第5話
センリという女が誠治の家に泊まったあの日、話の流れで誠治はセンリと連絡先の交換をおこなったものの、その後連絡を取ることもなく、二週間経った。この頃になると、誠治は連絡先を交換したことすら忘れていたのだが、突如センリからメッセージが届いた。『今日あいてる?』としか書かれていなかったそれに、誠治が『あいている』と返した数分後、家のチャイムが鳴った。
「小山田さーん」
玄関から聞こえる声に、誠治はため息をつきつつ戸を開ける。
「なんだ」
「今日暇なんでしょ? 私とデートしない?」
「断る」
そう言って戸を閉めようとしたが、隙間に足を差し込まれた。以前壊れていたのとは全く違うサンダルだ。新しく買ったのだろう。
「たちの悪いセールスか」
「足痛いから開けてよ」
「なら足を抜けばいいだろ」
「小山田さんが最後までこっちの話を聞いてくれるならね」
この様子だと、嘘をついてもう一回閉め出そうとしても同じ手口を使いそうだと思い、誠治は諦め、戸を開けた。女はやあといった様子で手を振り、笑顔を浮かべている。どうにも胡散臭く感じる笑顔だ。
「開けてくれてありがとう」
「セールスみたいなことしやがって。それで、デートだと? 俺とお前で?」
「デートっていうか、ちょっと買い物ってのが近いかな。付き合ってよ」
「なんでそんなこと」
「この前私の裸見たでしょ?」
「まさか、そんな理由でか」
「小山田さんにとっては都合のいい言い訳になるでしょ? 弱みを握られて仕方なくっていうのはさ」
「別に弱みになるとは思ってないが。……ちなみに俺を指名した理由は」
訊ねると、センリは照れくさそうに笑う。
「もうすぐ知り合いの誕生日だから、何か買おうと思ってね。歳とか好みは小山田さんの方が近そうだから、意見聞きたいなって。勿論、お礼はなんなりとするから!」
パンッと勢いよく手を合わせ、頭を下げる姿を見て、誠治はため息をつく。
「だめ?」
頭を少し上げ、上目遣いにこちらを見るセンリに向けて、しかめ面を見せる。
「少し待て。着替えてくる」
それで通じたようで、センリは明るい笑顔になる。
「ありがとう小山田さん!」
聞こえた礼に対し、誠治は軽く手を振った。
センリのプレゼント選びに付き合うことにはしたものの、ただ歳が近いからという理由では適当なものを選びかねないので、道すがら贈る相手について聞くことにした。
「知り合いって言ってたが、どんな関係なんだ?」
「幼馴染だよ。大事な幼馴染」
「性別は」
「男。あ、先に言っとくけど、別に恋仲とかじゃないからね! 色恋とかそういうのは、ご隠居相手に持つには物騒すぎるし」
「ご隠居? お前よりだいぶ年上なのか? その場合、俺でも好みがまるで違うと思うが」
「え? ……あ、違う違う。ご隠居ってのは呼び名。幼馴染とは昔、時代劇ごっこやってた仲でさ。私が店子とか越後屋だったりして、あっちがご隠居とかお代官とかやることが多かったから」
「は? なんだそれ」
聞き慣れない言葉に思わず声が出る。すると、センリは不思議そうに首を傾げた。
「え、やらなかった? ご隠居様の言うとおりでとか、おぬしも悪よのぉとかそんなの」
「そんな遊びは初耳だ」
「小山田さん、子どもの頃に仮面ライダーの真似とかしなかった?」
そう言われると納得できなくもないが、やはり違和感はある。
「特撮を真似た遊びはやったことはある気がしないでもないが、少なくとも時代劇をテーマにしたごっこ遊びは知らないな」
「絶対小山田さんが遊んでないだけだって」
センリはそう力説するが、誠治には全く理解できなかった。だが、時々センリの言葉遣いが古いのはそういったところが原因なのだろう。
「で、そいつは本当に俺の方が歳が近いのか?」
「そうだね、私よりは近いと思う。あと趣味も」
「そうなのか?」
「ご隠居の趣味盆栽なんだもん。小山田さん家庭菜園が趣味でしょ」
「趣味というほどじゃない」
「ご隠居も盆栽についてそう言うんだよね」
「……そうか。相手とはどれくらい離れてるんだ?」
「五ひゃ、……いや、多分五つくらいかな」
「今何と言い間違えたんだ?」
「一瞬違うもの考えてて。小山田さん三十二くらいでしょ。全然小山田さんの方が近いよ」
「お前、俺より年上だったのか?」
てっきり年下と思っていたと呟くと、センリはきょとんとした表情になる。
「小山田さんよりは年上だけど。あれ、知らなかった?」
「お前の年齢は初耳だ」
「この前免許証見せたよね」
「あれで年まで確認はしてねえよ」
「そうだったんだ。……あ、小山田さん、だめだよ、女に年齢なんて聞いちゃ」
「随分と今更なことを」
「私は大して気にしてないけど、他の人は気にしてたりするからね。気をつけないと」
「心配しなくても、お前以外にこんな話をするやつはいない」
すると、センリは一転、なぜか悲しげな顔をこちらに見せる。
「なんだ」
「もしかして小山田さん、友達いないの」
「そっちのが失礼だぞ。それと友人ならそれなりにいる」
「本当?」
「なんで疑うんだ」
「いや、小山田さん無愛想だし」
「それとこれは関係ないだろう。お前も大概失礼だな」
ぎろりと睨むと、センリは肩をすくめる。
「ごめん。ちょっと気になっただけだからさ。そうだね、誰だって一つ二つ百個くらい知られたくないことはあるしね」
「お前百個もあるのか」
「ミステリアスな方がモテるんだよ小山田さん」
「そうか?」
「って、この前見た週刊誌で」
センリはなぜか得意げな様子だ。その顔に少し腹が立ったので、誠治はセンリの頭にチョップをした。
百貨店でプレゼントを選び、その後遅めのランチをとることになった。対面に座っているセンリは上機嫌だ。
「ご隠居が喜びそうなものが見つかってよかったよ。ありがとね、小山田さん。お礼に奢ってあげるから、なんでも頼んで」
「いや、飯の分は支払うが」
「いいじゃんお礼させてよ。あ、勿論これだけじゃないよ。他に何か欲しいものとか、やってほしいこととかあったら遠慮なく言って」
「これからはこういう用事は事前に連絡をしてからにしてくれ」
ではと遠慮なく言うと、彼女は申し訳なさそうに笑う。
「あはは、それはごめん。ちょっと急いで用意する必要があったからさあ」
「誕生日はそんなに近いのか?」
「もうちょっと先だよ。ただ、遠くに住んでるからそこへ届くまでの時間考えると、買いに行けるの今日しかなかったから」
「国内なら、そんなに時間はかからないと思うが」
「今あの人、この国にいないからさ。本当は会いに行きたいんだけど、場所柄そうもいかないし」
「そうか」
「そういうわけだから、今日小山田さんが暇で助かったよ。付き合ってくれてありがとう」
「ああ」
「それで、お礼は何がいい?」
「いや、特に希望はない。というか、これくらいなら別に礼は必要ないし」
そう返すと、なぜかセンリは不満そうだ。
「ええー。そんなわけないじゃん。何かあるでしょ一個くらい。やってほしいこととか」
「本当に何もない」
「そんなはずないじゃん。なんか見返りの一個くらい考えてるでしょ」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ」
そんなに恩着せがましいと思っているのだろうかとセンリを睨むと、彼女はおかしいなと首をひねる。
「小山田さんって、こう、人に駆り出されると必ず見返りを求めるイメージが」
「どんなだ」
「昔の知り合いにそういう人がいたんだよ。小山田さんみたいな性格で」
「まさか元カレか?」
すると、センリは顔をしかめて手を振る。
「いやいや。元カレはもうちょっと甲斐性あったよ。多分。小山田さんに似てた人はね、一等大事な人がいて、それ以外はどうでもいいみたいな感じでね。幸運なことに、その人の大事な人は私じゃなかった」
「幸運なのか」
「あれに大事に思われるなんて、息苦しくなっちゃうよ。私なら御免こうむるね」
「そうか。だが、そういった奴なら、貸し借りとかは大雑把なんじゃないのか?」
「そうならいいんだけど、自分が大事に思ってる人以外に働かされるのを心底嫌がるもんでさ。だから、私が頼み事すると必ず何かしら見返りを寄越せって煩くて」
「なるほど」
「まあこっちもお礼に何かするのはやぶさかではないけど、ああも言われるとうんざりしちゃう」
「お前はそいつが嫌いなのか?」
あまりの言いように思い切って訊ねると、彼女は一度目を瞠り、それから首を横に振る。
「あの生き方は正直頭おかしいと思うけど、嫌いではないよ。面白い人だなって思う」
「そうか。で、その人物に俺が似ていると?」
「そんな気がしたんだよ。小山田さんは大事な人以外はどうでもいいってタイプじゃない?」
「それなりに他のことも大事だろ」
すると、センリは意外だと言いたげに目を丸くする。
「あれ、そう? なんだ。ちょっとイメージと違ったな」
「勝手に人のイメージを決めるな」
「えー、大体人間ってそんなもんでしょう。見た目とちょっとした会話程度で相手のことを知った気になる。私と小山田さんの付き合いなんてまだ人生の内の何パーセントにも満たないんだから、そんなもんでしょ」
「……まあ、そういうものかもしれないが」
「でしょ。でも、小山田さんがちょっとは違うって言うなら、それを信じましょうかね。なんたって本人の証言ですし」
「ぜひそうしてくれ」
「ええ。覚えときますよ」
そう言って、センリはにこりと笑うが、どうにも胡散臭く感じられた。
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