第15話 昔の思い出





 まだ、俺と透真様に身分の差なんて関係のなかった頃。

 俺達は、よく透真様の家の庭で遊んでいた。

 服が汚れるのも気にせずに泥だらけになって、そして使用人に叱られた。


 叱られるのは主に俺だったけど、それでも構わなかった。



 今なら、当時の大人達の気持ちも分かる。

 いくら幼いとはいえ、俺と透真様の間には途方もないぐらいの身分の差があった。


 それなのに一緒に遊んでいるし、気安く俺が話しかけているし、一級品の洋服を泥だらけにしているし、両親からしたら気が気じゃなかっただろう。


 俺のこの態度が許されていたのは、当時の当主だった透真様の祖父が許していたのと、透真様自身が俺を友達にと望んだからだ。

 そうじゃなかったら、とっくに両親によって折檻されていた。


 しかしそんなことも知らず、俺はただただ透真様と一緒に遊んでいた。


「とうくん」


「まこ」


 お互いをそう呼び、いつも手を繋いだ。


「まこはすぐころぶんだから、ぼくのてをはなしちゃだめだよ」


 まだ本格的な教育が始まっていなかったため、透真様は年相応の子供だった。


「うん、とうくん!」


 俺は俺で勉強は少しやっていたが、祖父の言葉もあり、まだ厳しいものではなく抜け出すこともあった。

 だからそこまで周囲と変わらない、普通の子供だったと思う。


 大体は透真様の家の庭だったけど、たまに使用人の目を盗んで、こっそり外に出たこともあった。

 今はふさがれているが、この頃には庭の端にある壁に、子供が通り抜けられるぐらいの穴があったのだ。


 そこからかくれんぼをするふりをして、2人で外に出た。

 子供が2人、どう考えても危険だった。

 しかし大人の目を盗んで外に出ると、冒険をしているようでワクワクした。


 透真様も同じで、俺の手を引き先導しながら、その顔はキラキラと輝いていた。


「ぼくはたいちょう。まこはふくたいちょう」


 覚えたての言葉を背伸びして使い、大人ぶっている姿は、今では考えられないほど可愛らしかった。

 現在は可愛らしいというより、立派である。

 たまに面影を探してしまうが、未だかつて見つけられたことはない。

 きっと、これからも見つけられないのだろう。



 2人で外に出たとはいえ、町まで行ったことは一度も無かった。

 それは当時から両親や他の人に口酸っぱく言われていて、絶対に行くのは駄目だと脳にインプットされていたからだ。


 そういうわけで外に出ても、やったことといえば木に登ったり、虫を捕まえたり、秘密基地を作ったりすることぐらいだった。

 でも、当時はそれだけで満足していた。


 あの秘密基地は、一体どうなったのだろうか。

 本格的に勉強を始まってからは、抜け出すことはおろか、一人で外に出ることすらもままならなかった。

 だから自然と秘密基地の存在を、いつの間にか頭の隅に追いやっていた。


 まだ小さかったから、木の根に出来た穴の中に、当時の宝物を詰め込んでいただけの秘密基地。

 もしかしたら、今でも当時のまま残っているかもしれない。



 今度、時間があれば見に行ってみよう。

 残っていれば嬉しいし、無かったとしても昔を懐かしむことが出来るだろう。





 幼い頃の思い出は、他にもたくさんある。

 ほとんどが2人で遊んだものなのだが、一つだけ不思議なことがあった。


 どんな時にも、そこには妹の姿が無いのだ。

 まだ生まれていない頃だけなら分かる。


 しかし明らかに俺達が大きくなり妹が生まれているはずの時にも、妹の姿があったためしがない。



 それなら、いつから一緒にいるようになったかといえば、気が付けばいたとしか言いようが無かった。

 どのタイミングで、どうやってかは全く覚えていない。


 気が付いた時には、俺と透真様との間に妹はいた。

 それでも妹がすでに、小学生ぐらいに成長してからだ。



 どうして小さい頃の妹の姿を思い出せないのか。

 いつも不思議に思うのだが、きっと妹を透真様の家に連れてくるのが遅かったのだろうと考えることにした。



 妹は透真様との婚約が無かったら、ほとんど関わる必要は無かった。

 本来であれば一般的な人のように大学まで進学し、誰かと恋愛して結婚し、嫁に行くと言った形になっていただろう。


 しかし透真様に気に入られたおかげで、家にも頻繁に招待されていた。

 普通だったらありえないことだったが、妹の魅力がそうさせたのだ。




 思えば、小学生の妹は透真様にべったりだった。

 暇さえあれば彼の元に行き、ずっと隣をキープした。

 これが同い年だったらまずいと止められていたかもしれないが、妹は小学生だったので、微笑ましい光景として誰も何も言わなかった。


 まさか将来結婚するとは誰も予想していなかったから、一緒にいることを認められていた。


「とうまにいさま、おちゃどうぞ」


「ああ、ありがとう。美春は、とても気が利くね」


「にいさまのためだから!」


 透真様のことを兄と呼び、それを彼も受け入れていた。



 その2人の姿に、傍で控えていた俺は、いつも癒されていたのに。

 どうして、こうなってしまったのだろう。


 段々と俺に対して、彼の態度は冷たくなっていった。

 しかし、何度も理由を聞いても答えてくれなかった。


 そしていつしか、ここまで嫌われる状態になっていた。


 きっと知らない間に、俺が何かをしたのだ。

 そうじゃなかったら、あんなに優しかった彼が、ここまで人を嫌うはずがない。



 全て俺の責任だ。




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