第19話 そして日常が戻り?
病院で点滴を受け、そして十分な睡眠をとったおかげで、次の日には完全復活した。
倒れた前後のことは覚えていないらしく、俺が触れたことは怒られなかった。
それが悲しいやら安心したやら、微妙な気持ちを抱えながら、俺は彼の傍に控えている。
未だに、俺と守のことを恋人同士だと思っているらしく、たまに家にいると声をかけられる時があった。
「……会う頻度が少なくないか?」
どういう心配だとツッコミたかったが、俺は務めて冷静に返した。
「そういうものです。今は会わなくても、連絡する手段はたくさんございますから」
そもそも恋人同士ではないから、別に会わなくても構わない。
しかし正直に話すわけにもいかず、俺はごまかした。
「……そうか」
納得したのかしていないのか、透真様は微妙な反応だったが、それ以上何かを聞いてくることは無い。
透真様が目覚めて最初は、守との関係が嘘だとバレていると思っていた。
なんの理由かは分からないが、扉の前にいたのだ。
電話の内容も聞かれていたと考えていたのだが、杞憂だったらしい。
全くそこに関しては聞かれることが無い。
妹の手術日が決まった。
透真様がツテを使ったらしく、予約で埋まっている名医であるのに関わらず、1ヵ月後に手術してくれることになった。
他に待っている人のことを考えると申し訳ない気持ちになったが、それでも妹が目覚めるのならば文句は無い。
むしろ感謝してもしきれないぐらいだ。
手術の日程を伝えた透真様は、俺が喜んでいるのを見ると、皮肉げに笑った。
「お前のせいなのに、申し訳ないよりも嬉しいか」
最近無かった冷たい言葉を久しぶりにかけられて、一瞬固まってしまう。
それでもすぐに持ち直して、俺はまっすぐに彼を見る。
「申し訳ないという気持ちはあります。しかし、それよりも妹が目を覚ますことに、この上ない喜びを感じています。全て透真様のおかげです。感謝してもしきれません」
深々と頭を下げれば、鼻を鳴らされた。
「前も言ったように、お前のためじゃなく俺のためだ。婚約者の1人も助けられないなんて、人間としてありえないだろう」
彼にとってはあたりまえのこと。
しかしそれが、どれだけ救いになるのか全く自覚がないらしい。
俺は頭を下げ続けながら、妹が目を覚ましてからのことを考える。
2人の結婚式を見たいという気持ちは本物だけど、それは思っているよりも難しいだろう。
妹が目を覚まし、事故の時の状況を聞けば、透真様は俺を殺したいぐらい憎むはずだ。
妹に助けられ、車が衝突してくるのを、ただ見ていることしか出来なかった俺のふがいなさを許してくれるわけがない。
俺のことを妹が許してくれと言ったとしても、切り捨てられう可能性は高かった。
もしもそうなった時、みっともなくすがりつけばいいのか、それとも大人しく受け入れた方が良いのか、どちらを選ぶべきかなんて分かりきったことだ。
2人の幸せのために邪魔ものは消えるしかない。
しかし、許してもらえるのならば、結婚式を遠くで見たい。
幸せな2人の姿を目に焼き付ければ、その後の人生も何とかやっていける。
「もう頭を上げろ。見ているこっちが嫌になる」
考え事をしていたせいで、だいぶ時間が経っていたようだ。
うんざりとした声に、俺はゆっくりと頭を上げる。
そんなに頭を下げていたつもりは無かったのだけど、物凄く嫌そうな顔をしていた。
「感謝してもしきれないので、どんなに頭を下げても足りないのです。……妹のことを、よろしくお願いいたします」
「……ああ」
俺がお礼を言うことなんて慣れているはずなのに、驚いた顔をされる。
最近、彼の意外な部分を見ることが多い。
心を許されているのなら嬉しいが、そうじゃないだろう。
妹が目覚めると知り、きっと心境に変化があったのだ。
それは、とてもいい変化だと思う。
俺には今まで通りでも構わないが、一緒に働いている人達には、少しぐらい優しさを見せた方が上手くいくはずだ。
しかし厳しさも大事なので、そこも忘れないでいて欲しい。
特にライバルや隙を見せられないような相手には、今までのような対応の方が良いだろう。
そういう日々に疲れたとしても、目を覚ました妹が癒してくれるはずだ。
俺の知らない、温かい家庭。
俺だったら、絶対に与えられないもの。
彼の幸せの中に、俺はいない。
それが悲しいと思う俺は、とても傲慢で自分の立場を分かっていない。
俺は彼の傍にずっといられると、心のどこかでは考えている。
彼の隣りに一生いるという誓いを、未だに1人だけ守っているのだ。
彼から離れるということを、もっと現実的に受け止めるべきかもしれない。
「おい」
また思考を飛ばしてしまっていたようで、透真様に呼び掛けられる。
「はい。いかがなさいましたか?」
考えるのを一旦中止して彼を見ると、舌打ちをされた。
俺の行動で機嫌が悪くすることはよくあることなので、傷つきはしない。
そのはずなのだが、ネガティブな思考につられたのか、胸がチクリと痛んだ。
「何を考えている?」
知らず知らずのうちに胸を押さえていた俺に対し、そのまま冷たく問いかけられる。
何を考えているのかなんて、決まりきったことだ。
「透真様のことを」
それ以外に無い。
しかし俺の答えは、満足のいくものではなかったらしい。
とれないのではないかというぐらい深く刻まれた眉間のしわを、俺はただ見ていることしか出来なかった。
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