第5話 幼馴染との息抜き





 守は俺の家の隣に住んでいる、同い年の幼馴染である。

 産まれた日が近かったおかげで、小さい時から仲が良かった。


 しかし、透真様に守は会ったことが無い。

 逆もまた然りだ。


 それでも俺の家のことを理解している守は、透真様のことも情報だけなら知っている。


「まーた、くそ主人のことを、ヒステリックと傲慢な感じで責められたのか?」


「そこまでじゃない。俺が悪いだけだ」


「そうやって否定するのは良いけどさ、あんまり嫌なら逃げてもいいと思うけど」


「それは出来ない」


 情報だけで知っているせいか、守は透真様のことを好きじゃない。

 むしろ嫌っている。


 だから話をするたびに、逃げろとアドバイスしてくる。

 しかし俺は、それを聞いたためしがない。


 透真様からは離れられない。

 そういう運命なのだ。


「まあ、真がそれでいいのなら止めないけどな。本当に辛かったら助けを求めろよ。すぐにかけつけるから」


「……ん。ありがとう」


 仕事のこともあるから、お酒を飲むことは出来ない。

 でも一緒に食事をして話す、それだけで俺のストレスは消えていく。


「守がいてくれて良かった」


「何だよ急に。ついに俺のありがたみが分かったのか?」


「そうかもな」


 守だけは、この世界で唯一信用出来る。

 こんな俺を見捨てずにいてくれるなんて、本当に良い奴だ。

 きっと幼馴染じゃなかったら、ここまでしてくれなかっただろうけど。


 こうして何気ない話をしたり、愚痴を言ったりしているだけで、俺がどれだけ救われているのか分かっていないだろう。


 俺の生きる理由は透真様だけ。

 でも生きていられる理由は守だけ。



 このお茶会は、俺の気分転換に必要な時間だった。





「俺は、透真様にふさわしくないのかもしれない」


「何言っちゃってるの」


「透真様を苛つかせてばかりだし、みんな俺は役立たずと言う」


「……本当、お前の周りってクズばっかりだよな」


 吐き捨てるように言う守は、俺のことをいつだってかばってくれる。


「そんなことない。俺が悪いだけだ」


「昔はそうじゃなかったのにな。どうして、そこまで自己肯定感が低くなっちゃったの。何のせいで変わったんだ」


「昔からこうだ。俺は美春みたいに優秀でいられないから」


「……俺はどうもあの妹さんのことは好きになれないんだよな」


 俺のことを気にかけてくれるだけでも珍しいのに、何故か美春のことをあまり好きではない珍しい人間だ。

 何が嫌いなのかは本人もよく分かっていないらしいけど、本能が受け入れないと前に言っていた。


 俺と一緒にいる時点で、少し人とは違うのかもしれない。

 可哀想に、そういえば昔ジャングルジムから落ちて頭を打っていた。

 もしかしたらその時に、思考回路がおかしくなったのか。


「美春はいい子だ。そんな美春を助けられなかった俺は、生きている価値なんて無い」


「そんなわけないだろう。真が生きているだけで、俺は幸せだから。これからも定期的に、こうしてお茶会しようぜ。だから変なことを考える前に、俺のところに来いよ」


「……ん」


 別に死ぬつもりは全くないのだが、守は俺が危ういと思ったようだ。

 釘を刺すように言われ、とりあえず頷いておいた。


「こんなに立派に成長したくせに、昔とちっとも変わらないな。そんなところがいいんだけどさ」


 お茶を飲みながらの言葉に対し、俺はあいまいに笑うしかなかった。

 ちっとも変わらないからこそ、みんなから役立たずだと言われるのだろう。

 それがいいことだなんて、ちっとも思えなかった。





 守のところにいられる時間は、とても限られている。

 それは、透真様に伝えていないからだ。


 彼には栫井家に行くとだけ言って、少しの休み時間をもらっている。

 だから長居をすると不都合が生じるから、滞在時間は長くても1時間ぐらいしかなかった。


 それでも十分話は出来るので、俺は不満を感じていなかったのだが。


「透真様。ただいま戻りました」


「……遅い。どこに行っていた?」


 マンションに戻り、透真様に帰宅の報告をすると、真っ先に遅いと言われてしまった。

 いつもと変わりないはずだが、虫の居所が悪いのかもしれない。

 こういう時は刺激しないのが一番。


「申し訳ありません。今朝報告していたように、両親に報告しに栫井家に戻っておりました。いつもと同じようにしていたつもりでしたが、遅くなってしまったのであれば申し訳ありません」


 何か難癖をつけられる前に謝罪をすると、舌打ちが返ってきた。

 物凄く機嫌が悪い。

 これは何をしても許してもらえないだろう。


 今までの経験から悟ると、俺は顔を見せない方が良いだろうと考え、その場から立ち去ろうとする。


「おい、どこに行く気だ」


「部屋に、戻ろうかと」


「は? 先ほどまで休んでいたくせに、また休む気か?」


「い、いえ。そういうわけではないのですが」


「言い訳するな。見苦しい」


 機嫌が悪すぎて、俺の何もかもが気に入らないらしい。

 部屋に逃げることも許されず、近づくことも出来ないので、食事の仕込みでもしようかとキッチンへと向かった。


「今度、栫井家に行く時は俺も行く」


「それは……こちらの私情に、透真様のお手を煩わせるわけにいきませんので」


「黙れ。俺が行くと言っているのだから、素直に従え」


「……かしこまりました」


 透真様の提案は、俺の安らぎを奪うものだ。

 守に会えなくなってしまうのは辛いと、考え直してもらおうとしたが、彼の意思は硬かった。


 後で連絡をしておこう。

 そう決めた俺は、透真様の気まぐれが長く続かないことを願った。




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