第12話 つかの間の休息
妹のことに関する心配が無くなり、俺は仕事に集中することが出来た。
この前のミスに周りから何かしら言われたけど、無視していればいつしか消えていった。
そこまで大きなものじゃなかったのが良かったのだろう。
相変わらず透真様の当たりは強いが、妹の手術を手配してくれたことを思い出せば、辛いなんてことは無かった。
そもそもは俺のせいなのだから、むしろ喜んで働いていた。
「明日は来なくていい」
しかしある日、突然透真様が告げてきた言葉に、俺は衝撃を受けて固まってしまった。
「こ、なくていい、とは」
もしかして遠回しな解雇宣言なのだろうか。
まさかこのタイミングで?
何をしてしまったのかと、最近の出来事を思い出すが、特にこれといって失敗をした覚えが無い。
小さな積み重ねが、とうとう爆発してしまったのか。
俺は思わず拳を強く握りしめて、何とか声を振り絞った。
「言葉の通りだ。明日はお前がついてきたら面倒だから、別のについてきてもらう。だから明日は来るな」
明日、と何回も言うということは、明後日からは戻ってきていいという意味だろう。
俺はほっと胸を撫で下ろす。
解雇じゃなくて良かった。
まだ震えは微かに残っているが、俺は握りしめていた拳をほどく。
手の平がピリリと痛み、爪を立てていたのだと気が付いた。
それぐらい俺にとっては、解雇というのは恐ろしいものだった。
「かしこまりました」
何事も無かったように頭を下げた俺を、透真様は冷たい目で見つめていた。
突然の休みは、久しぶりである。
だからこそ持て余してしまっていた。
透真様と一緒にいて、休みなどあってないようなものだ。
会社に行かなかったとしても、今は一緒に住んでいる。だから気が抜けるわけが無い。
それが嫌だという不満ではなく、この生活が俺の日常である。
そういうわけで俺の人生には、透真様が不可欠なのだ。
休日を持て余してしまうのも仕方ない。
家から追い出されてしまった俺は、街を普段着で歩きながら悩んでいた。
平日であるこの時間、ただ道をうろついていれば不審者として通報されてしまうかもしれない。
かといって、何かを買いたかったり、暇を潰せそうな趣味もない。
完全につまらない人間になっている俺は、ため息を吐いて、とある場所に足を向けていた。
そこ以外、俺の行ける場所は無かった。
「そういうわけで、休みを持て余していたから来た」
「なーんだ。急に来たから、秘書を辞めてきたのかと思った」
「そんなわけないだろう。俺は辞めない。絶対にだ」
辞めさせられた時は、別だけど。
現在、俺は守の家に突撃訪問して、快く受け入れられ一緒にお茶を飲んでいた。
連絡をしてなかったのに、全く嫌な顔をしなかった守は、本当に性格が良い。
さすがに断られる可能性も覚悟していたので、許された時は拍子抜けしたぐらいだ。
「なーんでそんなに透真様に仕えたがるのかねえ。……俺じゃ絶対に無理」
「そこまで悪い人じゃない。妹の手術も準備してくれた」
「へー。でも、それって婚約者なんだから、普通のことなんじゃないの? そもそも、それぐらいでほだされちゃ駄目だろう」
守は透真様に、とても手厳しい。
俺のことを心配してくれて、そんな俺に対してあたりが強いのを怒ってくれる時もある。
そんな守のことを、いつか友達のように気軽に接することが、出来るようになればいいと思う。
「でも手術には莫大な費用がかかる。それを一人で負担するのだから、やはり優しい」
「それも御手洗家として考えれば、おかしな話じゃないだろ。手術にいくら費用がかかるっていっても、向こうにとってははした金だ。そう考えれば、そこまで凄いとは思えない」
「気持ちの問題だと思うが」
どう俺が言ったところで、守は聞いてくれない。
それなら話をするだけ無駄だと、別の話題に変える。
「ああ、そうだ。今度から、ここに来る日が少なくなる」
「何で?」
「透真様に今度から詳しく報告をしなければならなくなって、守は話をしてもらいたくないだろう?」
「ああ?」
しまった。
話題を変えたつもりが、ほとんど変わっていない。
機嫌が悪くなった守に、俺は口を押さえたが、完全に遅かった。
「あの束縛くそ野郎」
「いや、束縛とかそういうわけじゃなく、何か緊急事態が起こった時のために必要なんだ。きっと」
「はー。そんなことのために、俺は真からもらえる癒しの時間を邪魔されるのか」
本気で残念がられると、申し訳ない気持ちと共に嬉しくもなる。
そこまで、俺との話を楽しみにしてくれていたのか。
「悪い。でも、こういった休みをもらえれば、また来るから。今度は前もって連絡する」
「真なら連絡が無くても、いつでも歓迎する。どうせ基本的には家にいるし、どこかに出かけている日は連絡するから」
「ありがとう。そうしてくれると助かる」
守はそう言うが、そこまでずっと家にいるわけじゃないはずだ。
今日はたまたま運が良かっただけ。
だからいないと分かっていた方が、無駄足を踏まなくて済む。
これからのことが決まれば、後は普段のような話をすればいい。
俺はお茶のお代わりを淹れようと、そっと立ち上がる。
その時、インターホンが鳴った。
「誰だ?」
守が立ち上がり、そしてモニターを見た。
「うげ」
変な声を出した守の後ろから、俺もモニターを覗く。
そこには、ここにいるはずの無い人がいた。
「……透真、様?」
どうしてここにいるんだ。
そんな俺の疑問を知るためには、扉を開けるしか無かった。
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