18.ダッセルの魔法道具
いろいろと修正箇所はあったものの、無事任務達成を認められた悠介とまつりは、もう数日リュカスの町に滞在することにした。
宿泊先はリトハルトに紹介された宿屋をそのまま借りて、今は『シルバーホーン』の書庫に閉じ籠もっている。
「マシロ」と名付けられた小虎は大きなバスケットにくるりと丸まって安心しきった様子でお昼寝を満喫している。ぱらぱらと紙の捲れる音が程よい子守唄になっているのだろうか。
初級魔法の魔導書は『レッドグリフォン』の蔵書と大差ないが、研究論文や中級魔法の魔導書は両ギルドでばらつきがあった。
『レッドグリフォン』で見かけた覚えのない本をそれぞれ手に取って、目を通しつつ今後の予定も話し合う。
「せっかく町に来たんだし、武器も揃えた方がいいよね」
悠介とまつりの武器といえば原則使えない拳銃のみ。完全回収は義務付けられていないとはいえ薬莢の回収は煩わしく、この世界にない技術という可能性も考慮すると滅多に使いたくはない。
どんな武器がいいだろうかとあれこれ話し合っていると、書庫前を通り過ぎようとした『シルバーホーン』の構成員がひょっこりと顔を覗かせた。
「なんだ、武器の買い替えか?」
「ええ。でも、何処でどんなものを買おうか、まだ見通しが立ってなくて」
「なら実際に見て決めたほうが良いぞ。道具屋と、今なら広場の露店に売ってる店が出てたし」
「道具屋ですか」
そういえば、悠介たちが
「どっちがいいとかありますか?」
「運次第だな」
物によって価格もピンキリというそもそものところは変わらない。魔法道具は名前の通り魔法付与がされている分普通の武器防具より値は張るが、その分耐久性も高い物がほとんどで、買い替えも視野に含めると出費としては大差がないそうだ。
道具屋なら武器防具魔法道具どれを取っても仕入れが安定が安定していて、価格も性能次第とわかりやすいので、自分で見極めができない初心者には安心安全。難を挙げるなら、珍しい物が少ないくらいか。
露店は仕入れが不安定でそもそも魔法道具を取り扱う店が少ないのだが、滅多にお目にかかれないような掘り出し物が破格で買えたりということもある。ただし逆にとんでもない粗悪品を高値で売りつけられることもあるので要注意。
「ファミレスの料理か屋台物の料理か、みたいな違いかしら?」
「まつりさん、それよくわかんないや」
なるほど、と理解したような顔をするまつりに、いやいやと悠介が首を振る。
ファミレスの存在を認知していない男は完全に置いてけぼりのぼんやりとした顔で二人のやりとりを傍観していた。
「それで、どっちのお店がおすすめとかってあったりします?」
「おう? おお、
なるほど。今度は二人で頷いた。
安全神話の囁かれる日本に生まれ育った二人には武器防具、ましてや魔法道具の相場など知るはずもないが、幸い『情報収集』という便利スキルがある。余程のふっかけは回避できるだろう。人物への評価がちょっと……とても、かなり、気になるところではあるけれど。
「じゃあ、まずはダッセルさんのお店に行ってみますね。どの辺りにありますか?」
そして教えられた店の場所に、悠介とまつりは顔を見合わせ目を瞬いた。
ほとんど円に近い形状の街は、もし迷子になったとしてもとりあえずひたすら歩き続けていれば大通りに出るらしい。
とはいえ一度は入った店だから、悠介たちも迷わずに目的地を見つけられた。
ギルドハウスの通りを抜けた大通り。商店街の一角の、『
カランとドアベルがなろうとも、店の奥の小太りな男は、いつかと同じように新聞から目を動かそうとしなかった。
「こんにちは」
柔らかな女性の声に、珍しいモンだと顔を上げる。
ぎょっと見開かれた目がかち合って、まつりは外行きの笑みを浮かべた。
「こんにちは」
「こっ、こんにちは……?」
何が何だか、とぼんやりした挨拶に、まつりが可笑しそうに微笑む。男はさっと頬を赤らめたが、怒っている様子は見受けられなかった。
すっかりまつりに見惚れてしまっている男に、「さすがマドンナ」と悠介が言葉には出さずに感心する。
「魔法付与がされている武器が欲しいんですが、見せていただけますか?」
「! そりゃあ勿論! 結構良い物並べてますでしょ、是非」
「あら、これだけ?」
頬に手を当てたまつりが、見せつけるようにゆったりと店内を見渡す。
防錆、刃こぼれ防止、耐久性向上の魔法付与。どれも実用的で冒険者としてはありがたいが、あくまでもベターでしかない。それは『情報収集』も証明していた。
鉄剣
耐久性D+
魔法付与:防錆E+
鉄製の剣。
錆びにくい。
手に取った鉄剣に視線を落としつつ悠介が言い切る。
「付与されてる魔法、あまり強いものではないですよね」
ゆったりとした口調と動作で、この店で腰に提げた
男は目を見開き、改めて悠介とまつりに目を向けた。
「あの時の……」
「思い出していただけて良かったです」
「忘れようったって忘れられませんよ」
若干の疲弊を滲ませて男が項垂れる。
悠介とまつりは表情を変えず、男と向き合っていた。
態度が悪く、現金で、クセが強い。それが『シルバーホーン』で聞いた評判で、悠介もまつりも目にしたものだ。
けれどそれだけなら、この店は紹介されない。
店頭に出されているのは、"結構良い"けれどそこそこの値段の武器防具と"かなり良い"けれど迂闊に手を出せない高額な品物。悠介たちが購入した
資格は十分にあるはずだ。
「改めまして。オレたち、『シルバーホーン』の方にこのお店を紹介されて来ました」
「"かなり良い"武器防具、是非とも拝見したいんですよね」
日本人特有の童顔に無邪気を装った笑みを浮かべると、男は一段と大きく息を吐き出し、乱暴に後頭部を掻き毟った。「あいつらめ」と恨みがましい声も聞こえたから、きっとこういったことは初めてではないのだろう。
「ったく、とんだガキどもだよ」
「うーん、褒め言葉として受け取っておきますね」
「誰が褒めたってんだ」
悠介の図太さに、ダッセルがけっ! と悪態をつく。もともと気怠げな態度だったが、おそらく今が素なのだろう。乱暴な言葉遣いだが、二人には威圧的には感じない。
怯みもしない二人に男は鼻を鳴らし、くるりと背中を向けてカウンター奥とは違う扉に手を伸ばした。
「言っとくが、ぜってぇマケねぇからな」
「自分の命がかかったものをケチるつもりはありませんよ」
「ゲームでも値引き交渉とかないしね」
ぽそっと付け加えられたまつりの言葉は、男の耳には届かなかった。
愛想の欠片もなく誘導された別室には、店頭に似た様式で武器防具が陳列されている。
その一つ、店頭にあった鉄剣に似た物に目を止めて、『情報収集』の説明を流し読んだ。
鉄剣
耐久性C
魔法付与:防錆D
刃こぼれ防止E+
鉄製の剣。
錆びにくく、刃こぼれしにくい。
「複数の付与か……」
付与された魔法のランクはそこそこだが、相乗効果というのか耐久性が跳ね上がっている。その分値段も上がっているが、安物を使い潰して何度も買い換えるよりは安く上がるだろう。
「二つ、三つの付与は難易度が段違いらしい。俺ぁ魔法なんぞからっきしだから知らんがな」
けれど、魔法が使えなくても物の良し悪しはわかる、と。
男が部屋の中央のソファーにどかりと腰を下ろす。追い払うような手つきで向かいの席を勧められて、二人も行儀良くソファーに座った。
面倒臭いと隠さない、けれど誤魔化しを許さない目が二人を射抜く。
「多少の剣の心得はあるが、得物にするほどじゃあねぇな」
「お見事です」
悠介もまつりも、訓練の一環として剣道を嗜んだが成績は中の上。もともと剣を主の武器にするつもりはない。
「基礎的な体力は普通より多いが特出はしてねぇ。が、体幹と肩まわりは鍛えられている。今の得物は飛び道具だな」
出せ、と無言で指示する目に、
鉄塊の重い音がテーブルにぶつかった。
ニューナンブM60。日本警察でお馴染みの回転式拳銃だ。
「拳銃か。ここまでの小型となると
二人は答えない。それは未知の単語であり、けれどこの世界の知識を増やす単語でもあった。
ダンジョン。迷宮。手強いモンスターと、外では得難い何かが入手できる場所。
いつか自分たちも踏み入れることになるだろう場所だ。
「魔法は」
「火」
「私は光を」
「それだけか?」
真正面から向き合って、一瞬の躊躇を見逃すはずがなかった。
嘘をつくなと詰問する眼差しに、二対の目が一瞬揺らぐ。
「五要素の適性があります」
「光と闇です」
「バケモンか。ったく、あいつらめ今度会ったら覚えてろよ」
まだほとんど初級ですが、という注釈は聞く耳を持ってもらえなかった。ぶつくさと『シルバーホーン』への悪態を吐き続けながらも、鋭い目が忙しなく拳銃と使い手とを往復する。
「射撃精度は相当高いが魔法付与はされてねぇ。
面倒くせぇ。
はっきりと口外されて、悠介とまつりは堪らず苦笑した。それでも紹介通りたしかな目利きに、どんな武器防具が勧められるのかと期待も高まる。
「ウチにゃあこれより良い武器はねぇな。もっとデカい所に行って探せ。
違いは人工物か自然物か、というところか。武器を勧められないことに落胆の念もあったが、観察眼を目の当たりにしたからこその納得の方が強かった。
拳銃が仕舞われるのを確認して、男が立ち上がる。
持ち出したのは、滑らかで軽そうな、布だった。
銀絹の布
耐久性D+
魔法付与:魔法耐性E+
綻び防止E
シルバーワームの糸で織られた布。
燃えにくく、ほつれにくい。
素材自体な微弱な魔力を有する。
「既成の防具じゃお前らの体格に合わん。素材集めて都度強化してくしかない」
「じゃあ、それで」
あっさりと頷いた二人に、ダッセルが面食らい、ついで悪どい獰猛な顔をする。
「良いのか、そんな決め方で」
「ええ、ダッセルさんの見極めですから」
ダッセルの目の良さは、今目の当たりにした。疑うべくもない。だから悠介もまつりも彼の見極めに従い、最適と示された方法を取ることを迷わない。
欠片の疑いもなく向けられた二対の目に、ダッセルはふっと息を吐いた。
「わぁったよ。一週間後、取りに来い」
「はい、わかりました。……あれ、ここで作ってもらえるんですか?」
「言っただろう、俺には魔法なんてわからん。ウチから工房に注文入れるだけだ」
答える間もダッセルの目は仕様書だろう紙から逸らされず、無骨な手があれこれと数字や文字を書き込んでいく。
半分ほどの項目が埋まったところで、もう用はないと追い出すようにジェスチャーで払い除けられた。
悠介とまつりは一瞬顔を見合わせ、一つ頷いて立ち上がる。
間をおかずまた数字が書き込まれたから、身長も何も聞かれていないが、彼には数値がわかっていることが察せられた。
うぬぬ、と唸るまつりが悠介の影に隠れる。女性らしい抵抗を物ともせずダッセルは仕様書に書き込み続け、ペンを置く音を扉越しに聞いた。
一時無人となった店内は、しかし万が一が起こった形跡はなかった。水を打ったように静まり返っている。
そんな日もあるかと思いながら悠介が手を伸ばしたドアノブに、触れる直前微弱な違和感を覚える。
手を止めようと思う間もなくドアノブに触れ、ほとんど流れでドアを開けると、外界の音が波となって一気に押し寄せた。
思わず立ち止まった悠介を、まつりが不思議そうに覗き込む。
「どうかしたの?」
「あ……いま……ううん。なんでもない」
すっきりしないまま店を出た悠介に、首を傾げながらまつりも続く。
大通りには、それらしく喧騒とも言うべき音が溢れかえり、反響し、人が行き交っていた。
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