09.魔導書とレシピ
「よう。お帰り、お二人さん」
「ただいま戻りました。クエスト二つ完遂したので、お願いします」
「おうよ。っと、おー、こりゃまた大量だなぁ」
布袋にぎっしり詰められたスライムの残骸に、ランドルフがからりと笑った。
「うし、まずはスライムの基本報酬で、小銀貨一枚。出来高報酬でスライム一体につき小銅貨一枚だから、四十三体で大銅貨四枚と小銅貨三枚。そんで、こっちがジオレの実の方で、大銅貨二枚な」
日本円で千四百三十円だ。
「ジオレの実は常設クエストだが、また行くか?」
「あ、じゃあ行かせてください」
「あいよ。そんならもう一遍……ほい」
ぽん、と軽快に判の押された依頼書を受け取る。
それから、「そういえば」とあたかも今思い出した風を装ってランドルフに聞いてみた。
「ランドルフさん、僕たち魔法の勉強がしたいんですけど、どうすればいいかご存じですか?」
「魔法? お前ら、魔力あったのか」
「はい。でも、スライムの時に使おうとしたんですけど、使えなかったので」
ランドルフは怪訝な顔をして腕を組んだ。
「そりゃあ変な話だな。あのあたりに魔法阻害のトラップが仕掛けられてるなんて聞いたことがないし……魔力が足りなかった、なんてねぇよなぁ」
スライムだし、と呟いて、武骨な手ががしがし頭を掻きむしる。
「詠唱を間違えた、とかはねぇか?」
「詠唱? 魔法を使うには詠唱が必要なんですか?」
聞き返すと、ランドルフは悩ましげな顔から一転、呆れたような顔になった。
「おいおい、詠唱も無しに使おうとしたのか? お前ら、いったいレベルいくつなんだ」
「あ、あははは……」
「その、……周囲が、みんな無詠唱だったもので……」
咄嗟に吐いたまつりの嘘に、ランドルフははぁ、と気の抜けた声を零した。
「お前らの元のギルド、かなりの粒揃いではあったんだなぁ」
「ええ、まぁ……」
なんとか頷いたけれど、きっと顔は引き攣っていたことだろう。
ランドルフは後ろ頭を掻き、徐に指を一本二人の前に立てた。
「『
唱えた途端、指の先に小さな光の玉ができた。豆電球ほどの小さなそれが、きらきらと光って周りを照らす。
「火属性の初級魔法だ。これでも、無詠唱で使うには相当の鍛錬が必要になる。詠唱も知らねぇようなヒヨッコが、一朝一夕にできるようなもんじゃねぇよ」
そう言って、ランドルフは指先の光の玉を消した。そのまま、筋張った指がギルドハウスの奥の一室を指し示す。
「初級でよけりゃ、うちの図書室や村の図書館に魔導書がある。それで勉強するといい」
「ありがとうございます!」
頭を下げる二人に、ランドルフは気恥ずかしそうに手を振った。
「やめろ、やめろ。しっかり勉強して、ギルドに貢献してくれりゃあそれでいいんだよ」
「はい、頑張りますね」
にこりと微笑んだまつりに、ランドルフはおう! と気前よく笑った。
今はまだダイルの葉の採集が残っているので帰りに魔導書を借りることにして、悠介は受け取った硬貨を革袋にしまった。
「じゃあ、また後できますね」
「おう、張り切って仕事してこい」
「了解でーす」
緩い返事を返しながら、悠介とまつりはギルドハウスを後にした。
「詠唱かぁ……その可能性は考えてなかったなぁ」
魔導書を借りれることになったからいいのだが、ランドルフの口振りからするに強い魔法を覚えたければ自分たちで探さなければならないということ。
この村で手に入るなら楽だが、村の外に足を運ぶことも視野に入れなければならない。
「でもまあ、ひとまずはクエストとレベルアップだよね」
「ええ。レベルが高いほど使える魔法が増える、というのもよくある話だしね」
「よくある話なんだ?」
「よくある話なんです。あとは、詠唱が長ければ長いほど威力が高い、とか」
「……上層部が盛り上がりそうな話だね」
「でも、不本意ながら気持ちは凄くわかるんですよねぇ……」
本当に、ものすごく不本意ですけど。
声からも表情からもそうとわかるまつりに、悠介はぽりぽり頬を掻く。
「え、っと〜……ほら、まあ、いいじゃん? 実際こっちにいるのは俺たちなんだし、上層部には体験できないし!」
「それはそうですけど……いえ、そうですね。上層部を見返してやるためにも、クエストを頑張りましょう」
目標は上級魔法詠唱破棄です。と、冗談なのか本気なのかわからないことを言うまつりに、悠介は小さく「頑張ろうね」と返すだけだった。
そして、また草原。スライムもいない草むらの中を、ダイルの葉を探して歩き回る。
クエスト分のダイルの葉はすぐに見つかったのだが、ポーション作成の実験用に多めに採集していくことにしたのだ。
「一、二、三……ポーション作りって一回にどのくらいの量を使うんだろう?」
「さあ? まあ、あって困るものでもないし」
既視感を覚える言葉を交わして、採集したダイルの葉を布袋に突っ込む。帰り際にはまたジオレの実を採集して、悠介たちはまた村のギルドハウスに戻った。
小銀貨一枚、大銅貨十一枚、小銅貨三枚。日本円で二千百三十円が今日午前のクエスト報酬だ。
少ないとは思うが、ワームの件で懐には十二分に余裕があるので問題はない。
冒険者ランクはまだFのままだが、明日にはEにランクアップできそうだ。
「午後はどうする?」
「魔法の勉強、かなぁ。詠唱があるなら、きっと覚えるのに時間がかかるだろうし」
ランドルフの魔法を思い出すに初級魔法は詠唱が短そうだが、それでも完璧な暗唱が必要になるなら負担は小さいとは言えない。魔法の数も気になるところだ。
「……法律の勉強と、どっちが大変かな?」
警察官として法律の勉強ももちろんしたのだが、授業後は毎回ダウンしていたのが悠介だ。主席のまつりはダウンこそしていなかったが、それでも顔に疲労を滲ませていたのは覚えている。
「やる気の問題だとは思うけど、私的には法律かな」
「…………」
だろうね、とは言わなかった。
かなりのゲーマーであるまつりに「魔法の方が難しそう」なんて言われては、手を付ける前から気が削がれてしまう。
それでも法律の勉強よりやる気が出ると言われたも同然の言葉に、悠介が何とも言えない気分になってしまうのは仕方のないことだろう。
浮かばれない気分のまま足を踏み入れたギルドハウスには、昼時が近いからか所属の冒険者たちが多くいた。
「お、ユースケ! マツリ!」
呼ばれて目を向ければ、昨日会った冒険者の一人が大きく手を振っていた。
「こんにちは、ゲオルグさん」
「おいおいマツリ、まだ昼前だぜ? それを言うならおはようだろ」
ゲオルグはそう笑うけれど、壁時計に目を向ければ、午前とはいえ十一時を過ぎている。昼の挨拶を口にしても問題ない時間だ。
「お前と一緒にしてんじゃねえよ。ユースケとマツリは、朝からちゃーんとクエストに勤しんでたんだからな」
そう言ったのはランドルフだ。受付カウンターから出てきている彼は、手に大きなオムライスの皿を持っている。おそらく昼食だろう。
もっと早く起きれねぇのか、と苦言を呈するランドルフに、ゲオルグはごまかすように笑っていた。
「朝からとか、お前ら真面目すぎねぇ? ほとんどの奴が今ぐらいから依頼書を見始めるってのに」
「こいつらが普通なんだよっ!」
ランドルフが一喝する。ゲオルグは一瞬首を竦め、これ以上はごめんだと掲示板の方に逃げていった。
「ったく……。そんで、おまえらはどうしたんだ?」
「受けたクエストが終わったので、魔法を覚えようと思いまして」
「ああ、それか。悪い、あの時は言い忘れたが、魔導書の持ち出しとか転写は許可できなくてな……」
せっかくやる気なのにすまねぇな、と申し訳なさそうにするランドルフに、大丈夫です二人揃って首を横に振る。
初級とはいえ価値のある情報の塊だ。ランドルフの言い分は想定内である。
「今日は二つ三つ覚えれたらいいな、ってくらいですので」
「そうか、ならいいが……持ち出してもいい本もあるから、そっちは遠慮なく言ってくれ」
「ありがとうございます。……ちなみに、どういう本があります?」
「そうだなぁ……自炊推奨に料理本とか……ああ、あとはレシピだな」
「レシピ?」
料理本とは違うのだろうか? 首を傾げた悠介とまつりに、ランドルフは少し自慢げに頷いた。
「オレが昔手に入れたやつでな。中級までだが、薬のレシピも置いてるんだ。一応ポーションのレシピもあるんだが……まあ、ウチには作れる奴がいねぇんだよなぁ」
ランドルフは苦笑するが、これは思ってもみない情報だった。
思わずまつりの方を見れば、彼女も驚いた顔で悠介を見ている。
「それ、是非お借りしたいんですけど!!」
「おうっ⁉ そりゃ、構わねぇけどよ……お前ら、調合にまで手を出すのか?」
レベリングに、魔法習得に、薬の調合。Fランクとはいえクエストも熟した後だから、当然体は疲れもする。
「やる気があるのは結構だが、一度にやろうとする必要はねぇんだぞ?」
「大丈夫、わかってますよ。無理も無茶もしませんって」
「本当にわかってるんだかねぇ……」
ランドルフは納得がいかない様子だったが、それでも貸すと言った手前撤回することはなかった。
有り難く初級ポーションのレシピを借りる約束を取り付けて、魔法習得のために図書館に向かう。
「ほどほどにな」
背に投げられた言葉が、少しだけ擽ったかった。
ギルドハウスの図書室は、私設にしては十分な広さがある。大きな棚には分厚い本が隙間なく並べられていて、手入れは行き届いているのだが、人が触れた形跡は見受けられなかった。
「初級の魔導書は……あ、あった。こっちよ、悠介くん」
「へぇ、属性別に分けられてるんだ」
悠介はとりあえずと火属性魔法の魔導書を抜き、適当なページを開いた。
まつりが手にしたのは光属性の魔導書だ。
初級の魔法は、予想した通り比較的短い詠唱のようだ。その分すぐにでも使えそうなものが多い。
「『
「『
これも覚えていこう、と独り言のように呟いたまつりに、さすが主席と悠介は内心舌を巻く。
でも、だからと言って負けてはいられない。
悠介は食い入るように魔導書を見つめ、舌に馴染ませるように繰り返し唱え続けた。
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