第10話 他人からの評価
「……辞めさせたみたいよ」
「また? 今度はどうして?」
「何でも、仕事でミスをしたかららしいわ。この前、バタバタしていた日があったでしょう。その時だって」
「ああ、そういえば忙しかった時があったわね。でもそれぐらい許してあげればいいのに。というか、自分のせいじゃないの」
「本当よね。とても優秀な人だったのに、辞めさせたせいで抜けた穴を埋めるのに大変みたいよ」
「他の人に迷惑をかけるなんて最低」
「御手洗様が優しいから、まだ働いていられるのに好き勝手にしすぎよ」
「本当本当。あの人について行きたいと思う人なんていないのにね」
「そのうち見捨てられるわ」
「確かに。その時は思わず笑っちゃいそう」
会社の廊下を歩いていると、社員の話している声が耳に入ってきた。
どうやら、給湯室でお茶を淹れている間に、世間話をしているようだ。
話題は俺のことらしい。
こういった陰口を言われるのは慣れているから、特に驚きも悲しみも感じない。
この前辞めさせた同僚は、意外にも人気があった。
確かに容姿は少し整っていたが、そこまで騒ぐほどのものでは無い。
透真様の足元にも及ばないぐらいなのに、不思議なものだ。
性格も猫を被っていたのか、辞めさせたのが俺だと分かると、たくさんの人から責めるような視線を向けられた。
そのどれもを無視していると、極悪非道だという噂が流れた。
別に何と言われようと平気だ。
だからこういった陰口を言われているのも慣れている。
むしろ言わない人の方がいないぐらいだ。
給湯室で話をしている社員の声には聞き覚えがある。
しかしすれ違ったことはあっても、いっしょに仕事をしたことはない。
それでもここまで陰口を言えるなんて、どれだけ俺は嫌われているのか。
あまり良くないことかもしれないけど、俺は気配を消して話の続きを聞く。
「でもあの人って、変な人気があるよね」
「確かに。取引先の人とかに、聞かれることがたまにあるわ。しかも気持ち悪いおやじに!」
「えー、私はイケメンだったんだけど。何かムカついたから嘘ついといた」
「うわ、性格悪。まあ気持ちは分かるけど。何であんな人が良いのか分からない。最初は格好良いかと思ったけど、中身を知ったら一気に評価が地に落ちた」
「顔だけ見れば、いけている方なのにね。もったいない。宝の持ち腐れよ。あれで性格良かったら、アピールしたのに」
「栫井家だって、お金持ちだものね。玉の輿といえば玉の輿かも。さすがに御手洗様は、雲の上の存在すぎるから、近づくことさえ出来ないし」
「そういえば御手洗様は、どうしてあの人をずっと雇っているのかしら。もっと他に良い人がいるでしょ」
「それが、元々御手洗家に栫井家が仕えるのが決まっているかららしいわよ。つまり昔からの付き合いみたいな感じじゃない?」
「何それ、今時古い。御手洗様なら、そういう古臭い考えも無くすかな。さすがに仕事が出来なかったら、いつかは見限るもの」
「そうしたらもっと働きやすくなるのにね。あの人がいるだけで、気分が下がるのよ」
ここで聞いていることがバレたら、どんな反応をされるのだろう。
気まずそうにするのか、開き直るのか、はたまた盗み聞きしていたことを怒るのか。
そのどれもが俺にとってメリットにならないので、実行する気は無い。
これ以上ここにいたら、そのうちバレるか。
誰かに気が付かれる前に、この場から去ろうとしたのだが、耳がとある人物の話題を拾ってしまったので立ち止まる。
「そういえば、御手洗様の婚約者って、まだ目を覚まさないんでしょ」
「そうらしいね。結構大きな事故だったから、また目を覚ますかどうか分からないらしいよ」
「うわあ。可哀想。せっかく婚約者になったのに運が無い」
話題がいつの間にか俺から妹に変わっていた。
立ち去ろうとしていた足を止めて、俺はまた聞き耳を立てる。
「でもあれでしょ。噂によると、身分とか釣り合ってなかったみたいらしいし。そもそも、あの人の妹だから性格も悪かったんじゃないの?」
「それがさ。元々幼なじみで、そこから恋愛に発展して、親や周囲反対とかを黙らせて婚約したんだって。だから御手洗様がメロメロだったわけよ」
「本当に? ショックだわ。ってことは、いい女だったってわけ。でも今の状況だとどうなの? 目を覚まさなかったら、結婚どころじゃないないでしょ」
「そうよね。さすがに誰か別の人を見つけるんじゃない。そうしたら、チャンスあるかもよ」
「やだあ! 私頑張っちゃう!」
「あんたじゃ無理だって」
「分からないでしょ。誰にだってチャンスぐらいあるわよ」
……そうか。
妹がこのまま目を覚まさなかったら、透真様は別の人と結婚する可能性があるのか。
その可能性に今更ながらに気づいてしまい、俺は愕然とする。
2人は結婚するものだと、完全に信じていた。
幸せな2人の姿を、傍で見ることが出来ればそれだけで俺も幸せな気分になるはずだったのに。
吐き気を感じて、俺は口元を押さえながら、その場から立ち去る。
俺がやってしまった事の重大さが、肩にのしかかっているようだった。
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