10.ポーション
宣言通りそれぞれ三つほど魔法を覚えてギルドハウスを後にした悠介とまつりは、借りてきたレシピをもとにポーション作成に乗り出した。
ジオレの実とダイルの葉、水を鍋に加えて魔力を注ぎつつ煮込む。時計回りに十回、反時計回りに三回、また時計回りに十五回。混ぜる方向や回数もレシピの一部だ。
「まつりさん、紫色に変わったんだけど止めていいの?」
「えっと……あ、まだだめ。紫の後、オレンジ色になったら完成だって」
「はーい」
ぐるぐるぐる。玉杓子を回しながら、魔力を注ぎ続ける。
少しすると、まつりが読み上げた通り、紫色だった鍋の中身がオレンジ色に変化した。
下級ポーション
品質D+
HP・MP小回復
傷薬としても使用可能
スキル『生産』更新
項目『調合』解放
『調合』レベル1→2
レシピ『下級ポーション』を登録
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二階堂悠介 レベル2
HP 785/785
MP 642/652
種族/人間
職業/警察官・冒険者
所属/警察・ギルド『レッドグリフォン』
冒険者ランク/F
属性/火・水・雷・地・風
スキル/『情報収集』
『生産』――『調理』Lv.2
『調合』Lv.2
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「まつりさん、ポーション、一回でも作ったらレシピが登録されるみたいだよ」
「あ、本当に? よかった、これも暗記しないといけないのかと」
「そんな恐ろしいこと言わないでよ。頭パンクしちゃうって」
悠介は苦笑いを浮かべながら鍋ごと動き、魔導加熱器の前を譲った。
まつりは悠介への解説の間にレシピを覚えたらしい。迷いなく鍋に材料を入れ、ぐるぐると掻き回しはじめた。エプロンも相俟って、見た目は完全に料理中のそれである。
悠介は笑いに震える手でポーションを容器に注いでいった。
一回の調合で、容器三個分。小回復がどれほどのものかは知らないが、MPを多く消費するわけでもなし、採算はとりやすいだろう。
容器に詰めたポーションを空き箱に入れ、まつりを振り返る。彼女のステータスが更新されていた。
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佐々木まつり レベル2
HP 691/691
MP 664/674
種族/人間
職業/警察官・冒険者
所属/警察・ギルド『レッドグリフォン』
冒険者ランク/F
属性/光・闇
スキル/情報収集
『生産』――『調理』Lv.2
『調合』Lv.2
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「お、まつりさんも更新されたね。おめでと~」
「ありがと」
応じたまつりの目がテーブルに向く。
クエストついでに採集したポーションの材料はまだこんもり小山を作っていた。
「とりあえずあるだけ使って作れるだけ作って、『調合』スキルだけでも強化しておこうか」
「あと、『調理』もね。悠介くんったら、まさかお昼を食べないつもり?」
「食べます食べます! 美味しいご飯食べたい!」
慌てて食い下がった悠介に、まつりはころころとおかしそうに笑った。
午前中にクエストをこなし、午後は図書室に入り浸って魔法の習得。夜には料理ついでにポーションの作成に勤しむ。
そんなルーティンワークを作ってしまえば、時間はあっという間に過ぎて、気が付けば着任から一週間が経っていた。
その間受けたクエストは常設の採集系が多かったが、スライムの掃討と回収もそれに次いで多く、冒険者ランクはDを目前にしている。
スキルは増えていないが、『生産』のレベリングは日常生活に組み込まれているため、今ではスキルレベルも15にまで上がった。20になれば、中級ポーションが作れるようになるらしい。
もう一週間もレベリングを続ければ十分到達するのだろうが、しかし悠介たちはいま、まったく別の問題に直面していた。
「このポーションの山、どうしようか……」
「ちょっと、作りすぎたよね……」
困り顔をする二人の前には、いくつも積み上げられた木箱。中身は全て下級ポーションである。毎日作り続けたポーションは、消費量よりも生産量が上回ってしまったのだ。悠介とまつりだけでは、到底使い切れる量ではない。
「これ以上は、さすがに置き場がないわよね……」
「うん……いくつかギルドに持っていこうか。モンスター討伐の時とかに使ってもらえるかも」
悠介たちはまだ受けていないが、冒険者ランクがCになるとモンスター討伐のクエストは一気に難易度が上がるらしい。必然的に怪我も増えるので、傷薬としても使えるポーションはいくらあっても困らないはずだ。
ちなみに、悠介たちが着任初日にたおしたワームは本来ならせめてAランククエスト並みだったらしい。つくづく、経験値が入らなかったことが惜しまれる。
悠介は一つ息を吐き、木箱に手を翳した。
「慈愛溢るる風の御手よ――『
詠唱が完成し、木箱が浮き上がる。対象を浮き上がらせる風属性のこの魔法は、悠介が普段使いしている魔法の一つだ。本人は「荷物運びに便利」といつかに言っていたが、それを聞いたランドルフは物言いたげに口をもごもごさせていた。本来の使い方ではない証左である。
ふわりと浮き上がった木箱は、風船のような動きをしながらも悠介の思う通りに動いた。
「俺はギルドハウスに行くけど、まつりさんはどうする?」
「着いてくわ。中級ポーションの材料とか確認しておきたいし」
下級ポーションの在庫に困っているというのに、新しく作る気満々である。
「じゃあ、採集も行っとく?」
「帰りにね」
また邪魔になってきたらギルドに持っていけばいい。
そんなことを考えながら、二人は戸締りをきっちりしてから家を出た。
「こんにちはー」
「おー。……ユースケ、お前はまたそんなことに魔法を使って……」
「だって、便利なんですよー」
今にも始まりそうだった説教を遮って、悠介は浮かせていた木箱を受付カウンターに置いた。
「? なんだ、これは?」
「作りすぎちゃったので、お裾分けですー」
「下級ポーションなんですけど、ちょっと置き場がなくなってしまって……よかったらギルドで使ってください」
あはは、と困ったように苦笑いする悠介とまつりに、ランドルフは一瞬何を言われたかわからなかった。
「……お前ら、いま、ポーションって言ったか……?」
「? ええ。下級ですけど」
「――あほか!!」
ランドルフは全力で怒鳴った。
びくん! と体を跳ねさせた悠介とまつりは、修正的に直立不動になる。
苛立たしげに頭を掻きむしるランドルフと硬直した悠介たちに、居合わせたギルドメンバーたちの注目が集まった。
「お前らな、下級とはいえポーションだぞ? 風邪薬や傷薬とはわけが違うんだぞ? わかってんのか?」
「は、はい……少しだけどHPもMPも回復してくれて、便利ですよね……」
「便利ですよね、じゃねえんだよ……」
ランドルフはとうとう頭を抱えた。「嘘だろ……」と、厳つい見た目に似合わない頼りない声が譫言のように呟く。
重く深い溜息を吐いては吸って、また吐いてを一頻り繰り返した彼は、ようやく覚悟を決めたように顔を上げた。けれどその目はどこか虚ろで、諦めたように遠くを見ている。
「お前らが規格外ってのはわかってたつもりなんだがな……」
「誰が規格外ですか。失礼しちゃうわ」
不満を露わに文句を言ったまつりを、しかしランドルフは気にも留めなかった。
「いいか、よく聞け。風邪薬とか、常備薬を作れる奴は、まあ結構いる。うちにも十人ちょっとはいたはずだ。でもな、ポーションは別なんだよ」
「? はぁ……」
「……ポーションは、普通の薬と違って調合が難しい。混ぜりゃ早々失敗しない薬と違って、魔力の調節が難しいからな、十回挑戦して二、三回でも成功すりゃ良い方だ」
「え? 私たち失敗したことありませんよ?」
バキッ! と歪な音がする。見れば、ランドルフがカウンターの天板を握り潰していた。
(さすがはスキル『肉体強化』持ち)
悠介が感心したように木片を見た。
「……とにかく、そんだけ成功率が低いのがポーションなわけだが。お前ら、ポーションが一本いくらで売られてるか、知ってるか?」
「さあ……? 下級だし、千円、じゃない、小銀貨一枚とか?」
「そんなわけあるか!!」
今度はギルド全員の声が揃った。
前からも後ろからも叫ばれて、戸惑う悠介が困惑顔で両者を見比べる。まつりも、普段の冷静さはどこへやら、おろおろと落ち着きを失くしていた。
「いいか。下級ポーションでも、最低で、大銀貨一枚以上だ。中級ならその三、四倍。上級なんて大金貨を何枚も積んで取引されるレベルだぞ」
「え、マジ……?」
ポーションってそんなに高かったの?
嘘だぁ、と悠介の唇だけが動く。ゲームに精通しているまつりも、唖然とした顔をしていた。
「え、だって、小回復ですよ?」
「自然回復以外で魔力を回復することがそもそも難しいんだよ……!」
何人かがテーブルに突っ伏した。
大きすぎる見解の相違に、悪気があったわけではないけれど何となく罪悪感を抱いてしまう。
「え、っと……ほら、これからはポーション使い放題ってことで……ね?」
「そうそう、言ってもらえれば、いくらでも作りますから……」
善意からのフォローも、今の彼らには追い打ちにしかならない。
「世の中ってなんでこんなに不公平なんだ……」
世の無情を嘆く声が、ギルドハウスに響く。
突っ伏した中で一番早くに回復したのがランドルフだったのは、さすがと言うべきか。
「ったく、お前らはいったいどんな感覚をしてんだ……?」
「え……なくなったらまた作ればいいや?」
「世界中の冒険者たちに謝れ」
凄むランドルフの目は真剣だった。
「まぁ、今回は有り難く頂くよ。だがな、次回からは、きっちり代金受け取ってもらうからな」
「えー別にそん……ア、ハイ、ワカリマシタ」
モンスターさえ尻尾を撒いて逃げそうな睨みを受けて、悠介は諸手を上げて完全降伏した。これ以上問答したら、確実に怒髪天を突かれる。本能がそう察知していた。
「だがまぁ、よくもこんだけの量作ったもんだよなぁ」
ギルドメンバーの一人が木箱を覗き込む。毎日作っていたから、といえば、呆れているのか感心しているのかわからない声を上げられた。
「ユースケ、マツリ。お前ら、今後もポーション作るのか?」
「え? はい、そのつもりですけど……」
答えると、ランドルフは何か思い切ったようだった。無言で図書室に行ったかと思えば、本を数冊抱えて戻ってくる。それを、悠介に押し付けた。
「図書室に置いといても宝の持ち腐れってモンだしな。お前たちにやる」
それは、ポーションのレシピだった。悠介たちが覚えた初級だけではない。以前ランドルフが自慢げに話していた中級ポーションのレシピもある。
「ランドルフさん、これ、貴重な物なんじゃ……っ?」
「いいんだよ。使える奴が持った方がいい。なんなら、あれだ、ポーションの礼だ」
「……本当に、もらっていいんですか?」
悠介たちには、このレシピがどれだけ貴重な代物なのかわからない。けれど、ポーション自体が高値で取引されるのだ。それを生み出すレシピが、決して安価なものではないことぐらいわかる。
「おう」
ランドルフが笑う。とても優しい、誇らしげな笑みだった。
「……有り難く、頂戴します」
重いレシピを、しかし魔法で浮かせる気にはならなかった。この重さを忘れたくなかった。
「たくさん作って、持ってきますね」
「そこは売りに来ますね、だろうが」
すかさず突っ込んだランドルフに、悠介が笑う。少しだけ、泣きそうな笑顔だった。
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