第26話 俺の選択
妹は、俺を陥れていた。
本人も認めたのだから、間違いはないだろう。
自分が周りから好かれたい。
そのために、いけにえが必要だった。
そして選ばれたのが俺、ただそれだけのことだ。
俺は弱者で、妹が強者。
弱肉強食の世界では、弱い者が犠牲になっていくのは当たり前。
それを責める理由にはならない。
俺は誰も責めたくない。
妹が勝ったのは、全ての偶然が上手くいったからだ。
1人だけのせいじゃない。
そして俺も、その原因に含まれている。
だから俺は、自分がこれからすることを決める。
「本当に良いのか?」
「ああ」
「どうしてお前が、そんなことをする必要がある?」
「必要は無いのかもな。だが、そう決めたんだ」
「お前は決めたら頑固だからな。俺が止められることじゃない」
「悪かったな……迷惑をかける」
「お前はもっと迷惑かけてもいいんだよ。むしろ頼れ。全然迷惑じゃないから」
「……ありがとう」
俺は荷物をまとめながら、話に答えていく。
心配をかけているとは分かっているけど、それでも考えを変えるつもりはなかった。
「いつもお前ばっかり我慢している気がして、すっごいムカつく。そういう思考回路にさせた自分に対しても、すっごいムカつく」
「悪いのは俺だけだよ。弱いから、こうするしかなかったんだ」
俺の答えに、ため息が返ってきた。
「頑張れ」
「……ありがとう」
全ての準備を終えると、俺はバッグを肩に担ぐ。
肩に重みを感じるが、歩けないほどではない。
「手伝ってくれて、本当に助かった。思ったよりも荷物が多かった」
「全然全然。むしろ何も言われないより、手伝えて良かった」
手伝ってくれたことに礼を言うと、気にしないと言ったばかりに軽く肩を叩いてきた。
「いつでも連絡して来いよ。音信不通になったら、必ず見つけ出して殴るからな」
「それは怖い。落ち着いたら絶対に連絡する」
「気を付けてな。真」
「ああ。元気でな。……守」
マンションの下ま一緒に来てくれた守は、俺の背中を押してくれた。
しばらくは会えないので、その顔を記憶に焼き付けるように、じっと見つめた。
「そんなに見つめたら穴が開くわ。寂しくて泣くなよ」
「はは、大丈夫だ。守こそ泣くなよ」
あまりに見つめすぎていたから、守にからかわれえてしまう。
しかしそれは、俺を悲しませないためにわざと言っているのだと分かったので、俺も軽く返した。
もっと寂しくなるのかと思ったけど、守のおかげでそこまで落ち込まずに行くことが出来そうだ。
俺は今まで過ごしていた部屋に向かい、頭を下げた。
「今までお世話になりました」
ここに帰ってくることは、恐らく二度と無いだろう。
そう思いながら、気持ちを込めて守に言われるまで下げ続けた。
俺が出した退職届を、今頃透真様は見ているのだろうか。
流れる景色を眺めながら、他人事のように考えた。
透真様の傍を自分からは離れないと思っていたのに、今の俺は全く違う行動をしていた。
妹のことをばらさないと決めた時、もう傍にはいられないと思った。
彼を守るためとはいえ、嘘をつかなくてはならない。
それが裏切りじゃないと言えるのか。
常に傍に控える者が、それでいいわけがない。
そう考えて、俺は彼から離れることにしたのだ。
最初は相談するべきか迷った。
いくらなんでも仕事も辞めるのだから、最低でも1カ月前には言っておくべきだと。
しかし、今の状態を考えて止めた。
俺がいたら空気が悪くなっている。
それならいなくなれば、悲しまれることなく喜ばれるだろう。
仕事の引継ぎだけ完璧にしておけば、きっとすぐに俺の存在だって忘れられる。
きっとそうに違いない。
そんな俺の考えを守に行ったら、微妙な表情を浮かべられた。
「まあ、そう思うのなら、俺はわざわざ何も言わないけど……大変だな」
何に対して大変だと言ったのかは教えてくれなかったけど、俺の思うままにすればいいと賛成してくれた。
そういうわけで申し訳ないと心苦しくなりながらも、俺はいなくなるための準備を誰にも気づかれないように進めていった。
俺が引き継ぎをしているのと同じに、透真様と妹の結婚の話も進んでいた。
妹は術後の経過も良く、憂いが無くなったからだ。
もう止める理由も遅らせる理由もないので、順調に進んでいるらしい。
きっと成人したその日に、籍を入れる。
俺はそれを見ることが出来ないが、誕生日にはそちらの方向に向かって拝もうと思う。
どんどんと緑の多くなる景色は、今までのビルしかない景色と比べると、心が洗われる気分になる。
こころなしか空気も澄んできた気がして、俺は深呼吸をした。
しかし、緑の匂いはしない。
電車の中だから当たり前だ、苦笑しながら外を眺めた。
これから行く先は、初めて行くところだ。
きちんと調べてはあるが、実際とは違う部分もあるだろう。
スマホは解約し、まだ契約していないので、最初はおそらく不便な生活になる。
それでも期待の方が大きく、新しい場所に胸が踊っていた。
心機一転。
透真様とは無関係の人生を、初めて歩んでいくのだ。
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