プロポーズは、政略結婚の末に

https://kakuyomu.jp/works/16816452218537897016/episodes/16816452218803695299


 今回も添削箇所をひとまとめに。



 私の日課は、アニータが用意したドレスで着飾り、訪問する男たちに愛想笑いをすることばかり、退屈な日常が過ぎていく。

⇒普通の人だと、心のなかで「私は」「私が」と主張しないような気がします。まぁ私の感性がドライすぎるので、どこまでが一般的なのかがわかりませんけど。

 もしマリーナが「私は」「私が」主張の強い女性なら、これでもかまいません。

 もしそういうメンタリティでないのなら次のように変換すると「私」が消えます。

⇒アニータが用意したドレスで着飾り、訪問する男たちに愛想笑いをするのが日課となり、退屈な日常が過ぎていく。


 淑やかな令嬢を演じながら、あの吟遊詩人と比べてしまう自分に呆れた。

⇒ここも「自分に呆れた。」と醒めた視線が入っていますね。

 こうなるとマリーナのメンタリティは醒めた視線込みなのかな、とも思えます。

 淑女としての羊の皮をかぶった面と、それを醒めた立ち位置から批評している冷笑家な面。


今日、我が国に到着する予定で、お前とは舞踏会で初対面となるだろう」と、父の声が低く深まった。

⇒「低く深まった。」よりも「低まった。」と書いたほうが的確かもしれません。


 建国して、まだ300年と歴史が浅いためだろう。

一方の君主国家フレーヴァング王国は小国にすぎないが、歴史と伝統があった。

⇒添削ではなく寸評です。

 ここから推察すると、国柄はラドガ辺境国が西部開拓時代のアメリカとローマ帝国のイタリアのミックスに読めますね。ただどちらも大国でしたが。

 フレーヴァング王国はハプスブルク家のオーストリアあたりの印象でしょうか。

 ある程度現実世界にモデルとなる地域があると、読み手も読みやすくなりますからね。

 異世界ものとはいえ、親しみを持ってもらうには現実世界とリンクしていてイメージしやすい、もありますからね。


 小一時間、父と訪れた紳士達について語りあった。

⇒ここも意味合いが変わってしまうところですね。前置きも込みならそう間違えないだろうとは思います。私のように精読家だと一文から多くのものを読み取るのです。

 ここでは「父と訪れた」なのか「父と、訪れた紳士達」なのかがわかりにくい。

 おそらく後者なので「小一時間父と、訪れた紳士達について語りあった。」と読点を移動するのがベストだと思います。


 それは、まるで市場で肉の品定めをするようだ。

⇒ここは「それは、まるで市場で肉の品定めをするかのようだった。」が最適解かな。

 「〜するようだ。」は推定の意が強いのですが、「〜するかのようだ。」なら比況(たとえ)の意が強くなります。

 比喩はその時々でなににたとえるかやどういう言葉を選ぶかで最適解が変わってきます。このあたりは多くの比喩に接するか、誰かに比喩の添削を受けるかしているうちに身につくはずですよ。


 皆が大忙しなのを横目に、私はあくびをかみ殺した。

⇒ここも「私は」は要らないですね。冒頭部分でも指摘しましたが、マリーナが「ダメ押し」する性格なら有ってもかまいません。


 私は私室を出て中庭に行き、ひとり空を眺めた。

⇒ここは明確に「私は」は要りません。「ダメ押し」するにしても説明が過ぎますね。


 私は奥にある大広間から貴婦人が舞い降りるのを想像する。彼女は誰かとこのベンチで愛を語るかもしれない。それは夢のように美しい光景にちがいない。私が本で読んだ悲恋物語のように。

⇒ここも「私は」「私が」は要りませんね。一人称視点で、誰がこの地の文を語っているのか、を意識すれば削れるはずです。


 私は、その瞬間、とても不器用になるのを感じた。そう感じさせる彼に怒りさえ覚えた。彼は木陰に座っている私に気づかない。

⇒ここの「私は」「私に」は削れないかな。ただ「私は」のほうは改善の余地ありです。

⇒その瞬間、私はとても不器用になるのを感じた。


 そのどの言葉も、私の心を動かさない。私は興味のある振りをするだけの常識は持ち合わせていたが、ただただ、つまらないと思った。

⇒まず「その」は要らず「どの言葉も、〜」でかまいません。

 「私は」も要りませんね。

 問題は「つまらないと思った。」です。

 一人称視点での地の文は「主人公の心の中」なので、ことさら「と思った。」と書かないほうが自然です。「ただただ、つまらなかった。」で事足ります。


 その誰もが欲しがるヘルモーズ皇女といえば、門番の男に嫉妬していた。

⇒ここもメタ表現ですね。今の自分でないところたとえば「将来の自分」が解説しているような印象を与えます。

 物語の性格次第で是非が異なります。

 いちおうマリーナは二重人格のような要素を持っているので、醒めた視線からの描写と見えなくもない。ただ危うい書き方ではありますね。

 アメ様がマリーナをどうとらえているのか。それがこの一文の是非につながります。


 彼の名前はユーセイ。

⇒直前が「風のように去った彼。」なので、「彼」が近しいかなと思います。

⇒名前はユーセイ。

 だけでよいでしょう。


 私は、その名を唇にのせるだけで、心臓が破裂しそうになって驚く。

⇒「私は」は不要です。ただ省いてマリーナの情感が伝わるかが重要です。どうもここの「私は」は情感を表すのに適しているようなので。その場合は残したほうがよいですね。


 彼は吟遊詩人で、いうなれば金で買われる奴隷の立場だ。

 だけど、私は彼を忘れられない。

⇒ココは「彼は」「私は」を削れます。

 ただし「ダメ押し」の性格があるのなら、ここは有ってもかまいません。


 彼は誰とでも金のために寝るのだろう、そういう男だとアニータが教えてくれた。

 だけど、私は彼が気になってしかたなかった。

⇒「彼は誰とでも〜、そういう男だと〜」は読点ではなく句点ですね。

 また「私は」と「彼が」は削っても意味は通ります。

⇒彼は誰とでも金のために寝るのだろう。そういう男だとアニータが教えてくれた。

 だけど、気になってしかたがなかった。

⇒正しい文と伝わる文は異なります。「だけど、気になってしかたがなかった。」よりも「だけど、私は彼が気になって〜」のほうが情感が伝わる場合もあります。

 このあたりの主人公の性格と機微、読み手へどのように伝わるかを考慮して、「私」をどこまで書くかを決めるとよいでしょう。


 私は彼の姿を見るだけで心を奪われてしまった。

⇒ここの「私は」がまさにそうで、書かないほうが文としては正しいのですが、情感を考えるとここは有ったほうが読み手に伝わります。

 このあたりが難しいんですよね。


国の州侯たちが、ヘルモーズ家に気を使うのは、この魔石の威力によるものだ。

⇒「気を遣う」ですね。



────────


 以上に書きましたが、

「文として正しくても、情感が伝わるか」はとても難しい問題です。

 主人公の一人称視点に「私」がたくさん出てくるのもなにかおかしいのです。

 であっても「私」を出すことで細やかな情感が伝わってくる場合もあります。

 主人公の性格や機微によるところが大きいので、こればかりは書いてみてもわからず、読み手からの反応で「ここはあったほうがよかったみたい」と気づけるくらいです。

 今日はあと一話くらいかな。

 頑張って取りかかります。



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