第14話 反省会





「どうしよう。透真様に殺されるかもしれない」


「そんなわけないだろ。さすがに考えすぎだって」


「いや、でも、あの言い方は悪かった。もっと他に良い言葉があったはずなのに。俺は馬鹿か」


「ははは。確かに、あれは良かった。俺もだいぶすっきりしたよ」


「うう……」


 透真様が帰った後、部屋の中に戻った俺は、すぐに頭を抱えた。

 いくらストレスを抱えていたとしても、あの態度は無い。


 反省するしかなくて、ずっとこの体勢のままだった。


「あいつも分かっているって。真がストレスをためていたことを、それを発散しなきゃいけないことも。だから気にしないで、ためていたもの吐き出しておけ」


 1人反省会をしている俺の頭を軽く叩いて、守は笑う。

 先ほどまで透真様とバチバチしていたとは思えないぐらい、いつもと変わらない。


「助かる。さっきも透真様の相手をさせて悪かった。本当だったら、俺が話をしなければならなかったのに」


「気にすんなよ。真にとったら上司だからな。言えないこともたくさんあるだろう」


 気にするなとは言ってくれるが、ふがいなさに押しつぶされてしまいそうだ。


「守の家に勝手に来たことも怒るべきだったし、そもそも守の許可を得ないで、扉を開けたことも悪かった」


「そんなこと思っていたのか。全く。守は変なところで律儀だよな。別に大丈夫だって、真がしていなかったら、俺が代わりにしていただろうし」


 守は優しい。

 俺に気を遣わせないために、なんてことないようにしてくれている。


「あー、でも、もっと言ってやれば良かったな。言いたいことはたくさんあったのに」


「透真様のために、あれぐらいにしておいてくれ。俺の気持ちももたない」


「いや、あんなの序の口だよ。時間が許すなら、つつき倒したかった」


 守なら本当にやりそうだから笑えない。


「先ほどから言っているが、透真様は優しい。妹のこともそうだし、俺がこの前ミスをした時も処罰はしなかった」


「俺もさっきから言っているけど、そこまで珍しいことじゃないって。部下のミスは上司の責任。処罰するなら、まず自分をだ」


 本当に手厳しい。

 俺は苦笑しながら、今度こそお茶のお代わりを淹れる。


「あー、そういえばさ。手術をするってことは、妹さん目を覚ますのか?」


「その可能性は高い」


「ふーん、そう」


 妹が目を覚ますことに対して、守は全く嬉しくなさそうだ。

 たぶん妹の周りにいる人間の中で、唯一じゃないだろうか。


 みんながみんな、妹が目を覚ますのを待っている。

 あの、透真様もだ。


「もし目を覚ましたらさ、真は捨てられるのか?」


「え……?」


「いや、なんでもない」


 守はなんでもないと言ったけど、俺の耳にはしっかり入っていた。

 どうして妹が目を覚ますと、俺が捨てられるのだろう。


 全くイコールで繋がらなくて、俺は気づかれないように考える。


 守は、何かを知っているのか。

 今日が2人にとって初対面のはずなのに、どうしてかそう思ってしまった。



 もし俺が捨てられるとしたら、それはどういった理由でだろう。

 考える間もなく、すぐに思い至る。


 妹の事故だ。

 いくら目を覚ます可能性が高くなったとはいえ、俺のせいでこんなことになってしまったのだ。

 透真様が怒りを未だに持っていたとしても、何も不思議は無い。



 透真様に捨てられた時、俺は抵抗せずに受け入れるしかない。

 雇い主であるからというのもあるし、俺は彼の望むことを全て叶えたいのだ。


「もし捨てられたら、田舎で農業でも極めるかな」


 どうせ透真様に捨てられたら、栫井家での俺の居場所は完全に無くなる。

 それなら全てを捨てて、誰も俺を知らないところで、誰かの役に立ちたい。


 田舎でゆっくりと自然に身を任せて生きていくのも、とても楽しそうだ。

 今までだったら考えもしなかった未来に、魅力を感じていた。


 少しだけ、これからのことに希望が見えた。



 今度、若者が不足している地域を探しておこう。

 そう頭の中にメモをすると、俺は守の方を見た。


「……どうした。なんて顔しているんだ」


 俺を見ている彼の顔は、とても複雑な色を浮かべていた。

 その種類までは分からなくて、逆にこっちが心配になってしまう。


「んー。なんで真がここまでされなきゃいけないのかなって。俺の知っている中で、いっちばん良い奴なのに」


「いや、そんなことないが……俺は別にいい人でもないし、何か酷いことをされているわけじゃない」


「昔から慣れすぎていて、自分の環境が分かってないんだな。本当、人に恵まれてなさすぎる。……幸せになるためなら、ここにいるべきじゃないのかもな」


 1人で勝手に納得しているので、俺はさすがに訂正しておかなくてはならないと口を開いた。


「それは違う。俺の周りにいる人は、みんな素晴らしい人ばかりだ。俺よりもずっとずっと。守だって、こんな俺と一緒にいてくれる。俺が足りないだけだ。……いつも助かっている」


 俺だけが異質な中で、ここまでこれたことが奇跡なのかもしれない。

 その感謝を伝えれば、何故か大きなため息を吐かれてしまった。


「全然、分かっていない」


 俺は何が分かっていないのか分からず、曖昧に笑っておいた。




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