第4話 家族との関係
俺はたまに、栫井家に帰ることがある。
帰るといっても、家族が快く出迎えてくれるわけではない。
ただ現状を報告をしに行くだけだ。
そして俺は、この報告があまり好きではない。
「特に変わりはございません」
「それで? 透真様に迷惑をかけていないだろうな」
「精進いたしております」
「お前は愚図だからな。長男でなければ、すぐに家から追い出しているのに。全く使えない。透真様もお優しい人だ」
「……はい」
一通りの報告を終えると、次は俺への攻撃が始める。
両親は俺に対し、何の期待も持っていない。
初めはこうではなかったが、いつしか冷めた目で見るようになった。
俺が色々と粗相をしすぎたからだろう。
期待を無くされるほど、俺は駄目な子供だ。
栫井家は、代々御手洗家に仕えているが、それは父親も例外ではない。
しかし父親は次男だった。
だから今、御手洗家の現当主に仕えているのは、父親の兄である。
父親が仕えているのは、現当主の弟。
そしてそのことについて、物凄い劣等感を父親は抱いていた。
父親の考えでは、当主に仕えることが出来なければ負け組。
だから自分は負け組。
自身の兄に向けた劣等感をどうやって解決したのかというと、それは子供である俺が透真様に仕えられる順番で生まれてからだ。
未婚を貫いていた兄に負けないように、さっさと母親と見合い結婚した父親は、産まれた子供が男だと分かると狂喜乱舞した。
これで兄に勝てる。
そう思ったらしいのだが、父親の期待に俺は答えることが出来なかった。
きっと透真様に捨てられたら、俺も簡単に切り捨てられる。
そこに家族の情なんて無い。
血の繋がりなんてものは、俺達の間には存在していなかった。
それは美春が透真様との婚約が決まってから、更に俺に冷たくなった。
俺よりも美春の方が、御手洗家に近づける。
まさか跡取りと結婚出来るとは夢にも思わず、決まった時はお祭り騒ぎだったことを今でも覚えている。
それは俺が切り捨てられた日でもあるからだ。
あの日、俺を見る目に一切の温度が無くなった。
報告はいつも父親と2人きりなのだが、たまに母親が乱入してくることがある。
そういう時は、更に最悪だ。
「
そして今日は、とても運の悪い日らしい。
勢いよく入ってきた母親は金切り声を上げながら、俺に詰め寄ってくる。
「はい、お母様」
「あんた! 美春の病室に行ったらしいわね! 何をしたの!」
「見舞いに行っただけです」
「嘘! どうせ目を覚まさないように、何かしたんでしょう!」
「何もしていません」
「それじゃあ、何であの子は未だに目を覚まさないの!」
それは俺が聞きたい。
俺は医者じゃないのだから、どうして目を覚まさないのか知っているはずがないだろう。
でもそんなことは、ささいなものでしかないようだ。
「あんたが事故に遭えば良かったのに!」
胸元を力強く殴られ、俺は止めることなく受け入れた。
ここで反抗したら、うるさくなるのは明らかである。
それ以降も金切り声で責められたけど、俺は自分を守るため気持ちを別の場所に移してシャットダウンした。
栫井家で俺の味方をしてくれるのは、妹だけだった。
両親の辺りが強くなっても、妹だけは変わらず俺に接してくれた。
しかし、そんな妹が事故に遭ってしまい、俺の味方は誰もいなくなった。
むしろその場にいて守れなかった俺を、責める人が増えた。
役立たず。
でくの坊。
栫井家の恥。
そう陰で笑っている人がいることを、俺は知っている。
確かにその通りだから、文句を言う気にもなれない。
俺は妹がいなければ、何も出来ない駄目な人間だ。
父親からは失望の目を向けられ、母親からは責められ、精神的に随分と疲労してしまった。
こんな時、妹がいれば慰めるためにお茶を淹れたりしてくれるんだが。
今の俺には、慰めてくれる人なんてどこにもいない。
透真様にとにかく迷惑をかけないように、そう言い含められて、俺は休み暇もなく家から追い出された。
自分の家のはずなのに、いるだけで息苦しくなるから、そちらの方が俺にとってはありがたい。
本来ならば家に行かずに、メールなどでやり取りをしても構わないのだが、嫌な気持ちになるのを分かっていて家に行く理由は他にある。
「よ、真。今日もこってり絞られたのか?」
「……
「はは、しなびたキノコみたいだな」
家を出た俺に話しかけてきたのは、隣の家に住んでいる幼馴染の守だった。
ひょうひょうとした様子で、手を上げて俺を心配してくる。
わざわざ俺が栫井家に来る理由は、守に会うためだ。
それを向こうも知っているから、連絡をすれば何も言わなくても迎えに来てくれる。
守の顔を見て、久しぶりに緊張がほぐれているのを感じた。
「よし、愚痴を聞いてやるから。とりあえず家に来いよ」
「……ん」
「今日はかなりやられたみたいだな。ま、無理もないか。色々言いたいことも溜まっているだろ」
「……ありがとう」
先導する守の後ろをおぼつかない足取りでついていきながら、栫井家のしがらみや透真様のことを今だけは道に落としていった。
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