04.異世界交流
荷を増やし辿り着いた集落はひどく寂れていた。
「廃村、ですかね……?」
「いや、まだ生活の跡がある」
悠介が指差した先で、洗濯物と思しき
近寄って間近で見たそれは、まだ水気を帯びている。干されてからそう時間が経っていない証拠だ。
悠介とまつりは頷き合い、その家の扉を叩いた。
「すいませーん。だれか、いらっしゃいますかー?」
気が抜けそうな間延びした声音に、まつりが静かに苦笑を零す。
少しの間を置いて、木戸が中から開かれた。僅かな隙間から、ぎょろりとした目が見える
「人間……?」
そう呟く声には、信じられないと驚愕に震えていた。声の感じからして、老人だろうか。
悠介はにっこりと人好きのする笑顔で頷いた。
「はい、人間ですよー。なんだろ、この反応的に、もしかしてエルフとか獣人とかも存在してたりするんですかね?」
「だとしたら是非ともお目にかかりたいですね!」
自棄に力の籠ったまつりの本心を、彼は唖然とした面持ちで聞いていた。
「本当に、人間なのか……? どうやってこの村まで……」
木戸が完全に開かれた。
出てきた老人は窶れ、目は落ちくぼんでいる。まるで何日も食べていないような有様だった。
「森には
「射殺しました。とりあえず通行の邪魔にならないように道の脇に避けてあります」
「食べられるなら運んできますけど……」
ああでも、血抜きとかしてないから食用には向かないかもしれませんね。
こともなさげに言った悠介に、老人は困惑していた。
「シャサツ……倒せた、のか? お前さんたちが?」
「はい。あ、もしかして何匹もいたりします? 遭遇したのは一匹なんですけど……」
「だとしたら装備が足りませんね……」
眉を落とす悠介に、まつりも困ったように頬に手を当てる。
硬直していた老人は、土気色の肌にじわじわと血の気を取り戻し始めた。
「倒したのか……倒してくれたのか……!!」
そう叫ぶ声は歓喜に震えていた。落ち窪んだ目に涙が光る。
老人の声に、何事かと辺りの住民が飛びだしてきた。鍋に鍬にと思い思いの武器を手にした彼らは、悠介たちの姿を見た途端動きを止める。
瘦せこけた村人たちが、がりがりにやせ細った手で指差した。
「人だ……人がいるぞ!」
人がいる、それだけで歓喜に沸く村人たちに、悠介もまつりも、どう反応して良いかわからなかった。
悠介たちは、救世主として村に歓迎された。
森に棲み着いた
飽食と言われるほどの現代日本において、飢餓は無縁の存在である。しかし、彼らはその時まさに、その危機に瀕していたのだ。
悠介たちは村人を引き連れて倒した
肉は、毒袋と呼ばれる部位を処理しなければ食用にできないらしい。フグの肝臓や卵巣のような物だろう。専門の業者に渡す頃には傷んでしまうだろうからと焼却処分することになった。
しかし
悠介たちは、戸を叩いた老人の家に招かれた。
落ち着きを取り戻した彼は、申し訳なさそうに出がらしの薄い茶を振舞った。ろくに食べ物のないこの村で、精いっぱいのもてなしなのだろう。
悠介たちは感謝の言葉のみを口にして、丁寧な所作で色のついた白湯を啜った。
「そういえば、まだ名乗っとらんかったな。バルディオじゃ。このクベーニュ村で村長をしておる」
「こちらに派遣されました、二階堂悠介です」
「同じく、佐々木まつりです」
改めて名乗り合うと、喜びに綻んでいたバルディオの顔が曇る。
「生き残ったのはお前さんたちだけなのか……」
悲しげな村長の呟きに、悠介とまつりは顔を見合わせた。
「あの、もともと派遣されたのは自分たち二人なので。仲間が死んだとかはないですよ?」
「なに、二人だけ? それはまた……お前さんたち、よほど腕の立つ冒険者なんじゃなぁ」
人は見かけによらんのぉ、と感心頻りに顎を撫でる。冒険者という馴染みの薄い言葉に、悠介たちはまた顔を見合わせた。
「いえ、私たちは冒険者ではありません。警察です」
「ケイサツ? お前さんたちのギルドの名前か?」
聞いたことのない名前だ、と言うバルディオに、悠介とまつりは苦笑した。
異世界においても警察という単語が通用するとは思っていない。所属している組織名、という点では間違っていないのだから、わざわざ訂正するまでもないだろう。
「それより、この辺りのことについて教えてもらえませんか? 俺たち、こっちに来たばかりなので何もわからなくて」
「なんじゃ、何も知らされずに来たのか」
杜撰なギルドもあったものだとあきれた様子のバルディオに、悠介もまつりも心の底から同意した。
「情報どころか、拠点も何もないんですよね……」
「はあ⁉」
思わずと口を零れ出た愚痴に、バルディオは呆れを通り越して絶句していた。
二人だけで派遣され、何も知らされず、拠点さえ用意されていない。
「お前さんたち、そのギルド抜けた方が良いぞ……」
あんまりにもあんまりだ、と渋面のバルディオに、二人のから笑いが空しく響いた。
呆れ切ったバルディオは重々しい息を吐き、「それなら」と一つの案を提示した。
「それならお前さんたち、ギルドの掛け持ちをしてはどうじゃ」
「掛け持ち?」
「ああ。この村にもギルドはある。弱小も弱小じゃが、少なくとも何も知らせずに放りだすようなことはせんぞ」
この辺りに拠点を置くなら不都合もないだろう、というバルディオに、悠介とまつりは顔を見合わせた。
「ギルドの掛け持ちって、よくあることなの?」
「さあ……。少なくとも、私の経験上では初めての申し出です」
けれど、悪い話ではないらしい。
ギルドに所属すると言っても仕事は選べるし、現地での資金調達としてはメリットはあってもデメリットはないだろうというのがまつりの見解だった。
悠介も、それに関しては異論はない。すべてが経費で通る保証がない以上、現地での資金調達は必須だ。
ただ問題があるとすれば、悠介たちが警察官――公務員であるということ。公務員は原則副業禁止なのだ。
「これ、副業に入るのかなぁ……」
「上に確認してみないことには、なんとも……」
そもそも職務自体が特殊すぎる自分たちだ。わからないことが多すぎる。
どうしようかと悩む悠介たちに、バルディオは「回答は急がない」と言った。
「すぐに決められることでもなかろう。存分に話し合ってくれていい。お前さんたちには物足りん仕事が多いとは思うが、前向きに考えてくれると嬉しい」
「ぜ、善処します……」
それは本心なのだろう。期待の滲む眼差しに、悠介たちはぎこちなく頷いた。
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