第3話 陰、光に出会う。
あれから数日が経ち、オーディションを終えてからぼーっとすることが増えた。
いつものように退屈な学校の帰り道。
「痛っ」
これで何回目だろう。老朽化したアスファルトの割れ目に躓く。
家の前まで着くとポストに見慣れない茶封筒があった。
送り主を確認することなく郵便物を抜き取り、自室に駆け上がった。
封筒を乱雑に破り開け、中身を確認する。
中の用紙を三分の一ほど出すと「合格」の二文字が見えた。
今日は毎日の練習を休んだ。
両親が二人とも揃うのはいつもだいたい日付が変わった頃になる。
24:50。先に帰ってきたのはお父さん。
「た、ただいま…」
少し驚いたお父さんは短く
「ただいま」
と返してくれた。
「あの、お父さん。話があるんだけど時間あるかな?」
「わかった。母さんが帰ってきたら一緒に聞こう。」
それから20分後。お母さんが帰ってきた。
お母さんもお母さんでお化けでも見るかのような目で見てきた。
お母さんが荷物を置いてくるのを待ち、テーブルに三人が揃うという異様な風景に
緊張しつつも話しを切り出す。
合格通知をテーブルに置き
「私、アイドルになります。」
沈黙が永遠のように感じる。
そんな重々しい空気を換えたのはお父さんの一言だった。
「そうか。頑張れよ。」
「えっ」
「ん?どうした」
「てっきり、反対されるかと思っていたから…」
「父さんたちな、今まで仕事で景のこと気にかけてやれなかったことがずっと気がかりでな。
景が寝てるとき母さんと毎日どうしたらいいか話してたんだ。
だからな、今、景がやりたいこと自分からいってくれてとても嬉しい。」
「景、お母さん、昔からね。あなたがわがままも言ってくれなくて。
これでようやく親らしいことが出来るって楽しみなの。」
「景。好きなようにやりなさい。父さんたちはアイドルのことはあまりわからないけど
それ以外のことは任せなさい。応援してるよ。」
「お父さん、お母さん。ありがとう。私、頑張る。」
やっとのことで絞り出した声は嗚咽に混ざり聞こえなかったであろう。
それでも、両親は何度もうなずいて私の手を握ってくれた。
17年間。嫌な思い出がたくさん詰まっている鹿児島の土地だが何故か嫌いにはなれなかった。
次、帰ってくるときは堂々とこのシラス台地踏めるだろうか。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
数週間前、本オーディションの行われた会場の直ぐそばにある、株式会社「Earth」ビル。
元はRisEグループの事務所があったものを改修したものだが
ここで初めて合格者たちが顔を合わせる
今回のオーディションの合格者は20名。応募総数10万人以上という母数にしては極めて少ないとしてネットニュースで話題になっていた。
スタッフの方に通された部屋にはすでに何名かがパイプ椅子に腰かけていた。
自分の名前が入ったビブスを着て、私も椅子に腰かける。
「あの~」
隣に座っていた子が話しかけてきた。
「大分早く来てしまって、なかなか周りに誰も座らなくて心細かったんですよ」
「えっと、あ、あの……」
「あ、ごめんなさい!急に話かけちゃって。私、岸上 美って言います!
あなたの名前は?」
「志賀 景って言います。17歳です」
「17歳!?私も17歳だよー!同い年だね。これから仲良くしてねー。
あ、あとさ、気になってたんだけどすごい訛ってるね。どこ出身?」
「鹿児島です」
「鹿児島かー!遠いところから来たんだね。どう?東京にはもう慣れた?
って、いっても私も東京出身じゃないんだけどねー」
と豪快に笑う。
先ほどからの怒涛の質問攻めに若干引いていると
また一人入室してきた。
部屋にいたものはまるで打ち合わせしたかのように一斉に彼女へ視線を向ける。
その人は困惑した表情を浮かべると軽く、一礼すると自分の席へ向かう。
「綺麗な人だね~」
岸上さんが、彼女を目で追いながら言う。
確かにとても綺麗な人だ。今までテレビに出ていましたなんて言われても信じられるくらいに。
だが、それだけでない。
岸上さんは気づいてないがこの部屋のドアは開いたままで、しきりにスタッフさんが出入りしている。
それなのにあの人が入って来たときだけ、皆が一斉に注目した。
言葉では上手く言えないが自分の第六感が強制的に叩き起こされたと錯覚するほど強い気配を感じた。
「・・・ちゃん、景ちゃん、けーいちゃーん!」
「は、はっ、はい!」
「よかったー!名前呼んでるのに気づいてくれないから無視されてるかと思ったよー
それより、なんかおかしいことあった?
さっきからずっと笑っているけど」
「い、いや、なんでもないです」
自分でも理由がわからないまま、恥ずかしさで体が熱くなる。
岸上さんとそれから、「岸上さんはやめてひーちゃんって呼んでよ!」とか
私のニックネームをカゲちゃん(志賀のガと景のケをとって)にされたりと何気ない会話をしていると。
マイクのハウリング音が聞こえ、その場が静まりかえる。
「えー、皆さん。まずはオーディション合格おめでとうございます
改めて、「Earth」総合プロデューサー日笠です。これからよろしくお願いします。
では、私からは今後の方針についてお話します。
まずは皆さんも気になっている、立ち位置、センターの決定方法ですがファンの皆様による投票で決定します。これから皆さんには約4カ月間のレッスンの後、その成績をもとに1stシングルのフォーメーションを決めます。それ以降のシングルから投票での選抜に切り替えていきます。
そして楽曲についてですが各シングルの表題曲のセンターには楽曲の方向性を決める権利を与えます。「Earth」のコンセプト「変異」の文字通り、メンバー自らの手でこの「Earth」を作り上げてください。期待しています。
では、諸事項の連絡をマネージャーの方からお願いします。」
それから、明日のお披露目会、仕事の連絡先、レッスンの日時や、上京組の寮のことなど諸々の説明が2、3時間程度で終わり今日は解散した。
上京組は寮へと案内され、私はようやく部屋で一息つくことができた。
実家から送られてきた荷物を確認しているといくつか足りないものが出てきた。
まだ日が暮れるまで時間は大分あるな。
適当に身支度を済ませ、部屋をでる。
と同時に隣の部屋のドアが閉まる音が聞こえた。
確か、あの人は…
「もしかして、いまから買い物行きます?」
思い出した。三宮みさと。自己紹介の時の太陽のような雰囲気が特に印象強かった人だ。
「実は、私、、、とても方向音痴で。もしよかったらご一緒してもよろしいでしょうか?」
断る理由もないので頷く。
すると、安堵したようで
「よかったぁー。ありがとうー」
と手を握って地面に座り込んだ。
見慣れない土地をスマートフォンの地図アプリで何度も確認しながら目的地まで歩いていく。
三宮さんは数分前のことが嘘のようにスキップをしそうな勢いで楽し気にしている。
「私ねー、こうやって友達と都会でショッピングするのが夢だったんだよー」
少し、後ろを歩いていた私に振り返って話しかける。
「三宮さんの出身ってどこ何ですか?」
「三宮ってなんか堅いから、みさとか、三ちゃんって呼んでよ。私たちもう友達でしょ?」
友達か。
「みさとさんの生まれはどこですか?」
さん付けで変わらず敬語を使っているのが気に食わないのか小さい頬を何倍にも膨らまして不満を露わにしている。
「生まれも育ちも愛知県だよー。私の住んでいたところはねミカンが有名でね。今度親に送って貰って分けてあげるね」
そんな会話をしていると目的地のショッピングモールに着いた。
一時間後にまた入り口付近で集合すると決め、それぞれの用事を済ませる。
だが、一時間後になっても姿が見えないので、彼女がメモ帳を買いたいっていたことを思い出し文房具売り場に探しにいったがそれでも見つからず30分経ってようやく見つけた。
しかも、彼女はまだメモ帳を買えていなかったので仕方なく付き合い店を出たときには空は茜色に染まっていた。
「ほんとにごめんね。」
あれから、数十回は聞いている。とても反省しているようだ。
「もう謝らなくていいですよ。それより事件とかに巻き込まれていなくてよかったです」
「ブッ、ふふふ。はははははは」
突然、みさとさんが笑い出す。
「事件って、もしかして気を使ってくれてるの?」
まだ、笑いが収まらないようでお腹を抱えている。
流石に事件は言い過ぎただろうか。人とこれまで接してこなかったので気の使い方など忘れてしまった。
「ごめん。ごめん。私、てっきり志賀さんのこと勘違いしてたみたい。
志賀さんって、暗いし、他人に興味ないのかと思ってた。
でも、私の買い物に嫌な顔せず、付き合ってくれたり優しいんだね」
面と向かって褒められると何やらこそばゆい。
みさとさんは立ち止まるとまだ見たことない真面目な顔をして
「志賀さん。さっきはからかってごめんなさい。そのうえでお願いがあります。
私と友達になってください。」
今度は私が噴き出す番だった。
涙が出るほど笑い、ようやく落ち着いたところで
「うん。いいよ。みさと」
みさとは可愛らしい顔を破顔させ
「ありがとう。これから一緒にがんばろうね。景ちゃん!」
これが私の人生で最初の友達が出来た瞬間だった。
「みさとは何でアイドルに?」
「私ね。昔から周りを笑顔にさせることが好きでね。
それで「Earth」のオーディションのこと知った時、これだ!って思って。
それでアイドルになったの。
景ちゃんは?」
「私は・・・・。
中学の頃から、いじめられてて。
でも、なにも言い返せなくて。そんな自分が嫌いで。
だから、煌めくアイドルに激しく憧れたの」
「そうなんだ・・・」
みさとは私の地雷を踏んだとでも思っているのだろうか。
気まずそうな表情を浮かべている。
「気にしないで」と言いかけたとき
みさとは私を抱き寄せると
「立派なアイドルに一緒になろうね」
「みさと、痛いよ」
そう言うと、みさとはさらに力を強めた。
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