな彼女に向け


「私たちはもう仲間だよ?助けるのはあたり前だよ


これか難波さんだけじゃない。ここにいるみんながたくさん怒られるし、たくさん泣くと思う。


その度にお礼なんてきりがないよ。


だからね、ありがとうじゃないでしょ?」


「うん。私、頑張る。」


「よし!じゃあ、みんなでご飯食べ行きましょう!私、お腹すいちゃった」


さっきの言葉の主とは思えないひょうきんな感じに教室内が笑いで包まれた。





知り合って一週間も経つとお互いのことが分かり始め、プライベートでも遊んだりする人が増えてきた。


私以外は。の話であるが。


もうそれぞれニックネームで呼び合うメンバーもいる中

私に至っては初日に話した(正しくは強引に話かけられていただが)岸上さんとみさとぐらいしかまともに話していない。



メンバーに意地悪な人がいるとかそんなことではない。


これはいじめられた過去とか関係はしているとは思うが

私は生まれつき人に話かけることが出来ない質なのだ。


「それだからいじめられるんだよ」っと言われてもなにも言い返せないのが私なのだ。


癖になりつつある自虐しながら会話が弾み楽しそうなメンバーを壁際に座りこんでいると


「あー!まーた、一人でいるー!ちゃんとみんなと話さないとダメだよ、カゲちゃん」


私のことを唯一ニックネームで呼んでくれる岸上さんが駆け寄ってきた。


「ご、ごめんなさい」


「もうそれは何度も聞きました。今日は私も鬼になります。


立派なアイドルになるにはコミュニケーションも大事だよ!」


と強引に、岸上さんが今まで話していたグループのもとまで連行された。


「みんなー!この子が喋りたそうにしてたから連れきたー


カゲちゃんっていいます。ほら、カゲちゃんも挨拶して!」


「志賀です。志賀景です。」


そこには、高口智穂たかぐち ちほ鷲頭咲良わしず さくらがいた。


「ごめんなさいね~。強引に連れてこられたんでしょう?」


「ひーちゃん。ダメだよー強引に連れてきちゃ」


二人の怒られ、しょんぼりしてる岸上さんをしり目に

メンバー最年長の鷲頭さんが子供を諭すように


「でもね。志賀さん私もあなたと話してみたかったの。もしよかったら話しましょ?」


「うんうん、私もそう思ってたの!ね!話しましょ」

とそれに便乗する高口さん。


なにか言い訳してその場を乗り切ろうとしていたが無理なことを悟った。


すぐにでも逃げ出そうとする足を折り畳み、三人の輪に加わる。


「志賀さんはどこからいらっしゃったの?」


「鹿児島です」


「志賀さんの好きな食べ物って何?」


「特に・・・。強いて挙げるなら苦いものです。」


「次、私!カゲちゃんの誕生日っていつ?」


「4月の20日です。」



全く話が広がらない。私が話すといつもこうなる。

結局、盛り上がらずに休憩時間が終わった。


「・・・それじゃ、いこっか」


皆、それぞれの立ち位置に戻っていった。





ここ最近はまだ自分たちの曲がない私たちはRisEの楽曲をお借りして


振り入れ→フォーメーション→歌あり通し、を繰り返しそろそろ始まる宣伝活動に備えている。


今日の楽曲はRisEの楽曲の中でも随一の激しいダンスナンバーで他のメンバーも

苦労している。


ダンスがあまり得意ではないメンバーはもちろん、いつもそのメンバーを手助けしているようなメンバーまで手こずっている。


講師の先生も今日は振り入れだけに集中すると予定を変更した。


「これ覚えられる気がしないよぉ」


もう毎度の名物化している日坂乙絵ひさか おとえの弱音が聞こえてくる。


一方、別グループでは「Earth」内でみるとお姉さんに分類される人たちがお互いに教えあっている。


「ここを・・・・こうして・・こうっ!  



どう?出来てた?」



「んーーー?もっと腕のふりはシャキっとしたほうがいいんじゃない?


あと、ステップ左右逆だよ」


「ん?あ、そっか!ここいつも間違えちゃうんだよね」


「Earth」に入る前から親交があったらしい武田真理乃たけだ まりの山本愛実やまもと まなみは二人で振りの確認をしていた。


一人一人が、振り入れに必死になっている中、丸まり顔を伏せているメンバーが一人。


近くにいた関本奈津せきもと なつが、そのメンバーに話かける。


「ねぇねぇ、理生りおちゃん。振り大丈夫なの?先生も見てるよ」


「ん、ん゛ん゛。ふわぁ~。もう覚えたから大丈夫~」


そう言うとまた俯いてしまった。


そこへ、練習に行き詰った小森未有こもり みうが走りこんできた。


「理生ちゃーん、振り忘れちゃった~。最初から教えてー」


「う~ん?いいよぉ~」


二つ返事で了承するとさっきのだらだらした態度はどこへいったのか

てきぱきと準備を済ませ鏡に正対した。


「じゃあ、未有、いくよぉ~」


理生の声に合わせ音楽がかかる。


みんなが注目しているのも意に介さず、淡々と踊る。

完璧に踊り終えた理生は美有に向け


「ど~?わかった~?」


「ごめーん、早すぎてわからなかったー」


「も~、じゃあ、一緒にやろっかぁ」


すごいな。まるでお手本の通りだ。


よし、私も負けていられない。


そろそろ振りも入ってきた。次のステップに進むか。


スピーカから曲を流すのは少し気が引けたのでワイヤレスのイヤホンを使うことにした。


鏡の前に立ち、深く深呼吸した。


よし。


再生ボタンを押す。


曲がかかると周りが暗くなり鏡に写る自分しか見えなくなっていく。


踊っていると私の身体に、喜びが満ちていくのが分かる。


カラカラの喉を潤す水のように、内側から外側にじわじわと浸透していく。


やっぱり、踊るのは楽しい。


幸福度が最高点に達する少し前に曲が終わってしまった。


もどかしい気持ちと楽しく踊れたという気持ちが入り混じりつつ両耳のイヤホンをしまう。


そこでやっと気づいた。メンバー19人、みんなが私一人を見ている。


「景ちゃん!今のなに?!全然違う曲みたいだったよ」

みさとが私の肩を振りながら言ってきた。


「全然違う曲って。私はお手本通りに踊っただけだよ。」


「そういうことじゃなくて、なんだろ。世界観が違うというか。私の語彙力じゃ伝えられないな。」


そう言ってくれたのは初の顔合わせの時、特に印象深かった上杉冬華うえすぎ ふゆかさん。


「いや、私なんて・・・そんなことないですよ。」


「謙遜しすぎるのはそれはそれで失礼ですよ?」

「そうだよ!誉め言葉は素直に受け取ろ!」


その横から鷲頭さんと高口さんが。


「それにしてもさっきの休憩時間とは偉い別人ですね。もしかしてこっちが素だったりして?」


「そ、そんなことないですよ。」


「私はそっちの志賀さん素敵だと思いますけど」

「うん、かっこいいよね!」


「え、えっと、ありがとうございます?」




「すごーい!」

「・・・かっこいい」

「う、うらやましいです。」


中学生組が揃って駆け寄ってきた。

三人を代表して難波さんが


「私たち、まだ全然振り入れできてなくて・・・

もしよかったら教えて下さい!!」


3つも年下の子に頭を下げられ断れるはずがない。

「うん。いいよ。どこがわからないの。」


「「やったー!!」」

三人とも年相応に喜んでいる。


今日は三人組に付きっきりでレッスンが終わるころには三人とも半分は踊れるようになっていた。


遠くからみさとが何か言いたそうな目で見てきている。


どうせ、「よかったね」とか言いたいのだろう

別にそんなんじゃないと思いつつ、頼られて悪い気はしなかった。


――――――――――――――――――――――――――――――――



カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた。


いつかの懐かしく、楽しかった日々の夢のせいで体を起こすのが億劫だったが

すぐに昨日のうちにセットしておいたアラームが鳴りだした。


洗面台に向かい、だらしない顔を引き締める。

鏡越しに時計を確認すると針は7:00を指している。

まだ時間には余裕があるが手早く身支度済ませる。


朝食を取り終えると8時を過ぎていた。


そろそろ行かないと。


「行ってきます。」


誰も返してくれない寂しい部屋に挨拶すると仕事へ向かった。


電車に揺られながら車窓をぼんやりと眺める。


視界に広がる見分けのつかないビルの羅列に仕事の憂鬱さは増していく。


そんないつもの風景にうんざりしていると今はもうすっかり使わなくなってしまった道が見えてきた。


「Earth」ビルのすぐ近く。距離にして500mもないところに私たちの劇場がある。

とても小さく100人を収容できるかというレベルの広さ。


新規のファンの方は「Earth」がそんなところでLIVEしていたなんて想像もできないだろう。

でも、そこは私たちにとって大切な場所。


今となっては新期の子たちのお披露目の場となっているらしいがそれでも「Earth」にとって原点であることには変わりない。


軽いリハーサルを(「Earth」ビル内の)レッスン室で行ってから徒歩で劇場へ向かう。

『上手くできなった』『お客さんが全くいなかった』皆で泣きながら、励まし合いながらレッスン室に帰った。


かつての仲間たちと何千回と通った道。


私は、たいていメンバーたちの一歩引いたところを歩いていた。

決して平均身長は高くはない。だけどその背中は大きくそれを眺めて歩くのがとても好きだった。

けど、すぐにメンバーの誰かがそんな私に気づく。


——「景ちゃん、一緒に歩こ?」——

 

私はメンバーの手招きに戸惑いつつも仲間たちの隣に並ぶ。



今の日常に、もう見ることが出来ない記憶だけの日常の風景を重ねていた。









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