05
「遅れました」
めりあ。喫茶店の、いつもの席に座る。椅子の、がたがたという音。窓際でも壁側でもない、とにかく端の方の席。誰からも気付かれず声もかけらない、地味な席。
「お仕事ですか?」
「ええ。まあ」
昼間。喫茶店の客は、自分たちふたりだけ。店員すらいない。
「あこさんのお仕事のほうが忙しそうなのに」
初対面、名乗ったときに見せてもらった名刺。弁護士と書いてあった。
「あ、あの名刺ですか。気にしないでください。私、弁護士じゃないですし」
「そうなんですか?」
扉が開いて、店員が来る気配。
お互い、黙る。
運ばれてきた。
ココアと、ブラックコーヒー。
店員がいなくなってから。
「おたがいの仕事について。知らないほうが、いいと思います」
ぽつりと、めりあが言った。
「お金のこととか、彼との話とか。そういうのに、なりそうなので」
嫉妬しあうのは、避けたかった。ただでさえ、ふたりで同じ男を抱いている。
「そうですか。わかりました」
あこ。ココアを、少しだけ飲んで。
「あの」
「あの」
また。おたがいに被る。
おたがいに、ちょっとだけ笑って。
「どうぞ。あこさんから」
「では、お先に」
なんとなく、あいうえお順。お互いの年齢さえも、知らない。
「彼との、この前のティータイムについてです」
「はい」
「彼が。いつまでも終わらなくて。わたし。眠っちゃって、起きてもまだ、彼が。動いてて」
口に運びかけたコーヒーを。
「近い、かも、しれないです。彼の、死期」
机に戻した。
「私も。感じてました。痛みが。ちょっとだけ、増してて。ほんの少しなんですけど、彼のコーヒーの量と濃さが、多くなったかな、って」
コーヒーを戻した机。
透明な液体が、ぽろぽろと落ちてくる。
なんだろうと思って、ハンカチを取り出して。
涙だと、気付いた。
「あはは。私。泣いてる」
「ごめんなさい。言うべきではなかったかもしれないのに」
「いえ。ありがとうございます。感謝してます」
机に落ちた涙は拭いたけど。頬を伝う涙は、拭えない。化粧が落ちるから。
「あの。あこさん」
さっき、言おうとしたこと。
「はい」
言おうとすると、とても。緊張した。彼とのはじめてよりも。緊張しているかもしれない。
「この後。お時間、よろしい、ですか?」
彼女。
ココアを、ぐいっと飲みほして。
「わたしも。おねがいしようと、思っていました。ごめんなさい。わたし。自分からお誘いする勇気が、なくて」
「私。泣いてしまったので」
女同士の会話は。
泣いたほうが、負けだった。
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