運ぶのはナマモノだけではありません

「やっほー、サギちゃん。元気してる?」

 何度聞いても軽薄な印象を受ける声が聞こえ、サギは顔をしかめた。やむなく顔を上げると、うさぎの着ぐるみが立っている。本来ならただの不審なウサギだが、サギの目は特殊なので、少し注視すれば着ぐるみの下に誰が入っているのかはわかってしまう。金髪碧眼、絵に描いたような麗人、そう形容していい男がそこにいた。予想と違わない人物であることに落胆しつつ、サギは口を開く。

「マレットさん」

 顔をしかめつつ呼びかけると、うさぎの着ぐるみことマレットは着ぐるみの下でにっこりと笑う。

「相変わらず眼がいいねえ」

「ご用件は何でしょうか。生憎サビは昼食中でして」

「それは知ってるよ。だから今来たんじゃないか」

 その言いように、サギはため息をつきたくなる。どうやら、マレットはサビに聞かれると文句を言われそうなことを依頼する気のようだ。

「もう補充ですか?」

 まず思いつくものを挙げると、彼は意外にも手を振った。

「そっちは大丈夫。今回の子達は結構うまくやってるみたいだからさ」

 それを聞いて、サギは少しだけ安堵する。流石に先月送ったばかりの者が死んだと聞くのは気分が悪い。

「今回送られた子達、ほんとやり手でさ。このままだと命題解決できそうだから、次を作ろうかと思って」

「マレット、もう飽きたのか?」

 サビの声が割り込み、次の瞬間、頭に何かが乗った。

「社長、降りてください」

「重い?」

「そうじゃないですが、頭に社長が乗ってると、落っことすんじゃないかってドキドキして肩こっちゃうんで」

「では仕方ないね」

 その言葉の後に、サギの近くのテーブルにサビ柄の猫が降り立ち、次の瞬間、そこに猫獣人姿のサビが現れる。

「サビさんご飯じゃ?」

「警報にお前が来たと出たからね。またうちのサギを使って悪いことされちゃ困るもの」

「悪いことなんてそんな」

「死にかけの人間数十名を捕捉させて、そいつらを勝手に転送したのどこの誰だい。あれのせいで、うちに余計な捜査が入って、引っ越ししなきゃならなくなったんだけど?」

 サビが睨みつける。それにマレットは肩をすくめた。

「悪かったって。だから引っ越し代金出したじゃん」

「その程度でチャラになるとは思わないでほしいね。それで、今日は何の用?」

「話は聞いてくれるの?」

「裏取引されたら困るからね」

「そりゃラッキーだな。今回はね、新しく作ったから、そこに数名送りたいなって。ああ、前回と違ってちゃんと死んだ人間でいいよ。歳は下は十五歳、上は四十歳くらいまでかな。これから一週間以内に死ぬ人間五名、できれば同日同時刻に死んだのがいいな。その条件に引っかかる人間の魂だけをとある座標に送ってほしい」

「新しく。世界を?」

 サビが訊ねると、マレットは頷き、どこからか何かを出した。ゲームソフトのように見える。

「このゲームが面白くてさ。これを基盤に作って、そこに人間を引き込みたいなって」

「なるほど。ちなみに持っていった魂の使いみちは?」

「使いみちは特に決めてないな。今回はまだ命題を決めてないからね。ただのんびり過ごしてもらって、それでどうなるかを僕が見たいだけさ」

「そのパッケージだと、のんびり過ごすに適すゲームとは思えないんですけど」

 何しろ、マレットの持つそれには、モンスターらしきものと戦う人間の姿が描かれている。本来の意味での『のんびり過ごす』には無理があるのではないだろうか。

「やろうと思えばのんびり過ごせるさ。ああ、肉体はこちらで用意するから、サビさんには魂だけ用立ててほしい」

「死んだ人間で魂だけとなると、補充の問題でつつかれそうなんだが」

「もうすぐ崩壊させるところがあるから、そこに送ってもらった魂を返すよ。合計二十程度だから、この前もらった分も含めれば、数的には合ってるでしょ」

「崩壊させるということは、えっと、この前のところじゃない他のどこかで、誰か命題クリアしたってことですか」

「そ」

「で、またクリアと共に削除? いつも思うが、君って結構酷いよな」

「神様って理不尽だからね。でも今回は違うよ。正攻法クリアだったから、ボーナスとして余生分の猶予は与えた。で、当事者がそろそろ全員死亡するから、彼らの死亡と共に世界を崩壊、その後僕の手持ちの資源分は残して、転送してもらった分は還元。それで条約上は問題ないだろ」

「まあ、そうだね。手続きはこっちで?」

「僕がやるよ。崩壊の手続きもあるし。どう?」

 マレットの言葉に、サビは少し考える素振りをし、やがて頷いた。

「よろしい。そういう条件なら引き受けよう。お手軽魂だけプランの適用でいいんだな?」

「欲しいのは異世界慣れしてない魂だから、それでいいよ。転送対象はさっき言った通り」

「同日同時刻はいいが、顔なじみの方がいいのか?」

「そこにこだわりはないかな。同じ事故現場にいたとかそういうメンツでもいいし」

「わかった。ま、その辺はサギ任せにしよう」

「え」

「よし、サギちゃんのセンスに期待するよ」

「人さらいのセンスとかいらないです」

「今回は人さらいじゃない。魂さらいだ」

「私からすればどっちも似たようなものです」

 ため息をつきつつ、サギは引き出しの中に入れている紙を取り出し、マレットに渡す。

「一応、これに記入お願いします」

「はいはーい」

 軽い調子で返事をしながら、マレットは紙に指を滑らせる。何度見ても不思議だが、あれで紙に文字が印字されていくのだ。

「こんなもんかな。はい」

 マレットから渡された紙をチェックする。

「はい。では一応これで受付、でいいんですよね?」

 一応サビに確認を取ると、サビは頷き、マレットに向き直る。

「それでは、    様のご依頼、確かに引き受けさせていただきます」

 サギにはマレットの名前が抜け落ちているように聞こえるが、恐らく正式な名前で呼んでいるのだろう。世界創造権を持つ者の正式な名は秘匿されるものなのだ。

「うん、よろしくね」

 そう言った直後、マレットの姿はかき消えた。それを見送ったところで、サビは猫の姿に戻り、伸びをしている。それを眺めていて、サギはあることを思い出した。

「ところで社長」

「なんだいサギー」

「先日、全界保護機構から、しばらく転送処理は止めるように言われてませんでしたっけ」

「転送を止められているのは生身だけだよ。とはいえ、一応センリに聞いておくかー」

 センリは普段は事務員として働いているが、法律関係の専門家で、もし何かに触れそうな場合はそれ相応の工作をする担当でもある。

「よし、サギも来てくれ。センリはサギちゃんが一緒だと怒らない」

「そういうわけじゃないと思うんですけど」

「いーからいーから」

 そう言われ、サギはカウンターに呼び鈴だけを置いて、サビについていく。

 奥の階段をあがると、事務所がある。その事務所の一角で、ドライバーのようなものを組み立てている赤髪の女がいる。彼女はふと顔を上げると、にこりと笑った。

「サギちゃん、もう受付はいいの?」

「そういうわけじゃなくて、どちらかというと社長の付き添いで」

「そういえば、さっき急いで下に行ってたね。サビちゃん、何かあったの」

 彼女、センリの問いに、サビは一度頷き、口を開く。

「実はねー」

 そこから、サビは今しがた受けたマレットの依頼について説明する。センリは最初渋い顔だったが、サビの説明が終わる頃にはそれも和らいでいた。

「というわけで、今回は死亡者のみだから、法律的には何も抵触しないはず、と思ってるんだけど」

 サビの説明を受けて、センリはなるほどと頷く。

「現地の法律的にも、全界保護機構の約定的にも問題はなさそうだね。じゃあ、今回は私の出番はなしかなあ」

「多分ねー。サギちゃんの眼と転送機だけで済むはずだからー」

「事故を起こしたりはしないんだ?」

「停止命令中にそれをやるのはねえ」

「まあそれもそっか。でも暇だから、サギちゃんのサポートやってていい?」

「寧ろお願いするよ」

「やった。サギちゃん、よろしくね」

「はあ」

「そうと決まったら、早めにやった方がいいし、セッティングしてくるよ」

「ああ。サギちゃん、このままお昼ご飯食べて、その後取り掛かってくれるかい」

「構いませんけど、受付は」

 今日は社内にいるのは今ここにいる三人だけだ。これでサギとセンリが仕事に取りかかるとなると、受付に座る人物がいなくなるがと思っていると、サビが前足を胸のあたりに当て、任せろと言いたげな表情を見せる。

「私がやるさ」

「社長が?」

「任せなさい。猫の姿で油断させて、その後バックリさ」

「バックリはまずいんじゃ。まあ、お願いしていいなら、お言葉に甘えますけど」

「ああ。任せてくれたまえー。ではサギちゃん、ゆっくりご飯食べてね」

 そう言って、サビは階下に戻っていった。それを見送り、サギはひとまずと、事務所内に置いてある冷蔵庫に向かい、そこから取り出したサンドイッチを食べることにした。

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