第25話 妹の本性
目の前で笑っている、この女性は一体誰なんだろう。
「み……はる……?」
俺は信じられない気持ちで、名前を呼んだ。
呼んではみたが、妹とは信じたくなかった。
記憶にある姿とは全く違い、同じ人間とは思えない。
「は。あんたごときが私の名前を呼ばないでくれる? 気持ちが悪いんだけど」
俺の知っている妹は、こんな話し方をする人じゃなかった。
優しくて美人で、いつも明るくて、自慢の妹。
しかし今は、そんな面影などない。
「……それが本性か」
思わず低い声が出てしまうが、それを言いなおす気は無かった。
この様子だと、書類に書かれていたことは正しいのだろう。
「本性って、ふふ。別に隠していたわけじゃないけど。勝手に周りが勘違いしていただけよ」
「勘違いするように仕向けただろう」
「えー、分かんない。私はただ、自分が思っているように話をしていただけだよ。それを勘違いしていたのは向こうの方。私は全然悪くないもん」
ここまで妹はおろかだったか。
俺は言葉が出ないほど、衝撃を受けていた。
「どうして俺を。そこまで嫌っていたのか」
誰にでも優しくしているのに、どうして俺だけ例外だったのか。
嫌われることも、疎まれることも、した覚えが無いのに。
「本当に分からないの? へー、分かっていないんだ。まあ、そうだよね。だって、今まで私のことを信じていたぐらいの馬鹿だし」
敵意むき出しの妹は、俺を睨みつけてくる。
そこまで嫌われていたのかと、また衝撃が襲ってくる。
「俺が、何をした?」
「存在自体が気に入らないのよ。あんたがいると、私が目立たないじゃない。私はみんなのお姫様なんだから、引き立て役が必要でしょ?」
「は?」
何を言っているのか。
俺と妹の脳みそは作りが違うんじゃないか、そう思うぐらい意味が分からなかった。
「パパもママも透真も友達も、全部私のものなのよ。愛されるのは私だけでいいの。だから、すこーしずつ嫌われてもらったの」
そんなくだらない理由で、俺は今まで疎まれていたのか。
あまりにもくだらなすぎて、笑ってしまいそうだ。
「でもまさか、こんなに上手くいくとは思わなかったけどね。元々、嫌われていたんじゃないの?」
馬鹿にしたように笑う姿は、俺のことを完全に見下している。
ここまでの本性を、今までよく隠せていたものだ。
いや、俺の目が節穴だっただけかもしれない。
妹は絶対に良い子だと信じ込み、細かい矛盾を見て見ぬふりをしていた。
他の人も同じだ。
絶対におかしいところはあったはずなのに、それに気づかないようにして、俺だけを悪者にした。
俺がこんな状況になったのは、妹のせいでもあり、それに惑わされた周囲のせいでもあった。
「あーあ。もう少しで透真と結婚して、あんたを追い出すつもりだったのに。誰よ、こんなことを調べたの。もしかしてあいつ? 私の言うことを全く聞かなかった」
自分が悪いことをしていないと、本気で思っているようだ。
全く悪びれた様子もなく、むしろ嬉々として語っている。
「それでどうするつもり? ここまで証拠を集めたら、私にやり返すのなんて簡単よね。私を破滅させて嘲笑うの?」
こういった状況なのに、どうしてここまで自信満々なのだろう。
普通ならばもっと怯えたり、それか逆ギレでもするのではないか。
それなのに堂々としていて、こっちの方の立場が弱い気がしてくる。
「そんなことは、しない」
「なんで? 優しさでも見せてるの? そんなの別にいらないんですけど」
俺はやり返すつもりなんてなかった。
出来れば妹に罪がなければ良かったのだけど、もしもやっていた場合どうするのかは決めていた。
「違う。俺が言うことじゃないからだ。きっと知ろうと思っていれば、簡単に調べられる。だから知らない人は……信じているんだろう」
「は。意味分かんない。それでいいの? 私、自分で言うつもりないけど」
初めて動揺させることが出来た。
そんなくだらないことで感動しながら、俺は微笑みを浮かべる。
「それで透真様の隣にいられるのなら、俺が止めることではない」
「ばっかじゃないの。こんなことしたって、私あんたのこと嫌いだから。助けないから。みんなに嫌われたままだよ?」
もしかして心配してくれているのだろうか。
そう思ってしまったけど、今までのことを考えたら、俺の気のせいに違いない。
「構わない。どうせ今までこうだったんだ。今更どうする気は無い」
「変なの。本当、何考えているのか分からなくて気持ち悪い」
「俺は透真様のことしか考えていない」
だから妹を見逃して、彼に幸せになってもらおうとしている。
彼の隣にいるべき女性は、優しく美しいだけでは無理だ。
彼を支え守り、蹴落とそうとされても立ち向かえる人であるべきだろう。
「はっ、気持ち悪い。もしかして透真のこと好きなの? ぷふ。絶対無理なのに」
「……分かっている。俺が何をしたところで、透真様を苛立たせるだけだ。それでも彼を守っていくと決めている」
「そんなこと言ったって、私が透真と結婚したら、あんたのことなんか消すから。守る以前の問題になるでしょ」
「……分かっている。心配しなくていい」
俺の答えをどう解釈したのか、心底嫌そうな顔をしてくる。
「心配なんてするわけないじゃん」
それに対し、俺はただ微笑み続けた。
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