06
普通に。気持ちよかった。
おたがい、同性だからというのもあるかもしれない。どこで、どう気分がよくなるのか。なんとなく、分かる。
いつも使っていた、一室。表向きはビジネス向けのホテルになっていて、人目につきにくい。
ふたりで。
ベッドで抱き合ったまま。
ティータイムの余韻に浸る。
身体も、そうだけど。
心のよろこびも、あった。
お互いの間にわだかまっていた、もやもやした毛糸の塊のようなものが。ほどけていくのを感じる。
抱き合って。
キスをして。
ふれあって。
「わたしたち。恋人みたいね」
「ほんとに」
涙は。
お互い。断続的に流れてきた。
そのたびに。
泣いていないほうが、頬に伝う涙を舌でやさしく舐めてくれて。
やさしく。
時だけが、静止しているように、過ぎていった。
合間合間に。
お互いのことを、話した。
錏瑚は名前ではなく名家の屋号を指す名字で、本当の名前は七何だということ。
本当は外交官をしていて、メイ・リアン・ナグゥーチカを略してめりあだということ。
彼とのなれそめ。
お金の話とか、お互いの年齢とか、仕事とか。経験した人数とか。
「はじめて、だったんですか」
「うん。彼しか知らない」
「いいなあ」
「メイは?」
「二人目。私の生まれた国では、初めてを近親者とするっていう、変な慣習があって。法律違反なんだけども」
「そうなんだ」
「それで、されちゃって。だから殺したの。私の、父と弟」
「そっか」
「そして、この国に拾われて、外交官に」
「過去のこと話してるときのメイ。うれしそう」
「人に、話したことがなかったから」
「はじめてのときのこと。訊いても、いい?」
「服を脱がされて。さも、当然、みたいな感じで。今は分かるわ。父も兄も、私のことなんか、抱きたくなかったんだと、思う」
「そっか」
やさしく、抱きしめられた。すこしだけ、胸を吸って。そしてまた、話しはじめる。
「私。入れられる前に、逃げたの。裸で」
「え。それで終わり?」
「うん。それで終わり。近くの店に駆け込んで服買って、公衆電話で警察に父と兄を告発して。そのまま国を出た。たぶん父も兄も法廷ね」
「そっか。彼がはじめてなのね」
「うん?」
「なんでもない」
「七何。あなたのことも。教えて」
「わたし。初めては彼だし」
「じゃあ。はじめて気持ちよくなった日のことを。教えて?」
「はじめて気持ちよくなった日。覚えてないわ」
「覚えてないの?」
「わたしの家は、名家だから。女のわたしは、権力拡大のための道具なの。だから、子供の頃から、執事とか乳母とかに胸やティーカップをよくこすられてて」
「そうなんだ。いやじゃ、なかったの?」
「いやじゃなかったわ。気持ちよかったし」
「そっか。ならいいわ」
やさしく、抱きしめられる。すこしだけ、胸を吸って。そしてまた、話し始める。
「でもね。急に。敷かれたレールの上を走るのが、なんとなく気持ちよくないなって、思って。家の裏帳簿と税金逃れを国に売ったわ。国税と官邸に」
「やることが派手ね」
「家はつぶれて、わたし以外の家族みんな法廷行き。税金は払わないとだめよ」
「こわいわね。私。ちゃんと税金払うわ」
静止し、まどろむように流れる時のなかで。
ふたりの電話が、鳴る。
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