19.テイクアウトとポーションと

「これからどうする?」


 時間はほとんど昼時で、飲食店からは食欲を唆る匂いが流れてくる。それに当てられたせいもあるが、まつりもそろそろ軽い空腹を覚えていた。


「俺はなんでもいいよ。あ、さすがに女性しかいないような店は遠慮したいけど」

「チッ」


 間髪入れず、まつりが隠しもせず舌打ちした。全力で悔しがる彼女に、悠介はへらりと苦笑しながら内心で自身の英断を褒め称えた。

 まだ短い付き合いだが、まつりが少々変わった感性の持ち主らしいことは察している。危険が伴うわけでもない、断固拒否とまではいかないができれば疎遠でいたいような状況に、何故か好んで悠介を同伴させようとする。一人で突っ込まれないだけマシだとは思うけれど、何が彼女を駆り立てるのか、悠介にはさっぱりわからない。

 

「乙女心って不思議だなぁ」


 思わずぽつりと呟いた悠介に、まつりが不思議そうに首を傾げるのがまた不思議だった。


「そんなことより、ご飯ご飯。何食べたい?」

「ぱっと浮かばないよ。適当に空いてそうなお店でいいんじゃない?」

「じゃあとりあえず道なりに進んでみよっか。あ、テイクアウトできる店じゃないとね」


 マシロのご飯! と自然メインが肉系に決まる。今頃『シルバーホーン』で大層可愛がられているだろうが、まだまだ栄養が足りていない。当面はとにかく食べさせなければ。


「猫の完全栄養食はネズミって言うけど、それっぽいモンスター狩ってみる?」

「……下拵え、できるの?」


 美人の真顔は怖い。悠介は学んだ。


「……ゴメンナサイ」


 即座に謝罪した悠介に、まつりが真顔のまま頷く。


「ということで、マシロちゃんにも美味しいご飯を買っていきます。っていうかどうせなら一緒に食べたい。私たちのもテイクアウトにしよう」


 悠介が肯定する間もなく決定した方針は、しかし言うまでもなく魅力的で、自然と目が対象の店を中心に探しだす。

 串焼きやパンといった定番に、アイスクリームのパラソル屋台。大きな車輪が目立つ手押しの屋台ではスープがテイクアウト形式で売られていた。売り子の中年女性と目が合うと、やけに深い笑顔でカップにたっぷり注いで見せてくる。


「オネーサン、いくら?」

「大銅貨三枚。今なら気分が良いから二杯で四枚にまけたげるよ」

「じゃあ二つください」

「あいよ、まいどあり」


 ポーチから大銅貨四枚を取り出してトレーに載せる。

 売り子は先ほど見せつけた通りたっぷりのスープをカップに注いだ。あえて空気を含ませるように高い位置から注がれると、美味しそうな匂いが一層強く感じられた。

 礼を言って、通りに戻りながら早速一口飲んでみる。


「熱っ!」

「でも美味しい。野菜の旨味凝縮しました感あるね」

「わかる。冬は毎日飲みたくなるやつ」


 もちろん今でも美味しいけれど、寒い中の歩き飲みは間違いなく最高だ。行儀が悪いと言われようが、至福のためなら知らんぷり。

 通りがかりに見かけた焼き立ての窯焼きピザと、ついでに味付けなしで丸焼きにしてもらった鳥とディップソースを購入して『シルバーホーン』のギルドハウスに戻る。

 カランとドアベルを鳴らした途端足にぶつかってきた柔らかい衝撃に、まつりが嬉しそうに破顔した。

 手に残るカップを悠介に預け、すとんと腰を下ろす。ぐるぐると喉を鳴らして額を押しつけてくる小虎をそっと抱き上げて包み込んだ。


「ただいま、マシロちゃん」


 ぐる、とまた喉が鳴る。すり、と頬を擦り寄せられて、まつりが擽ったいと首を竦めた。


「やれやれ、マツリたちの前ではまるで子猫だな」

「リトハルトさん」


 からりと笑いながら出てきたリトハルトに会釈すると、気にするなと軽く手を振られる。その手には歯形や引っ掻き傷があった。


「すみません、リトハルトさん。マシロがご迷惑を……」

「なに、このくらい可愛いものだ。現役時代なんて二角獣バイコーンに腹を貫かれたこともあるからな」


 そんな絶体絶命と比べたら、大抵のことは「可愛いもの」に分類されるだろう。

 大仰にパシンと腹を叩いてみせるリトハルトにランドルフの影を見て、さすが相棒と思わずにはいられなかった。

 悠介がまつりに視線を投げると、まつりが一つ頷いた。花びらのような唇が素早く詠唱を口遊む。


「さやけき安らぎの音色よ『治癒ヒーリング』」


 じんわりとした淡い光がリトハルトの手を包む。収まった時には歯形も傷跡も消えていて、リトハルトは見事と美しい微笑を浮かべた。


「この程度、わざわざ治癒魔法を使うまでもないというのに」

「でも、弓の使い手なんですよね。影響があったら大変ですよ」


 リトハルトの腕を侮るわけではないが、精度が下がる要因は除去するに越したことはない。

 子虎にも「もう噛んじゃだめよ」と優しく嗜めた。わかっているのかどうなのか、子虎が小さく短く鳴く。ぷいっと拗ねたようにまつりの腹に顔を埋めるのが子供らしくて可愛らしかった。


 一瞬、リトハルトが悠介の様子を伺った。動く気配はない。ならば、問題はないのだろう。


「では、私は失礼するよ。少し仕事があってね」

「お疲れ様です。……あ」


 見送ろうとしたが、思い出したように待ったの声をかける。


「どうかしたかい?」

「ちょっと、お願いというか何というか」


 言葉に迷う悠介の脳裏にはランドルフの姿がちらついている。しかも、ちょっと怒っている時の顔で。

 微妙な悠介の表情にまつりも察しがついたようで、仕方がないよねと困ったように苦笑した。

 しかし、このままもだもだしていてもしょうがない。悪い話ではないらしいし、と思い切って口にした。


「ポーション、いりません?」


 へにょりと下げられた眉と言葉とのギャップに、リトハルトはきょとりと瞬いた。


「あって困るものでもないが、いいのか? 『レッドグリフォン』でも需要は高いだろう」

「卸しすぎてランドルフさんに怒られました」

(まったく、ランドルフの石頭は相変わらずか……)


 悠介がしょんぼりと叱られた子供のような顔になり、まつりもつんと唇を尖らせる。子供じみた様子も、リトハルトからすれば童顔な二人にはよく似合っていた。

 わしわしと悠介の髪をかき混ぜて、おのれとかつての相棒を内心のみでこき下ろす。しかし表情は穏やかで優しげな顔を保っているあたりはさすがと言うべきか。

 何にしろ余剰があるのなら遠慮する理由もない。リトハルトは頭の中に算盤そろばんを用意した。


「ちなみに、どのくらいあるんだ?」

「えっと……ちょっと待ってくださいね」


 悠介が自身のポーチを探る。それからせっせとカウンターにポーションを並べ出した。

 小さな小瓶が少しずつ、けれど確実に茶色い木目を埋め尽くしていく。

 最初のうちは嬉しそうに眺めていたリトハルトも、途中からあんぐりと口を開けて固まっていた。


「低級ポーションが百ちょっとと、中級ポーションが……五十あるかな? とりあえずオレの方はこれだけです」


 やけに含みを感じる言い方だな、と思ったリトハルトの直感は正しい。

 ごそごそと自身のポーチを漁っていたまつりも、はい、と行儀良く手を挙げた。


「私の方も同じくらいです。合わせて低級二百くらい、中級が百くらいですね」


 頑張って作りました! と自慢げな笑顔が眩しい。

 リトハルトは目眩を感じた。心なしか頭も痛い。


(すまない、ランドルフ……私はお前を見縊っていたようだ……)


 余剰なんて量じゃない。町中のポーションをかき集めたとしても、悠介が保有する分にも相当しないだろう。

 余らせた分でこれなら、いったいどれだけ作ったのか。絶対に迂闊なことは聞かないでおこう、とリトハルトは固く心に誓った。

 というか、よく持ち歩けていたな? と興味本位でポーチを見て、また後悔。自身の目の良さを恨んだ。金色羊の革袋、値は大金貨三枚。どう考えても駆け出しの冒険者が装備できる物ではない。


「君たちの常識外れぶりには、心底恐れ入るよ……」

「それはどう言う意味で受け取ればいいですか」

「しかし、残念ながら『シルバーホーン』には全てを買い取るだけの資産がない」

「え、無視された?」

「悠介くんうるさい。リトハルトさん、ポーションは在庫処分品なので低級が五本セットで大銀貨一枚、中級は一本につき小金貨一枚です」

「全て買い取らせてもらおう」


 即決だった。言うか早いかリトハルトが踵を返し、金庫があるのだろうギルドハウスの奥にに消える。背に聞こえる悠介の主張など歯牙にもかけず、その麗しい顔は喜色に満ちていた。

 そして、戻ってきた手元には、金貨が見栄え良く積まれていた。


「大金貨三十枚だ」

「ありがとうございまーす!」

「いや待てせめて確認しろ」


 確認もしないでぽいぽいと金貨をポーチに突っ込む二人に、さすがにリトハルトも突っ込んだ。なんで? とでも言いたそうな顔で見上げないでほしい。


「確認って、何のためにするんですか?」

「騙されていないかだな」

「えー? 騙すって、リトハルトさんが?」


 ないない、と二人揃って笑うものだから、喜べばいいものか判断に困る。その信頼はいったいどこから来るのか。


「オレたちだって、無条件でこんなことはしませんよ」


 だから、大丈夫なんです。

 にっこりと笑顔を向けられて、最後の一掴みがポーチに消える。

 魔性とはこういう性質を言うのだろうかと、リトハルトは恐ろしく思いながらも拒めなかった。一度深みに嵌ってしまえば抜け出せない、抜け出そうとも思わない、そんな性質。

 自覚してのことであればまだ可愛げもあるものを、全くの無自覚なのだから、余計心配になる。


「……何かあれば、いつでも相談に乗ろう」


 万が一にも二人に不利益がないように。起きてしまった時には、相手に地を這う報復を。

 過信でもなく、そうできるだけの知力も経験も人脈も、リトハルトには揃っている。二人の直接の上役であるランドルフも、ああ見えて腹芸もお手の物だ。素直な二人が知る必要はないことだけれど。


「さて、そろそろ食事にしなさい。たくさん食べて、大きくならなければ」


 男性ながらしなやかな指が、脇に寄せられていたピザを指す。

 きゅるる、とタイミングよく子虎が腹の虫を鳴かせた。


「私は紅茶でも淹れてこよう。好きな席を使いなさい」

「わ、ありがとうございます。そうさせてもらいます」


 嬉しいと正直な顔で礼を言う二人に、"とっておき"を出そうと茶葉が決まる。

 言葉通り紅茶を淹れにリトハルトが場を離れている間に、悠介とまつりがテーブルにピザを広げる。焼き立てだったそれはすっかり熱を失ってしまっていたが、美味しそうな見た目は変わらなかった。


「光集いて熱を纏え『熱光線ヒート・レイ


 本来は攻撃魔法だが、威力を極限まで抑えることで擬似トースターのようになる。固まってしまっていたチーズも、十秒と待たずにぷくぷくと膨らみ柔らかさを取り戻した。香ばしくも甘みのある香りに、子虎がくんくんと鼻を近づける。


「こーら、だめだよ。マシロちゃんには塩分きついからね」

「そうそう。マシロはこっち。ほら、美味しそうなチキンだよ」


 言いながら鳥も『熱光線ヒートレイ』で炙ってやると、かぱっと子虎の口が開く。食べやすいように少し千切って食べさせてあげると、はぐはぐ口を動かしながら嬉しそうに目を細めた。

 二人と一匹の、そして少し遅れて戻ってきたもう一人の昼時は、『シルバーホーン』でのんびりと平和に過ぎていった。

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