第6話 透真様と妹の関係





 透真様と妹が婚約したのは、妹が高校を卒業した時だった。

 妹から聞いた話だと、元々想い合っていて、妹の方から告白をしたらしい。

 それを透真様が受け入れて、晴れて恋人同士になった。



 しかし、そこからが問題だった。

 いくら昔からの顔なじみとはいっても、御手洗家と栫井家はあくまで主従関係である。


 本来だったら透真様は、名家のお嬢様と結婚して、家を大きくする必要があった。

 というよりも、すでに見合い話はたくさん来ていた。

 そして彼はそこから選んで、政略結婚をする覚悟でいたはずなのに。


 妹が、そんな彼の考えを変えた。



 俺は、その日のことをよく覚えている。

 御手洗家に、透真様と妹が2人で来て、そして現当主の前で宣言したのだ。


「俺は美春と結婚する」


 あまりにも堂々としていたせいで、当主もすぐには反論出来なかった。

 しかし、すぐに許されるはずないと、怒鳴り声を上げた。


「何を言っているんだ!!」


 びりびりと空間を震わせるような声に、その場にいただけでの俺でさえも、思わず体を震わせてしまった。

 それぐらいの圧力の中だったのだが、透真様は凜と背筋を伸ばしたまま、当主を逆に冷めた目で見据えた。


「もう一度、言うのか? 随分と耳が悪くなったようで。俺は、美春と、結婚すると言った」


「そんなこと、そんなこと許されるわけがないだろ……!」


「誰が許してもらいたいなんて頼んだ? これは決定事項だから、何を言われたところで変わらない」


「なっ!」


 唯我独尊。

 まさにその言葉がぴったりだった。


 当主も絶句してしまい、次の言葉が言えなくなる。

 その代わりに、奥方が叫んだ。


「あなたは、それ相応の女性と結婚するべきなのよ! そんな使用人の娘と結婚するなんて!」


「そんな風に物事を見られないのか。嘆かわしい限りだ。今更家同士が結婚したところで、得られるものなんて、たかが知れている。それよりも大事なのは、モチベーションを上げることだろう」


「何をくだらないことを……! 家同士の繋がりは大事に決まっているでしょ! そんなことも分からないの!?」


「繋がりを持ったところで、少しでもスキャンダルが出れば一発でアウトだ。愛の無い結婚をしたところで、別に相手を作るだけ。それはバレた時のペナルティは、今の方が厳しい」


 金切り声に耳が痛くなってきたが、透真様に変わりはない。

 この場で、一番落ち着いていた。


「政略結婚をして不倫をする。愛のない結婚は子供を不幸にするだけだ。それはあんた達が、一番身に覚えがあるんじゃないか?」


 お見事。

 ここが仕事場じゃなかったら、口に出していただろう。


 当主と奥方は、もちろん政略結婚だった。

 そして恋に発展することはなく、2人とも外に愛人がいるのは有名な話である。


 そのせいで透真様は2人と関わることが少なく、情を持っていないのは見れば分かる。



 わざわざ指摘する人がいなかった、そこをつかれてしまい、視線をそらす2人の負けだった。


「俺は美春と結婚する。さすがにすぐにとは言わない。周りがうるさいだろうから、美春が成人するまでに納得させる。それなら文句ないよな」


「……好きにしろ」


 彼の堂々たる未来設計に、もう反論が無くなったようだ。



 こうして、透真様と妹の婚約が決まった。


 認められた途端、今まで何も言わなかった妹が、そっと透真様の手を握る。

 その瞬間、妹に向けられた笑みを、未だに俺は忘れることが出来ない。


 心の底から愛している。

 そう訴えるような表情は、当たり前だけど俺に向けられることは無いものだった。





 婚約が決まった時は、やはり周りからの声がうるさかった。


 身分の差、そこを一番言われて、娘を結婚させようとしていた家からは攻撃に近いこともされた。

 標的はもちろん妹で、透真様の前に現れないように、えげつない計画も立てられていた。


 しかしその全てを、実行する前に透真様が潰した。



 とても鮮やかな手腕で、妹にピンチが起きることが一切無く、完璧に守りきった。


 そしてさらに、おかしなことをしてきた家には、それ相応の報復もした。

 家によっては没落したり、目も当てられないような状態になったのを見て、段々と攻撃するような馬鹿な真似をする人はいなくなった。



 妹が成人する前に、周りのことも納得させたのだ。

 近くで見ていたこそ言えるが、本当に敵に回したくない人である。

 嫌われているけど敵認定はされていないので、俺は今のところも平和に生きていられる。




 そこまで妹のことを思っていてくれることを、俺はとても嬉しく思っていた。

 2人が結婚しても俺の役目は変わらないだろうけど、それでも傍で見守っていられることに喜びを感じていた。


 だからこそ、妹の事故を起こしてはいけなかったのに。

 あそこまで彼が守った妹を、俺は彼から奪ってしまった。

 故意ではないし、悪意があったわけでもない。


 それでも俺の罪は重かった。



 妹が眠る病室に連絡を受けた彼が走ってきた時、廊下の椅子に座っていた俺を何のためらいもなく殴ってきたのは当たり前である。

 むしろ、殺されなかっただけありがたいと思うしかない。


「一生、許さない」


「……もうしわけ、ありません」


 そう言われたとしても、俺はただただ受け入れるしかなかった。


 少しだけ負っていた傷がズキズキと痛んだところで、誰かが俺を心配してくれるなんて期待する方が馬鹿だったのだ。




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