彼とふたりで、そして……。その2
https://kakuyomu.jp/works/16816452218537897016/episodes/16816452219188979422
彼は困ったように鼻と上唇の間を人差し指で触れ、どこか迷っているように見えた。
⇒「鼻と上唇の間」にある溝を「人中」と言いますが、顔相占いの類いで使うだけなのでその言葉を使うべきではないですね。ここは「鼻と上唇の間」でよいと思います。
ただ比喩が一文に二回出てくるため、いささか映像化しにくいですね。
「彼は困ったように」「どこか迷っているように」です。
ここは単純に文を切り離せばすっきりしますし、映像化も簡単にできます。
「彼は困ったように鼻と上唇の間を人差し指で触れる。どこか迷っているように見えた。」
こう書くだけで「困ったような表情」から「迷っているような表情」へと自然にイメージが切り替わります。
これをつなげて一文にしてしまうと「困ったような表情」をしているのか「迷っているような表情」をしているのか、読み手が惑ってしまうのです。
可能なかぎり一文にはひとつの比喩だけを盛り込みましょう。
そのほうが比喩に力強さが宿り、説得力を持ちます。
その上、私といえば気持ちを伝えるすべを全く知らなかった。
⇒助詞「を」が二回出てきます。
ここでふたとおりの解釈ができます。
まず助詞「を」が二回出てきて解消するべきだ、とする解釈。
次に慣用句「気持ちを伝える」「術を知らない」で出来た文だ、とする解釈です。
後者から説明します。この場合助詞「を」の重複にはカウントしません。慣用句は形を変えてしまうと意味合いが失われてしまうおそれもあるからです。なので慣用句をふたつ使ったのでしたら、堂々と「これは慣用句です」と言えばよい。
前者の場合は助詞「を」をどちらか変更して重複を回避します。慣用表現に「術がない」もありますので、それに置き換えれば以下のようになります。
⇒その上、私といえば気持ちを伝えるすべが全くなかった。
ちょっと意味合いが違うような気もしますので「すべがまったくわからなかった。」でもよいですね。
「知らなかった」は「知識や知恵を探してみたけど見つからなかった」意で、「わからなかった」は「記憶や経験を探してみたけど適当なものがなかった」意です。
「申し訳ない。ただ、あなたは矛盾しているのです」
「私が」
⇒ここは「私が?」だと思われます。
第二にあなたは混乱されて自分のしたことの理由を、こともあろうに僕に聞いている。
⇒「第二に」「こともあろうに」「僕に」と助詞「に」が三回出ているように見えます。
まず「こともあろうに」は慣用句なので変えようがありません。この塊でひとつの意味を成しています。
「第二に」は列挙の数詞なので、これも助詞「に」ではありません。
つまり助詞「に」は「僕に」しかないのです。
ちょっと変則的ですが、こういう観点を持たないと助詞の重複なのか重複していないのかの区別がつきにくい。
たとえば助詞「が」は主語を表す格助詞「が」と、逆接の接続助詞「が」のふたとおりあり、一文で両方使っても重複にはなりません。
「ここで助詞が重複したように見えるけど、回避する方法はあるか。ないようなら慣用句など置き換えられない言葉が含まれていないか」を探すようにしてください。
そう、少なくとも感謝してくれている。
⇒ここはひじょうに微妙なニュアンスの違いなのですが、ちょっと触れておきます。
この書き方は「自分が相手より上の立場にいる」とみなしている者の視点で書かれています。
「立場が等しいか相手が上にいる」とみなしている者は「そう、少なくとも感謝されている。」になります。
これはひじょうに微妙で、ちょっとした活用の違いです。それでも読み手に与える印象はかなり変わります。
少なくともマリーナはユーセイを下とはみなしていないはずですよね。
適切な時間に適切な言葉を使うことができない。
⇒こう書いてもよいといったらよいのですが、少し工夫したほうが選考さんのウケはよいかなと思います。
たとえば、
⇒適切なときにふさわしい言葉が見つからない。
のように。「ふさわしい言葉が選べない。」でもよいかな。
ただマリーナの未熟さを出す演出としては「適切な時間に適切な言葉を」のように同じ形容動詞を使ってもよいですね。
文章の未熟さをすべてマリーナに預けてしまうのは書き手として危険ではあります。
応募原稿十万字を通じて、当初はマリーナの未熟さを表現し、少しずつ経験を積み重ね、しっかりとした大人の女性へと変貌を遂げてハッピーエンド。そういう流れなら、あえて未熟さを表現しておくのはたいせつです。
まだ未熟であるべきなら、ここは原文を活かしてかまいません。
とくに私のように、ミルズガルズの田舎に閉じ込められ、同世代の友もなく、使用人に囲まれて育った女は、人との距離とか会話とかが不足しすぎてわからない。
⇒ここは「わからない」で終わるより「不足しすぎていた。」「足りていなかった。」で終わったほうがよいですね。より適切なのは「把握できなかった。」かな。
彼の骨ばった大きな手は楽器で酷使してきた働く手で、柔らかさはなく硬かった。
⇒「楽器を駆使してきた働く手で、」かなと思います。
そして、私の左手の人差し指を持ち、やさしく唇に触れ、右手を背中に添わせた。
⇒ここがちょっとイメージしづらいかなと。
まず前提として「彼は私の右手を取った。」とあります。
ユーセイはマリーナの右手をとって、マリーナの左手の人差し指を持ち、それでどちらの唇に触れたのか、どちらの右手をどちらの背中に添わせたのか。
たとえば、
⇒ユーセイは私の左手の人差し指を持ち、やさしく自身の唇に触れさせ、右手を(私の)背中へ添わせた。
であれば、どちらの唇、右手、背中なのかは瞭然です。
ただ難点もあります。視点保有者のマリーナが受け身に回ってしまうので、表現が回りくどくなりがちなのです。
でもここがヤマ場で、過ぎてしまえば一話が終わる、という場面なので、あえて回りくどくてもよいかなと思います。
それに行為の主導権をユーセイに握られて、マリーナが受け身になっている表現としては多少回りくどくても的確かなと判断しました。
ただどちらの唇、右手、背中なのか。私の見立てが異なっている場合も当然ありますので、そこはアメ様のイメージ通りに仕立ててくださいね。
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今回は指摘が多くてすみません。
ただ、単に悪かったところだけでなく、意図によっては正しいものにも指摘を入れています。
この観点を持っていればかなりの部分、推敲でも役に立つはずです。
このペースだと夕食までに終わらないかもしれないので、急いで次へ進みますね。
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