異世界転送会社サビノカギ
クロバショウ
異世界転送会社サビノカギ
町外れの広大な駐車場、その敷地内にぽつんと立つ建物。元はコンビニか何かだったと思われる建物に、『宅配サビノカギ』という看板が貼られている。その建物に近付き、ドアベルを鳴らそうとしたところで、勢いよくドアが開いた。
「あんりゃあ? おやおやぁ?」
その声と共に現れたのは、人のように二本足で直立しているが、どう見ても猫だった。しかも燕尾服を着ている。灰色の毛並みに、茶色などの斑が混ざっている。猫はこちらを見ると、ぐいと顔を近付けてくる。
「ほうほう。メラミアーノの方ですか」
そうして、こちらの出身地をすぐに言い当てたのを聞き、なるほど彼女がと思う。
「異世界転送サビノカギの社長、サビ様ですね」
「その通り。私のことをご存知で?」
「姉様よりよく聞いています」
「メラミアーノの出身なのにその肌の色、そして私を知る姉様。ふむ。女神カタラーナ様とお見受けします」
「その通りです。私がここに来た時点で、目的はおわかりと思いますが」
すると、彼女の目がにんまりと細くなる。
「ええ、ええ。誰かお探しなのでしょう。そして、送ってほしいのでしょう。いえ、全てをここで語らなくても結構。詳しいお話は中で伺いましょう」
彼女がそっと身を引き、中へと促すので、意を決して、扉をくぐった。
扉をくぐると、こちらの世界でよく見る謎の小さな穴が空いている天井、金属質な窓枠、机、椅子が置かれている空間だった。
「女神様をお通しするに相応しくない空間で申し訳ないのですが」
「構いません。それで、依頼をしたいのですが」
「ああ、お話は座ってから。こちらにおかけになってください」
指し示されたソファに座ると、どこかのドアが開く音が聞こえ、黒いスーツを来た人物がトレーを持って現れた。普通の、地球の人類に見える。メガネをかけているし、背は小さい。中性的な顔で、ぱっと見では男か女かわからなかったし、首元にはスカーフのようなものが巻かれていた。女だろうかと思っていると、その人物はトレーに載せていたコーヒーカップをテーブルに置き、更に砂糖壺とミルクも置いていってくれた。
「ごゆっくり」
その声も、どちらか判別がつかない声だ。
「サギ、アキハルを呼んできておくれ」
「え、アキハルさん? 今回は特殊ですか」
「メラミアーノは事情が複雑でね。だから、いつもみたいな適当座標はね。いいから呼んできなさい」
「は、はーい」
なぜか気後れした様子で、サギと呼ばれたその人物はその場を後にする。何かあるのだろうか。
「さて、お話を伺いましょう」
その一言で、思考を切り替えた。まず考えるべきは、自身の世界の危機だ。
「先程、メラミアーノの事情を知っているような口ぶりでしたが、どこまでご存知でしょうか」
「最近魔王軍が現れたという話は。しかし、あの世界では魔王なんて周期的な興行のようなもの。今更慌てる必要もないように思いますが、カタラーナ様がここにいらっしゃったということは、恐らくいつもと様子が違うのですね」
よくわかっていると感心しながら、頷いた。
「その通りです。あの魔王軍は、これまでと違い、本気で世界を壊そうとしています。世界を壊して、ルールを作り変え、世界そのものを再定義すると」
「なぜそれが本気だとおわかりに?」
「魔物の質です。これまでの魔王が作り出す魔物は、信心深い人を食い殺す程度でした。あくまで魔王の敵は神を信仰する人のみ、魔王を崇拝する者、あるいは神と関連のない獣は殺さない、それが魔王の掟です。しかし今回は違います。人も獣も草木さえも。世界のありとあらゆるものを食い散らかし、そして再定義していく」
「というと?」
「作り変えるのです。彼らは全てを食べ尽くすのではなく、一部を食べ、残りはそのまま。しかし、食べられた箇所からそれらは作り変えられ、魔物に変わる。既に全生物の八分の一が魔物になりました」
「ほほう。それは大変ですね。事情はわかりました。それでは、お探しなのは屈強な戦士ですか?」
彼女の言葉は魅力的だった。しかし、それではだめなのだと、自分に言い聞かせ、首を横に振る。
「屈強な戦士では、あっという間に噛まれてしまいます。それでは、折角の勇者が魔物になってしまう。できれば、臆病者で、しかし目の前の事態からは逃げられない程度に責任感の強い方を」
「噛まれてはだめ。ふむ。メラミアーノは弓か銃はありましたかな」
「弓はあります。しかし、この世界で言うところの銃はありません」
「なるほど。しかし、銃があった方がいいでしょうな」
「それは……」
魅力的な話だ。一度でも噛まれてはならないという制約がついている現状では、どうしても弓などの遠距離武器か、あるいは魔法頼みになる。しかし、魔物は魔法耐性が高いし、メラミアーノで現状人間が使える魔法は、弓よりも飛距離がない。そう望んでしまったのは他ならぬ自分だ。だからと言って、今から魔法を急速に発展させても、使用する人間が耐えられない。そうなると、頼りになるのは弓、或いは投げ槍といったものだ。だから、銃という高火力で、比較的訓練が楽な武器かあればどれほどいいだろうかなんて、考えるまでもない。しかし。
「銃は、姉様が嫌います」
「窮屈な世界ですな」
「その通りです。ですから、私がまず望むのは」
「いやそこは銃だろう!」
唐突にそんな声が割って入った。見ると、黒髪の青年がそこにいた。目は細く切れ長で、鼻筋も通っている。美しい青年だ。真っ白なロングコートをまとった青年はつかつかとこちらにやってくると、彼女の隣に座る。
「アキハル。お客様の意向だ」
「社長、僕らは人を送るんだ。無駄死にさせたくないのはわかるだろ? 社長は依頼が増えればガッポリだから嬉しいだろうけど」
「アキハル」
「あなたもあなただ。世界の危機に、こんな辺境世界の更に辺境まで来たのに、それを二度三度と繰り返したくないだろう?」
「アキハル」
三度目の呼びかけで、彼は口をつぐみ、恨めしそうに彼女を見る。
「お客様の話を最後まで聞かなければ。カタラーナ様。まず望むのはとおっしゃいましたね」
「ええ。私は、銃を嫌い、そして現状を良しとする姉様を」
そこまで言って、一度言葉を飲み込む。本当にそれを言ってしまっていいのだろうか。自問し、そして何度でも行き着いてしまうその答えを、遂に口に出した。
「まずは、どうにかしたいのです。無力化するでも、殺すでもいい。姉様がメラミアーノに手出しができないようにしたい。そのために、魔物にいきなり飛びかからない程度には臆病者で、しかし目の前のことからは逃げられない程度に責任感があり、そして、私と同じ答えに辿り着ける、そんな方を、我がメラミアーノまで運んでいただきたいのです」
「そんな悠長でいいのか?」
「悠長ではありません。これが最善で、かつ最速でメラミアーノの全生物を守る、唯一の策です。そして、姉様を封じる目処が立ちましたら、銃を作れる方を運んでいただきたいのです」
「二回となると、お代は高くなりますが」
それでも構わないと頷く。
「私は慈愛と守護の女神カタラーナ。私には、あの地に生きるありとあらゆる生物を守護する義務があります。そのためなら、例え我が神格を差し出しても構いません」
すると、彼女はため息をつく。
「気軽に神格を手放すと言うのは困りものですね。あなたは仮にも神であるなら、神格だけは差し出してはなりません」
「他にいよいよ差し出せるものがなくなったらの話です」
「それならば問題ありませんが、言葉には気をつけた方がよろしいでしょう。さて、依頼ですが、まとめると時期をずらして二人、カタラーナ様の神殿にお運びすればよろしいでしょうか」
「一人目はそのように。二人目の転送位置は、二人目を呼び寄せる時にお知らせします。その時に一人目の拠点になっている街に呼びたいので」
「わかりました。では二人目の方については、再びカタラーナ様がいらした時に詰めるとして。一人目の方ですが」
「はい。やはり、難しいでしょうか」
長期戦となれば、それだけ魔物が増えてしまうと考えていると、彼女は首を横に振る。
「いえいえ。そんなに難しい条件ではありませんので、該当者は三ヶ月以内には見つかるでしょう」
「え」
「そうだな。性格しか指定がないから、案外簡単に見つかると思うぞ。昨今の依頼人はふざけてるのか、顔がいいのがいいとか、絶世の美女でスーパーいい子ちゃんがいいとか言うやつもいる。それに比べればなあ」
「は、はあ」
「アキハル」
「はいはい。黙ってます」
「えっと、そんなに時間がかからないのはわかりました。それでは、お願いしても」
「いえ、引き受ける前に、色々と決めないといけないことがありまして。まず、最初の方ですが、こちらの方の運搬方法について」
「はい」
「転送位置は指定として、問題は対象者の体ですね」
「体?」
「はい。体を丸ごとメラミアーノに運ぶのか、それとも再構築するのか」
「……はい?」
一体何の話だろうかと思っていると、彼女は突如立ち上がり、近くにあったホワイトボードをひっくり返した。そこには料金表のようなものが書かれていた。
「カタラーナ様はどうも詳しくないようですし、説明させていただきますね」
「よ、よろしくお願いします」
「はい。異世界転送ですが、いくつか種類がありまして」
「はあ」
「一番簡単なのは本人をそのまま転送するというものですね。こちらはコストが最小限ですが、環境適応の関係上、本人の生息地と近い環境の世界でなければ、転送した直後に死んでしまうなんてこともあります」
「そ、そうなんですか」
「ええ。地球の人類を例に取ると、彼らはまず酸素を始めとした特殊な混合気体がなければ生きていけません」
「特殊ってわけでもないと思うんだけど」
「アキハル、黙りなさい。地球の気体は全界と比べれば特殊なんですから」
「はいはい」
「メラミアーノの気体組成は確か」
そう言いながら、彼女はいつの間にか手に白い板を持ち、それを叩いている。
「あれはなんでしょうか」
アキハルと呼ばれていた彼に訊ねると、彼は目を丸くする。
「銃は知ってるけどタブレットは知らないんだ」
「石版(タブレット)?」
「……あー、コンピューターは?」
「それは存じています」
「あれを板状にしたもの」
「なるほど」
またこの世界は便利なものを作ったのかと感心していると、彼女が白い板、タブレットから手を離した。
「あったあった。メラミアーノはちょっと窒素と二酸化炭素が多いですね。これは……、うーん、そのままはおすすめしませんね」
「そうですか。では、どうしたら」
「そこでおすすめなのが再構築ですね。体だけメラミアーノの人類と同じにする、あるいは体をまるごと作り変えて見た目は別人にしてしまう、そもそも種族を変えてしまうなどなど、オプションも色々つけやすいですし。ただ、これにもデメリットがあります。再構築した場合、オプションによっては元の精神、魂、そういうものに傷がついて、若干変容してしまうこともあります。それと、元の世界に戻しにくいというのもありますね。カタラーナ様、お呼びする二人を元の世界に返す気はありますか?」
「それは、そうですね。お二人が帰りたいとおっしゃるなら。しかし、全てが終わるまでは帰せませんが」
「では、再構築ライドプランがいいかもしれませんね」
「ら、らいとぷらん?」
「体だけメラミアーノの人類に寄せるということです。ああ、カタラーナ様の気が変わったら、後から改めて再構築をすることも可能ですよ。ただ、その場合は少し高くなってしまいますが」
「は、はあ」
「後程パンフレットを差し上げますので、気になるようでしたら確認してください」
「わかりました。それでは、お代ですが」
「あー、カタラーナさん、その話はまだ早いよ」
「え、まだ決めないといけないことがあるんですか」
「肝心の転送方法が決まってませんよ、カタラーナ様」
「他にオプションの有無、支払い方法、達成目標、色々決めないとだ」
「そ、そんなに?」
思ったよりも複雑だと思っていると、彼女はええと頷く。
「カタラーナ様、我々が行うのはただのモノの輸送ではありません。運ぶのはあなた方が望む異世界の人。先程も話しましたが、人の輸送はとてもデリケートなのです。密に細やかに決めなければ、後々のトラブルに繋がります。煩雑とは思いますが、どうぞご理解を」
そう言って彼女は手のひらを上に向けて掲げる。それはメラミアーノでの、人に頼み事をする時の仕草だ。
「そうですね。私も軽く考えていました。サビ様、どうぞよりよい形になるよう、導いてください」
「カタラーナ様を導くとは恐れ多いことですが、誠心誠意尽くしましょう」
「よろしくお願いします」
こちらも礼を返し、微笑むと、彼女の目は再びにまりと細くなった。
カタラーナが満足げな様子で帰ったのを見送り、サギはため息をついた。
「社長、ほんとに三ヶ月で見つかるんですか?」
話しかけると、いつもの猫姿に戻っているサビはふふんと笑う。
「向こうの三ヶ月はこちらで言うところの半年だ。充分見つかるよー」
「うわ、サビちゃん悪い猫ー」
そう言いながら、事務員のセンリがサビを撫でる。
「余裕納期こそが従業員の健全な労働時間に繋がるのさー」
「よ、サビちゃんホワイト企業社長の鑑!」
センリが持ち上げる中、何を言っているんだと、サギはため息をつきたくなる。
「その従業員がやってることは、人さらいの人身売買ですけどねー」
どう考えても立派な犯罪だと思いながら、契約書をしまう。
「他の宅配事業が儲かればやらなくてもいい仕事なんだけどねー。やー、残念ながらどこの世界もモノより人手不足みたいで」
にゃはははと、サビのいつもの笑い声が聞こえる。
「ま、いつの時代でも、英雄が必要な世界はあるからね。サギちゃんも慣れなさいよ」
「慣れたくないんですけどぉ」
「サギちゃんのそういうところ、一種の才能だよねー。ま、文句を言っても仕事はシゴト。サギちゃんの便利なその目で、さくさくーっと候補者見つけてよ」
「社長は気軽に言ってくれますよねえ」
ため息をつきつつ、サギは仕事道具である『界球儀』を手に取り、レコーダーのスイッチを入れる。界球儀は一見ただの水の詰まったボールだが、その中には無数の粒が浮かんでいる。その一つ一つを見て、サギは目に浮かんだ数字を読み上げる。
「Z-F103AC9、Z-1D54、B-5044E3、J-DD0CF943……」
浮かんだ数字を最後まで読み上げたところでレコーダーを止めると、そのレコーダーをセンリが取る。
「ノーリに渡してくる」
「お願いします」
これでこちらの仕事の一つは終わったと目を休めていると、足音が聞こえる。
「お、サギちゃんお疲れー。サギちゃんがそうしてるってことは、また新しい依頼人か?」
その声に、誰が来たのかわかった。
「サンミさん。転送終わったんですか?」
目を閉じたまま訊ねると、近くに誰かが座る。恐らくサンミだろう。
「終わった終わった。いやー、何回やっても人がぶつかる瞬間ってビビるよなあ」
「そうでしょうね」
「サギちゃんはトラック転送やらねえの?」
「私車の免許持ってないので」
「おー、サンミお疲れー。向こうから連絡来たから、今日は休んでいいぞー」
サビの声も聞こえる。どうやら少し席を外していたらしい。
「お、社長。休んでいいのか? それじゃあ酒でも飲むかあ」
「飲みすぎないようになー。サギちゃんもご苦労様。解析は明日以降からスタートらしいから、ひとまずサギちゃんの出番は当分ないね」
「その方がいいです」
そう言いながら、サギは安堵した。
「社長、明日も転送あるんだろ?」
「明日はアキハルとセンリが担当だねー。だからサンミは内勤」
「おー、そりゃ気が楽だわ。それじゃ、サギちゃんと楽しく留守番するわ」
「っていうか、普通に宅配の仕事ないんですか」
昨日も転送の仕事しかなかったと思って訊ねると、だってーとサビが言う。
「来ないものは来ないんだもの。一応、毎回宅配業務についても説明するけど、だーれも依頼くれなくて。宣伝が足りないのかなー」
「ま、うちはどっちかっつうと転送の方で有名になっちまったからなあ。社長の初期方針がだめだったんだろ」
「うーん、手っ取り早くとか言ってちゃだめだったねえ。でももうお得意さんもいっぱいできちゃったし、引くに引けないしー」
「このままだとまた事務所襲撃にあっちゃいますよ」
「あー、管理局ね。あいつら煩いよねー。文句を言うなら依頼するお客さんに言ってほしいよ」
「いずれにせよ、なんか考えねえとなあ。ここ、コンビニ近いから離れたくねえし」
そんな話をしているのを聞きながら、サギは「やっぱり早めに転職しよう」と心に決めたのだった。
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