第17話 おかしな空気
守と会うことに文句を言われなくなったのはいいが、別の問題が発生した気がする。
あれから何を言ったところで、透真様の考えは変わらなかった。
彼の頭の中では、完全に俺と守は恋人同士である。
どうして、ここまで頑なに考えが変わらないのか。
俺は説得し疲れてしまって、最後には面倒になってしまった。
守には悪いが、透真様なら誰かに言いふらさないだろうから、諦めてもらうことにした。
実をいうと、これで守に会いやすくなるという利点もあった。
意外にも透真様は、こういった恋愛ごとに関しては寛大な心を持っているようで、認めないとか別れさせるとか、そういった類のことは言ってこない。
とても良い傾向であるし、そこからまた仲良くなれれば俺としては願ってもないことだ。
ここから、昔のようになれればいい。
俺は少しだけ期待していた。
「そういうわけで、申し訳ないが俺と恋人同士だと思われている」
『ぶほっ! マジか!』
「マジだな」
透真様に気を遣われたのか、また1日休みをもらってしまい、特に予定が無かったから守に連絡をとった。
さすがにこの前のことがあるから家に行くのは遠慮したが、守は来ても構わないと言ってくれた。
しかし図々しいつもりはないので、その言葉は社交辞令として受け止めておいた。
「何度も否定したのに、全く信じてもらえなかった。やりとりを繰り返すことは分かっていたから、もう諦めた」
『そうか。確かに頑固そうな感じだもんな。こうと決めたら、それしか考えられない、みたいな』
「自身の考えに絶対で、揺るぎが無いんだ」
『良く言えばそうかも』
こんなことになってしまって、怒られるか嫌がられるかもしれないと覚悟していたが、守は気にしている様子はなかった。
むしろ、この状況を楽しんでいる。
『それで? 優しい優しい透真様は、俺と真のために時間をくれたわけだ。まさか理解がある人だと、思ってもいなかった』
「そうだといいのだが……。今は興味が無いだけかもしれないと思ってしまう」
『久しぶりに聞いたな。真のネガティブ意見。この前はあんなに言い返せていたのに。また元に戻ったのか』
「あの時がおかしかっただけだ。もう2度とあんな無様な姿は見せられない。切り捨てられなかっただけ、幸運だったのだろう」
『切り捨てられることは無いだろうけど、やられる前にこっちから切り捨てればいいんだよ』
いつも思うのだが、守は俺のことを過大評価しすぎである。
「とりあえず、もう少し落ち着いたら改めて否定する。それまで迷惑をかけないようにするから、しばらくは我慢してほしい」
『俺は全然かまわないから、そのままでもいいぜ。どうせ否定してもしなくても、何かが大きく変わるわけじゃないし』
ちゃんと考えているのか不安になるほどの軽い返事に、俺は感謝すればいいのか分からなくなる。
それでも怒らず協力してくれると言っているのだから、感謝するべきなのだろう。
「また何かあったら連絡する。本当に申し訳なかった。後日お詫びに伺うと思うから、その時はよろしく頼む」
「気にしなくていいって。遊びに来るのはいつでも大歓迎だから、待っている」
もう一度謝罪をして、俺は守との電話を終えた。
少し疲れたので、小さく息を吐くとコーヒーでも飲もうと思い、部屋から出ようとした。
「うおっ!?」
しかし開けた扉の先に、誰かがいて俺は驚いて思わず変な声を出してしまった。
最初は侵入者かと思ったが、すぐに違うと気がつく。
「と、透真様!?」
そこにいたのは、透真様だった。
扉との正面衝突は持ち前の反射神経で避けたようだが、目の前を横切った恐怖からか顔色が悪い。
「どうしてここに? 会社に行ったのではなかったのですか?」
今日、俺に一日休みを言い渡した後、顔も見たくないばかりに、さっさと家から出て行ったはずだった。
その背中に向けてかけた言葉も覚えているから、まさか幻覚でも無いだろう。
しかしそうなると、ここにいる理由が説明出来ない。
「もしかして体調を崩されましたか? それなら、急いで医者を呼んで参ります」
顔色の悪さが体調のせいだとすれば、一刻も早く医者に見せるべきだ。
普段弱ったところを見せない彼が、ただ俺の部屋の前に立っていたということがおかしい。
それぐらい体調が悪いのかもしれない。
医者を呼ぶよりも、俺が病院に連れて行った方がいいか。
すぐに用意をしようとしたのだが、それは本人によって止められた。
「待て。大丈夫だ」
しかし、顔色の悪さは変わらない。
無理をしているのではないか、心配する気持ちから俺は自然と手を伸ばす。
いつもなら触れる前に叩き落とされて、そして冷たい目を向けられるはずだった。
俺も覚悟を決めていたのに、その手は彼の頬に触れていた。
冷たく、そしてはりのある頬。
ここまで近いのはいつぶりかと、感動してしまった。
どうしてか、彼は俺の手を嫌がらず、むしろすり寄ってくる。
その目には冷たさなんて無くて、その後閉じてしまったのが残念なぐらいだった。
これは俺が都合よく見ている幻覚なのかもしれない。
先ほどまでは違うと思っていたけど、自信が無くなってきた。
俺はまるで石になったかのように、固まってしまって動けない。
少しでも動いたら、幻のように消えてしまうのでは無いか。
そんな恐怖に駆られて、呼吸さえも最低限にしか出来ない。
ずっと、このままでいたい。
心の底から俺は願ったけど、そんな願いが叶うわけも無かった。
目を閉じていた透真様の体は、力が抜けたように横に倒れる。
まるでスローモーションのように地面に倒れていこうとするのを、俺は片手で受け止める。
上背は彼の方が高いが鍛え方が違うので、片手でも支えられた。
俺の腕の中で目を閉じたまま、静かに呼吸している。
やはり体調が悪かったらしい。
そこまで深刻では無さそうなので安心した。
しかし体調が悪くなってないと、あそこまで接触出来ないのだと現実を突きつけられた心が、ちくりと痛んだ。
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