第9話 同僚との関係





 透真様付きの秘書は、実は俺以外にもいる。

 ただその中で、筆頭であり他をまとめる立場なのが俺というだけだ。


 さすがに一人で、全てをまかなうことは出来ない。

 だから交代制で、俺のサポートをする人が必要なのだ。




 それは色々な場所から、よりすぐりの人物を集めているのだが、能力が高い分、プライドがヒマラヤよりも高いから面倒くさい。


 何が一番大変かというと、俺の指示を聞かないことだ。

 プライドが高いせいで、いちいち詳しく説明しなければ、どうしてその仕事をするのかと聞いてくる。


 意味の無い仕事を割り当てるほど、こちらも暇ではない。

 むしろ忙しいから説明する時間も惜しいのに、説明しないと仕事に取りかからない。


 さらには勝手な行動や、命令を無視することがあるので手に負えない。

 何故そんなことをしたのか尋ねると、そっちの方が効率的だと思ったと開き直られる。


 それで上手くいくのならいいけど、大半が上手くいかない。

 一番効率的なやり方を命令しているのだから、それを無視したら回り道になるのは当たり前のことだ。



 しかし、その尻拭いは全て俺がしなければならない。

 どうして上手くできないのかと責められ、透真様には部下の手綱ぐらいきちんと握れと怒られる。


 俺だって上手くやりたいけど、話を聞いてくれない。

 他の人が失敗するたびに、俺の胃はキリキリと痛んだ。



 どうして命令を聞いてくれないのか。

 それは、俺のことを完全に舐めているからだ。


 同僚ということは、透真様が俺にどんな態度をとっているのか間近で見ている。

 だから一番、俺がどれだけ嫌われているのかを知っている。

 そうなると、自然と俺に対する態度も透真様に似てしまう。




 それでも俺が声を大にして言いたいのは、俺にそんな態度をとったところで最終的には透真様に迷惑がかかるということだ。

 俺に仕えているわけではなく、透真様に仕えているという自覚が全く無い。


 あまりにもエスカレートしていると判断した時は注意をするが、なかなか聞き入れない人もいる。

 そういう場合は辞めさせるのだけど、それも大変だった。

 プライドが高い人を辞めさせるなんて、普通よりも大変なのは当たり前だ。



 今は、雇用者よりも労働者の立場の方が上な時もある。

 あまりに酷いやり方だと、訴えられる可能性があった。

 だから、慎重にことを進めるほかなかった。





 ああ、これは駄目だ。

 俺は久しぶりに切り捨てなければならない人間を見て、冷静な頭で判断した。

 こちらを睨みつけてくるけど、全く痛くもかゆくもなかった。


 この人の名前は、確か鈴木だったか。

 働き始めてから1年ぐらい経っているはずだけど、まだ分かっていなかったらしい。


 いや、違うか。

 それだけ長く働いているせいで、慣れきってしまったわけだ。


 これは完全に、俺の教育不足である。

 俺は頭が痛くなってきたので、軽く押さえると、状況を確認するために尋ねる。


「それで、どうしてこんなことになったんだ」


 ここには俺と鈴木しかいない。

 他の人には下がらせた、というか後処理に回ってもらっているので、ゆっくりと話をすることが出来る。


 話しかけられた鈴木はというと、顔色を悪くしながらも俺に対する態度は変えず、反省の色が見えなかった。


「どうしてこうなったか? とはなんでしょうか」


 しらを切るつもりなのか、少し視線をそらしてとぼけてくる。

 ここでもう少し反省する姿勢を見せていれば、俺の結論も変わっていたかもしれないのに。


 こんな大ごとを仕出かしておいて、まだ俺に対するなめた姿勢をし続けるのか。

 さすがに庇えるほど、俺は優しくない。


「分からないのか。それなら俺が説明しよう。今朝、俺は一ノ宮様宛に荷物を出すように頼んだ。速達でな。俺がやっても良かったのだが、あいにく他の仕事をしていたから、手が空いていたあなたに頼んだわけだ。だが、頼んだはずの荷物が、まだ届いていないという連絡がきた。これは一体、どういうことなんだ?」


 その電話を受けた時は、まさかと思い、色々な方面に連絡を入れる羽目になった。

 頼まなかった方が仕事が少なかったなんて、全くもっておかしな話だ。


 さすがに荷物ぐらいは送れるだろう、と思った俺が悪かったのか。


「……お言葉ですが、一ノ宮様の誕生日は明後日です。ご家族の方の誕生日でもありませんし、会社関係の記念日でもありません。日にちを間違えられているのではないですか?」


 まさか、それが荷物をきちんと送らなかった理由なのか。

 こちらを馬鹿にしたような、むしろいいことをしたかのような表情に、いっそ笑い出したくなった。


「確かにあなたの言っていることは合っている。しかし今日は、一ノ宮様にとって公にしていない記念日だ。そしてそれを知っているのは、御手洗家だけ。だから毎年、秘密裏にするために速達で荷物を送っているんだよ」


「そ、そんなこと知らな」


「知らなかったとしても、頼まれたことはきちんとやってくれ! あなたのせいで一ノ宮様に、多大な心配と迷惑をかけてしまった。知らなかっただけでは済まない問題になっている」


「も、もうしわけ」


 さすがにまずいと思ったのか、一気に顔色が白くなる。

 しかし、もう遅い。


「この責任は重い。あなたが謝罪に行ったところで足りないぐらいにな。これからも仕事をし続けたいのなら……分かるだろう?」


 辞めさせるのは、いつも辛い。

 しかし甘さを見せていたら、透真様の評判に関わる。



 勢いよく首を縦に振る元同僚に、俺はまた仕事が増えると、今度は胃を押さえた。




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