第23話 妹の手術
現実から逃げ続けていれば、いつの間にか妹の手術日になっていた。
透真様がいくので、俺も同行することになった。
妹には助かってほしいし、信じたい気持ちもあるのだけど、微妙な立ち位置に俺はいる。
彼が見つけてきた医師だから、腕は確かだ。
前に署名した書類には、同じ手術で失敗したことは無いと書かれてあった。
だからよほどのことが起きないかぎりは、妹は助かる。
しかしそうなると、妹が目を覚ましたら、話をしなくてはならなくなる。
事実なのかの確認もしたいのだが、病み上がりには重い話題だ。
しばらくは家族か透真様のどちらかが付きっきりになるので、そのすきをついて話をする場を用意する必要がある。
セキュリティは厳重だから、とても大変なのは目に見えている。
全ての書類を見終えたのを報告した時、守は全てを白日の下にさらしてしまえと、俺に提案してきた。
妹がやったことに比べれば、暴露をするのは軽い罰だとも。
どちらかというと味方である守は、俺の好きなようにしていいと言ってくれた。
さすがに寝ている状況では暴露出来ないから、まだ誰にも見せるつもりはないと伝えれば、俺のことを優しいと評した。
今までやられていたこと、その年数を考えれば、すぐにでも透真様に見せて俺に向けられている評価を覆すのが普通らしい。
あんなのでも妹だから猶予を与えているのかと、そう納得していたけど違う。
俺は弱くてずるいから、先延ばししているに過ぎない。
これを公表してもしなくても、いつも通りの日常には戻れない。
だからこそ少しでも長く、普通の生活を送っていたいだけだ。
いや、それも違う。
俺はただ、透真様と離れたくないのだ。
今までどんなに疎まれていても、彼から離れようという考えにはならなかった。
俺は彼のことを人として慕っている。
この気持ちは迷惑だし、彼の手助けになるとは到底思えない。
それでも必死にしがみついてきた。
妹の件で捨てられる未来が決定した今、彼との時間を大事にしたい。
手術が決まり、普通の人には分からないぐらいにだけど安心している姿を、俺は間近で見ていた。
今日、ふとした時に、震えている手に偶然気づいてしまった。
弱さを決して人には見せないようにしているところに、心臓が軋むぐらいに愛おしいと感じた。
彼のために、妹には助かってほしい。
どこまでも俺の世界の中心には、透真様しかいなかった。
赤く光る手術中のランプを見上げながら、俺は祈る。
大丈夫だとは分かっているけど、それでも終わるまでは油断できない。
妹が助かるのならば、俺はどうなっても構わない。
命を引き換えにしたって良い。
どうか何事も起こらないように。
気持ちが入り込んでいたせいか、いつの間にか手を組んで祈っていたらしい。
「あんなに疎んで酷いことをしてきたくせに、随分と熱心に祈っているんだな。もしかして失敗してもらおうとしているのか」
少し遠くで待っていたはずの透真様が、隣にいて話しかけてきた。
きっと彼は何かで気をまぎらわせたかったのだ。
その時に、ちょうど俺がいたから話しかけてきた。
妹は彼にも、俺を貶めるようなことをやっていたのだろうか。
書類には透真様について書かれていなかったから、まだ分からない。
もしかしたら妹が何もしていなくて、ただただ俺を嫌いだという可能性も残っている。
そうだとしたら、少し、いやかなり辛い。
「おい、聞いているのか」
彼を見つめたまま思考を飛ばしてみたいで、目の前にある顔は眉間にしわが寄っている。
そんな姿も整っているのだから、美形は得だ。
一般的には美人の部類に入る妹ならお似合いだったけど、並ぶ姿を見ることは出来ない。
「いい加減に」
「申し訳ありません。妹のことが心配で、気を散らしてしまいました」
返事をしなくて怒られそうになり、その前に素早く返した。
少し怯んだ彼は、俺の言葉を鼻で笑った。
「お前が心配? 笑わせるな。美春のことを嫌いだろう。それなのに心配するような人間か?」
こんな時でも、俺に対する彼の態度は変わらない。
胸がチクチクと痛んで、それをごまかすために手に力を込めた。
「どんなことをしても、家族であることに変わりはありませんので」
俺はわざと誤解されそうな言い方をした。
そして目論見通り、眉間のしわは濃くなった。
「凄い神経しているな。俺だったら恥ずかしくて来られない」
彼がいなければ、俺だってここには来なかった。
反論を呑み込んで、俺は口角を上げる。
「妹には助かってほしい。これは俺の本心です」
「はは、どうだかな」
透真様には、きっと馬鹿にしているようにしか聞こえなかっただろう。
それでも良かった。
俺の気持ちを伝えることが出来れば満足である。
「おい」
彼は更に何かを言おうとした。
しかしその時、手術中のランプの明かりが消える。
くたびれた姿の医師が出てきて、汗を拭うと透真様の元に行く。
「無事、成功しました。きっと明日にでも目を覚ますでしょう」
笑顔を見せた医師は頭を下げると、そのままどこかへと消える。
透真様の息を吐く音。
それは、まるで耳元でされたかのようなぐらい大きく聞こえた。
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