第22話 妹の罪とは
「……嘘だろう」
全てに目を通した俺は、呆然と呟くしか無かった。
守の作った書類は、とてもよくまとめられていた。
とても見やすく分かりやすかったので、あんなに量があったのに想定よりも早く見終えることが出来た。
しかし、だからといって良かったとは言えない。
その内容は、俺にとって信じがたいものだった。
これによると妹は産まれた時から、俺に対する悪評を気づかれないように広めていたらしい。
悪評といっても、そこまであからさまではなく、本当に遠回りといった感じだ。
礼として挙げるとすれば、こんなことがあったらしい。
妹が風邪をひいて休んでいた時、お世話をしていた母親にこう話した。
「昨日、お兄ちゃんが遊びに行こうって。ちょっとお熱っぽかったから、お絵かきしようとしてたんだけど、外に楽しいことがあるからって、いっぱい遊んだの。川で遊んだときは、ちょっと寒かったな」
直接言ったわけではないが、よくよく聞いてみれば俺が無理やり外に連れ出したから風邪を引いたように聞こえる。
妹が凄いのは、責めたように言っていない所だ。
ただの報告といった感じで言うからこそ、健気に見える。
そしてそんな妹を連れまわした俺は悪者になるのだ。
実際は、俺が連れまわしたという事実はない。
もしも妹の調子が悪いと分かれば、外に連れ出すことなんてしなかったはずだ。
たぶんその時の俺は、風邪になった妹を心配してお見舞いに行った。
きっとそれを、妹の話を聞いた人達は、俺が贖罪の気持ちでお見舞いをしているように感じた。
しかし、これぐらいだけなら、まだそこまで俺に対して否定的にはならない。
そんな出来事が積み重なって、俺のヘイトが溜まっていった。
妹がしたのは、本当に小さなこと。
その量が多すぎただけだ。
それをたくさんの人にやったから、俺は色々な人から疎まれるようになった。
昔から、どうして俺だけ両親や周りに疎まれているのか不思議だった。
何かをした覚えは無いのに、どうしてここまで嫌われてしまったのか。
気づかないうちに俺が何かをしてしまったと思っていたけど、それは違った。
妹が、俺をこんな状況に追い込んだわけだ。
「……一体、どうして……?」
どうして妹は、そんなことをしたのだろう。
俺のことを恨んでなければ、陥れることなんてしないはずだ。
しかし、俺にはその理由が全く思い至らない。
妹に対して、何かやった覚えはない。
それなのに、どうして。
こんなことを妹がやったとは未だに信じられないし、恨まれているとも思えなかった。
俺の記憶の中の妹は、いつも優しく笑顔だ。
そんな妹が心の中で俺を恨んでいたとしたら、立ち直れなくなってしまう。
それでも書類の中には、裏付ける証拠がたくさんあった。
ここまで調べるなんて、本当に優秀だ。
守はこれを調べながら、どんな気持ちでいたのだろう。
昔から妹に対して辛辣だったのは、これを何となく感じていたからか。
そういえば昔は、妹も一緒に守のところに遊びに来ていた。
しかしいつしか、一緒に来なくなった。
その時は気が合わなかったのかとか、遊んでいてもつまらなかったのかと思っていたけど、もしかしたら違うのかもしれない。
守に対しても、妹は同じことをしていて、嫌われたと分かったから離れたんじゃないか。そんな気がする。
守の書類はきちんと第三者視点で書かれていて、どちらかに片寄っているわけではない。
それなのに妹の方に非がある。
俺の中で信じていたはずの妹の姿が、音を立てて崩れていく気分だった。
「……どうしようか」
妹はまだ目を覚ましていないので、どうしてこんなことをしたのか聞けない。
だから許す許さないの判断が、俺はまだ出来ないのだ。
そして、もう一つ考えなきゃいけないことがある。
それは、透真様に報告するのかどうかだ。
おそらく、というか絶対にこのことを透真様は知らない。
しかし、だからといって俺が言っていいものか。
かといって隠しても、それはそれで不敬にあたる可能性がある。
今はまだ本性を隠しているが、いつバレるかなんて誰にも分からない。
もしもバレてしまった時、責められるのは妹個人だけでは済まないはずだ。
栫井家を潰される。
これは大げさではない。
怒りに触れてしまったら、潰すことぐらいわけないだろう。
運良く透真様が妹を許したとしても、周りがそれを許さない。
嘘をついて人を陥れようとしている女を、彼に近づけるはずがない。
そうなれば、結局栫井家は破滅したようなものだ。
言うべきか、隠すべきか。
俺の前にある選択肢のどちらを選んでも、行きつく先は不幸な未来だ。
別に保身に走りたいわけではない。
俺がしたことであれば、すぐにでも話した。むしろ、こんなことをするわけも無かった。
しかしまだ目を覚ましていない妹のことを、俺が話してもいいものか。
もしも話したら、彼はどう思う。
俺のことを、一生許さないだろう。
言わなかったとしても同じだ。
どうしたらいいのか分からず、俺は結論を先延ばしにすることにした。
妹が目を覚ましてから、どうするのか考えよう。
簡単に言うと、俺は現実から逃げた。
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