第7話 周りの俺に対する対応
透真様の俺に対する言動は全く隠していないので、誰しもが俺が嫌われていることを知っている。
だからこそ、人によって俺への対応はまちまちだ。
大抵は当たり障りなく、俺のことをいないものとして扱う。
そういう人は特に害は無いから、普通にしている限りは関わることも無かった。
でも、たまにタチの悪い人というのはいる。
そういう人に当たった時の対処に、俺はいつも困っていた。
俺に悪口を言うぐらいならば別に構わない。
それで傷つくほどやわなメンタルを持っていないし、聞き流せば済む話だ。
しかし実力行使をされると、どうすればいいのか未だに正解が分からなかった。
やり返すのは絶対に駄目だし、かといって受け入れるのも難しい。
それに受け入れてしまうと、さらに調子づかせるのは経験済みである。
昔、本当に面倒な人がいた。
確か、御手洗家と昔から提携している会社の常務だったか。
でっぷりと肥えた体に、季節関係なく汗をかいていて、常にハンカチで拭いていたイメージがある。
名前を忘れたその人は、俺が透真様から雑な扱いを受けているのを見て、対応がガラリと変わった。
「君は本当に使えないね。あんなに人前で怒られて恥ずかしくないのかい?」
最初はネチネチと言うだけだから、まだ我慢出来た。
でも俺が無視していると、段々と調子に乗っていった。
「君みたいな人は、御手洗君が捨てたら路頭に迷うんじゃないかねえ」
ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべながら、体を触ってくるようになって、俺は対処に困ってしまった。
俺の体を触って、何が楽しいのか。
全く意味が分からず、固まってしまったのが悪かったのだろう。
どんどん触り方がエスカレートしていって、露骨なアピールをされるようになった。
「もし路頭に迷ったら私が面倒を見てあげよう。まあ役に立たない君のことだから、やれる仕事も限られているけどねえ」
これは遊び相手にされようとしているのか。
いくら鈍い俺でも、彼が意図しようとしている言葉の裏の意味は読み取れた。
確かに役に立たない俺が出来ることは、そのぐらいしかない。
しかし受けいられるかどうかといえば、それは無理な話だった。
「おたわむれを」
完全に拒否すると、御手洗家に迷惑がかかる。
それが分かっているのか、隠してやっていたのに、段々と表にも出すようになった。
しかも、透真様がいる時でさえだ。
「君のところの秘書は、可哀想なぐらいに使えないね。君も大変だろう」
透真様と話している間でも、脇に控えている俺を欲を持った目で見てきた。
気にしないようにはしているけど、それでも視線の強さにいたたまれなくなる。
「どうだい。この際、別の者に変えてしまって、そこの秘書はクビにしてしまえばいい」
そこの秘書というところで、俺に指が向けられる。
気持ちの悪い笑みは、透真様が断るなんてことを思ってもいないようだ。
「きっと優しい君のことだから、彼の今後を心配するだろうね。でも安心したまえ。君のお父様とは昔からの馴染みだから、私が引き取ってあげよう」
それが本題なのに、仕方ないとばかりに俺を引き取ると提案する。
問題は、透真様がどう答えるのかだ。
昔からの俺をいらないと言っているぐらいだから、簡単に引き渡すかもしれない。
もしそうなったとすれば、俺は受け入れるしかないのだろうか。
嫌だと拒否したところで、彼の決定は絶対だ。
最終的に、俺を待っているのは慰みものルートである。
いくらなんでも、それは避けたい。
透真様の次の言葉を誰もが待ち構える中、まるで焦らすかのように、ゆっくりと彼は口を開いた。
「……どうでもいい」
その言葉は、俺にとって死刑宣告も同じだった。
「そうですか。やはりそうですよな」
にわかに喜び始めた顔を、俺は悟られないぐらいに睨む。
なんだかんだと言っても、俺は彼のことを信じていた。
まさか本当に、俺を下げ渡すとは思ってもみなかった。
手足の先が感覚が無いかというぐらい、冷えていく。
自分は今、きちんと立てているのだろうか。
そんな心配をしてしまうぐらい、感覚がどんどん失われていった。
「それじゃあ詳しい話はまた後日。いやあ、君は随分と思い切りがいい。それに賢いね」
彼からの許可を得られたからか、上機嫌に最後まで舐めまわすように俺を上から下から眺め、そして肩を叩いて帰っていった。
俺を気遣ってか憐れんでか、他の使用人も出て行き、2人きりになる。
心の底からどういうわけだと尋ねたくなったが、聞いたところで答えてはくれないだろう。
「……明日以降の予定を確認してまいります」
俺は諦めて、いなくなったあとの調整をするために、部屋から出る。
彼は何も言ってこず、内心で失望しながら、俺もそれ以上は何も言わなかった。
それから、いつあちらの家に下げ渡されるのかと落ち着かない日々を送っていたが、結局この話は白紙に戻った。
向こうが辞退したわけではないし、気が変わった透真様が引き止めてくれたわけでもない。
ただ向こうの会社に不正が発覚したせいで、それどころじゃなくなったせいだ。
ダメージはあまりにも大きくて、会社自体が潰れた。
そのおかげで俺は今でも透真様の傍にいられるが、またいつ誰かに譲られるか内心で怯える日々を過ごしている。
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