20.『シルバーホーン』にさよなら

「それで? 武器を買いに行ったと聞いたが、良い品には出会えたのかい?」


 腹も膨れ、食後のコーヒーをまったりと楽しむ中でのリトハルトの問いに、「やっぱりこの人冒険者っぽくないな」と思いながら悠介は素直に頷いた。


「はい。あ、武器というか、防具を仕立ててもらうことになりました」

「ほう。それはマツリも?」

「はい。体格に合わせてオーダーメイドしてくださるんですって」

「なるほど。出来上がったら是非見せてほしいものだね。きっとよく似合う」


 さも当然と思っているようなリトハルトの口ぶりに、まつりの顔がぽんっと林檎のように赤くなる。

 CRITICAL! 悠介の脳内でそんなアナウンスが流れた気がした。


(まつりさん、もしかしてリトハルトさんみたいな人がタイプだったりするのかな?)


 だとすると、見る目はあるけどめちゃくちゃ苦労しそうだ。こんなお手本のような紳士、そうそういるものでもない。


(あ、でもずっと"行き来"するならワンチャンあるのかも? 通い妻ってヤツ?)


 結構な歳の差がありそうだけれど、そこはそれ、リトハルトの美貌で相殺どころか利点として加味されるだろう。何せ文句なしの美男美女。目の保養と称するに相応しい組み合わせだ。

 本人たちの意思そっちのけの将来を期待するのもきっと仕方のないことだろう。悠介は自分に言い聞かせながら一人頷いていた。


「そういえば、いつ出発する?」

「んぇ?」

「だから、出発よ。クベーニュ村に帰るでしょ?」

「あ、うん。そうだね。……え?」


 え、それ、今すぐに決めること?

 悠介は信じられないものを見るようにまつりを見た。そんな悠介に、まつりもあれ? と首を傾けた。


「え? って。まだ何かあったっけ?」

「いや、特にないと思うけど……」

「じゃあいいじゃない」

(いいのだけれども!!)


 何か違わないか、と悠介は困ったように頬を掻いた。ちろりと視線をずらせば、驚きながらも優しい微笑で見守っているリトハルト。おま……貴方もですか。


「あー、えーっと、そう、もう少しのんびりでもいいんじゃない? ほら、急いで帰る理由もないんだしさ」

「何言ってるの。あるでしょ、急ぐ理由。マシロちゃんの登録申請!」

「あー……」


 もっふ! とマシロを抱きしめるまつりの目は真剣で、悠介もマシロのことは、と同意した。


(マシロはなぁ……猫っぽいっていうか猫科だし、子供だけど虎だし。申請しとかないと可哀想だもんなぁ)


 むしろ登録を遅らせてしまっては、万が一目を離した隙に誘拐でもされて同じ目に遭わないだろうかと不安でしかない。悠介の脳内でマシロは最優先事項となった。


(ごめん、リトハルトさん)


 もともと反対も静止もされていないけれど、なんとなく悠介は内心で謝った。けれどまだ、打つ手がないわけでもない。


「じゃあ、今日は一旦クベーニュ村に帰ろうか。んで、明日こっちに来ればいいんじゃない?」


 ダッセルの店で防具を受け取るのは一週間後。クベーニュ村まではのんびり歩いても半日かからない距離だ。慌てる必要もないよね、と言い添えると、これにはまつりも否やはないようで、マシロを可愛がりながら二つ返事で頷いた。


「なら、ご飯も食べたし、早速もう出る?」

「あ、いや、それは少し待ってもらえないか? ランドルフに手紙を頼みたい」


 交流のあるギルド同士とはいえ、達成報告や伝達事項などは当然あるのだろう。今から認めるという手紙の用紙はずいぶんと大きく、勤務報告書を思わせる罫線もいくつか見受けられた。

 リトハルトが手紙と称した書類を認めている間に、悠介たちは少し温くなったコーヒーを飲みながらポーチの中身を確認する。減っているのは保存食が少しと、売却したポーションくらいだ。


「保存食は、マシロもいるしジャーキー系多めにするとして……ポーションはどうする? ついでに補充しておく?」

「……」

「そうね……せめて三、四箱は減らしたいよね……」

「かなり嵩張るもんねぇ」


 正直ちょっと邪魔、とまで言った。

 リトハルトの表情が凍る。


「…………」

「『レッドグリフォン』の在庫、少しは減ってるかなぁ」

「本当なら使わないに越したことはないんだろうけど、無駄にあるし使っちゃっててほしいよねぇ」

「………………」


 リトハルトはそっとこめかみを押さえた。酷く頭が痛む。なんだか信じ難い会話が為されていたけれど、絶対に聞き間違いか空耳だと自分に繰り返し言い聞かせた。


(これは、わざとなのだろうか……?)


 正直、そうとしか思えない。

 箱で数えるほどのポーションの在庫って何だ。"せめて三、四箱"って一体全部で何箱あるんだ。というかそもそも一箱に何級のポーションが何本入っているんだ。換金したら総額如何程いかほどになるんだ。云々うんぬん

 挙げ出したらキリがない。


 けれどペンを走らせる合間に垣間見る二人には気負った様子も揶揄ったり煽ったりするような様子も欠片と見受けられないものだから、余計に会話の内容が思考を掻き乱す。


「あ。リトハルトさーん、ポーション、もうちょっといりません?」

「いる。低級か中級か」


 即答だった。


「どっちもありますよー。お値段据え置きでっす!」

「成立、楽しみに待っているよ」


 お互いほくほくと口元を緩めたが、手元に視線を落としたリトハルトは「あ」と思わず固まった。


(ランドルフ……あの子たちのためにも、せめて一般常識を教え込んでやってくれ)


 ギルド間の公的文書そっちのけで挨拶もなしに書き出した私文書の第一言はそれだった。そして、気を強く持て、諦めるなと言葉は続く。助かっただとか彼らの奮闘についてだとか、書くべきことは他にもっとあるのに、それよりも先に伝えなくてはいけないとリトハルトは謎の使命感を感じていた。

 本人たちに直接伝えたくとも彼らの非常識っぷりに助けられた身では言うに言えず、結果相棒を頼ってしまうのだから自分もまだまだ不甲斐ない。


(すまない、ランドルフ。いつか酒奢るから)


 詫びるリトハルトの脳裏に「しゃーねーなー!」と快活にエールを煽る相棒が過ぎった。よし、これで問題ない。リトハルトはそう思うことにした。

 やがて手紙も書き上がり、封筒に挿し入れて封をする。今回は公文書だから封も蝋印ではなく魔力だ。指先に魔力を集中させて押し付けると、リトハルトの魔力刻印が封筒を閉じる。


「待たせてすまない。これをランドルフに届けてくれ」

「はい」


 受け取った封筒はすぐにポーチに入れた。

 時計の針は頂点を指している。

 窓の外を見ると、からりと晴れた青空が広がっていた。ポーチに折り畳み傘もいれてあるが、好天の方が道中楽でいい。


「マシロ、もう動けそう? もうちょっとゴロゴロする?」


 お腹いっぱいだとちょっとだらけたい派の悠介が、むにむにと捏ねるようにマシロの顔を揉む。マシロは気持ちいいのかゴロゴロと喉を鳴らし、戯れるように悠介の手に前足を当てていた。


「行けそうね」


 食後の満腹感よりマシロに重きを置くまつりが残っていたコーヒーを一息に飲み干す。出発準備完了だ。

 よいしょ、とまだだらけたがる体を叱咤して、悠介も立ち上がった。マシロは定位置、まつりの腕の中に移る。


「それじゃあ、行ってきますね」

「行ってきまーす」

「ああ、行っておいで。気をつけるんだよ」


 優しい微笑に見送られて、悠介たちはクベーニュ村へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新米警官ですが、上司の尻拭いで異世界に派遣されました。 藤野 @touya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ