第13話 バチバチの関係





 どうして、透真様がここにいるのか。


 モニター画面で顔を見てから、頭が真っ白になって、しばらく動けずにいた。

 しかし、もう一度インターホンが鳴り、その音で覚醒する。


「ま、守。どうして透真様がここに?」


 まだパニックになっていて、前にいる守の肩を掴み揺さぶる。


「大方、GPSでもつけていたんじゃない? プライバシーのへったくれもない」


 舌打ちをした守は通話ボタンを押した。


「はいはい。どちら様ですか?」


 相手が透真様だと分かっていて、それでも軽い態度をとるなんて、俺だったら絶対に無理だ。

 自分がしたわけでもないのに緊張してしまう。


『そこにいるんだろう』


 透真様も透真様で、用件とはとても言えない返事をしてきた。


「どちら様ですか?」


『そこにいるのは分かっている。さっさと開けろ』


「日本語が通じないのかな。どちら様ですか、って聞いているんですけど」


『早くしろ。俺は気が長い方じゃない』


「と、透真様!」


 2人のやり取りが心臓に悪すぎて、思わず間に入ってしまった。


『やっぱりいるな。そこで何をしている? さっさと開けろ』


 透真様の目的は、やはり俺だった。

 モニター越しに冷たい視線と目が合い、思わず背筋が伸びる。


「も、申し訳ありません。ただいま……!」


 ここは守の家なのに家主の許可を取らずに、俺は扉を開けるために玄関へと走った。

 後ろから文句は聞こえなかったから、守なら許してくれるだろう。


 そう勝手に判断して、扉を開けた。


「遅い」


 腕を組んで立っていた透真様は、真っ先にそう言ってきた。


「申し訳ありません」


 条件反射で謝ってしまうが、すぐに疑問があふれてくる。


「ど、どうしてここに?」


 一番の疑問を尋ねると、馬鹿にしたような表情になった。


「俺のいない間に、何をしでかすか試していたんだよ」


「試した?」


 つまりは、俺の急な休み自体、仕組まれていたというわけか。

 俺が休みの日に何をするのか、どこに行くのか、監視していたのだ。


 しかし何のために?

 俺がやましいことをするとでも思ったのだろうか。


「結果はこのザマだ。お前、ここで何していたんだ?」


「知り合いと会って話をしていただけです。透真様に不利益になることは何も」


 別に守と話をしていたとしても、俺は悪くない。

 それに今日は休みなのだから、好きなことをしたとしても、透真様に文句を言われる筋合いはない。


「これが不利益じゃないと? こんな場所で、俺の知らない男と話をしている。俺の名前に傷がつく行為じゃないか?」


「……はい?」


 この人は何を言っているんだ。

 思わず口に出して言いそうになり、俺は口を閉じる。


 どうして守の家に俺がいることで、透真様の名前に傷がつくのだろう。

 意味が分からず首を傾げていたら、後ろから守が現れた。


「本当にたまにしかない休暇に、幼なじみと会って話をして何が悪いんですか?」


 ほとんど睨みつけながら、俺の前に出てきてくれるのは頼もしいけど、透真様を怒らせてしまわないかとひやひやする。


「お前は?」


「知っているはずだと思っていましたけど、自己紹介が必要ですか。真の幼なじみの相庭そうば守です。以後お見知りおきを」


「もう会うことはない。覚えるつもりも無い。さっさと帰るぞ」


 2人は何かあったのかと思うぐらい、お互いに嫌い合っている。

 今日初めて会ったはずだよな。

 それほど、この場には殺伐とした雰囲気が漂っていた。


「と、透真様……」


「何だ?」


 俺の話など無駄だとばかりに、素っ気ない声。

 怯みそうになるが、負けっぱなしではいられない。


「ほ、本日は休みです。急用の仕事がない限りは、帰ってから対応いたします」


 今日休みだと言ったのは、透真様自身だ。

 それが俺の行動を調べるためだったとしても、休みなのに変わりはない。

 だから今、俺が透真様の元に戻る必要はないだろう。


 いつもだったら、文句を言わずに戻る。

 でも俺には、ストレス解消が足りていなかったのだ。


 最近、守の家に行けず話をしていなかった。

 そのせいでたまっていたストレスを、まだ全て吐き出しきれていない。

 さすがにその状態で仕事に戻ったら、何かしらの支障が出そうで困る。


 そのため、少し落ち着くまでは守の家にまだいたかった。


「ああ? 何言っているんだ?」


 分かっていたことだけど、透真様は俺を睨んできた。

 完全に怒って、これはなかなかのことでは直らないだろう。

 帰った時を考えると怖いが、それでも俺には譲れないものがあった。


「帰るぞ!」


 威圧的に命令した透真様は、俺の腕を掴んできた。

 しかし、それを別の手が止めてくる。


「嫌がっているんだから、無理やりはよくないだろ。離せよ」


 透真様の腕を掴む守の姿が、まるで騎士のように見えた。

 そうなると俺はお姫様か、全く似合わない。

 自分の想像に悪寒を感じ、俺は慌ててイメージを遠くに飛ばした。


「真自身がここに残るって言っているんだ。いくら主人だからといって、横暴すぎるだろ。遅くならないうちに帰すから、今日のところは勘弁してくれないか。あんただって真を潰したくないだろう?」


 今までの対応の中では、まだ優しく言った方だろう。

 俺はただ2人の顔を交互に見ながら、どういった結論に至るのか見ていることしか出来なかった。


「……分かった」


 それでも無理やり連れられるかもしれない覚悟をしていたのだけど、静かな声で透真様は受け入れた。

 その後は何も言わず、踵を返し行ってしまった。



 一瞬だけ見えた彼の目が、悲しそうな感情を浮かべていた気がするが、きっと俺の気のせいだ。




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