アチオ県警伝説課

 私の名前はアンベ。ウースィク国の西にあるアチオ県で働く警察官です。私の仕事は普通の警察官とはちょっと違っていて、普段はほとんどご老人の話し相手、たまにちょっぴり過激な冒険に出る、そんな仕事です。そんな仕事あるのかって? あるんです。

 私が所属しているのは伝説を持つ人達の窓口、伝説課です。



 伝説課の仕事はほとんどがご老人の話し相手です。というのも、魔力のある者、通称マシャは、伝説と呼ばれるような冒険をする方ほど魔力量が多く、そのお陰で大変長生きなのです。そしてそういった冒険をする方は結構お喋りというか、とにかく自分の冒険譚を話したがる人が多いのです。そういった方達の話を聞く。それが私達の主な職務です。

「俺が若い頃はな、ドラゴンもたくさんいてさあ。それを狩っては都に持って帰って宴を開いてさあ」

 今私が話を聞いている、紫色の髪の二十代の男性に見える方、この方も勿論伝説持ちです。見た目と年齢が一致する頃、つまり二十代の頃に竜種を狩りすぎたせいで竜種の長達に呪いを贈られ、以来狩った竜の寿命分だけ生きる羽目になったのだそう。見た目が若いのは、今彼が背負っている竜の年齢がそれくらいだからとかだそうで、お陰で向こう百年はシニア割を利用するのに免許証を出さないといけないと、先日ボヤいていましたね。

「っと、もうこんな時間か」

「今日はご予定があるんですか?」

「竜種保護組合の会合だよ。また竜種代表代理だよ」

「レオポルトさんも大変ですね」

「ま、若い頃やった馬鹿のツケだ。粛々とお役目を果たすよ。じゃあな、アンベちゃん」

「お気をつけてー」

 お見送りした後は、報告書の記入です。手元の液晶板端末、タブレットでテンプレートを表示し、そこに必要項目を埋めていきます。今のような世間話であれば、分類はカウンセリング、特記事項なし、事件性なしと入力すればいいだけなので、二分もしない内に報告書は出来上がります。報告書を送信した後、私の机の端に緑色のランプがつき、そして次の方がやってくるのです。

 今日はレオポルトさんが真っ先に来たので、次はマリアさんかな。

 そう思いながら待っていると、見慣れないご老人が席につきました。フライトジャケットを羽織っていますが、体型からすると女性ですね。しかし何よりも特筆すべきはその姿です。真っ白な髪、年相応と思われる皺、肌もカサついています。伝説課の窓口に座っているのに、ここまで魔力を持たぬ者、通称ムシャの老人と同じような姿をしているマシャは珍しいです。通常の老人と変わらないというのは、呪いも受けずに健やかに年齢を重ねている証拠です。伝説課に来るような方は大体何かしらの呪いを受けているので、こういった人は大変珍しいのです。

「出頭したらここに行けって言われたんだけど、伝説課はここでいいのかい?」

 声も年相応にしわがれています。

「はい。ここが伝説課です。今日はどのような」

「孫を探すのを手伝ってほしい」

「人探しですか」

「ああ。孫がちっと馬鹿をやってね。その始末をさせたいんだ」

「わかりました。あなたのお名前と二つ名を聞いても?」

「二つ名。ふふ、久しぶりにそんなの聞かれたよ」

「すみません、規則なので」

「いや、いいよ。私はカメイ。二つ名は箒星だ」

「箒星のカメイさんですね。少しお待ちください」

 今聞いた名前を入れると、タブレットに彼女の経歴が出てきました。

 箒星のカメイ。若い頃に操縦が難しいデッキブラシでアイサルエ大陸横断に成功し、その縁から箒の女神と契約。その後第六百回悪魔侵攻の際に箒の悪魔を降し、それとも契約。以後東の大国ウトンナク国領空守護の職につき、規律通り三十年勤務。その後故郷であるウースィク国に戻り、以後彼女の祖母であるローズ・カメイの家に住み、その後祖母と母が死亡。今では彼女がローズ・カメイとして君臨しているとありました。

「箒のスペシャリストなんですね」

 そう言って、あることを思い出します。箒といえば、最近高性能箒の人為的な事故が立て続けに起こり、ウースィク国をはじめとする各国で首謀者を捜索しています。

「もしかして、高性能箒暴走事件に関連してますか?」

 すると、カメイさんはちょっと悪者っぽい笑顔を見せてくれました。

「察しのいい子だね。その通りさ。孫がこういう手紙を残して姿を消したんだ」

 ジャケットのポケットから取り出したくしゃくしゃの紙を投げたので、慌ててキャッチすると、今どき珍しい、手書きの魔法文字が並んでいます。

「えーと、偉大なるローズ様へ、って、カメイさん宛のお手紙ですね」

「あんた、魔法文字読めるのかい? 今の若い子はほとんど習わんのだろう?」

「趣味で覚える人もいますよ。私は職務に必要なので覚えてますけど。ほら、ここって仮にも伝説とつきますからね。場合によっては魔法文字どころか、古代亀甲呪文とか読む羽目になることもありますから」

「なるほどね。じゃあ、読んでみな」

「いいんですか?」

「ああ。警察に見てもらうために持ってきたんだからね」

「わかりました。では失礼して」

 手紙差はカメイさんの孫、ミント・カメイさんが記したもので、今回の箒暴走事件は自分が関与していること、その動機、これからやることが書かれていました。

「なるほど。それで、お孫さんの捜索を依頼に。ちなみにおおよその検討はついていますか?」

「ああ。手紙にある通り、ミントは悪魔と契約したとあった。ということは、行き先は一つ」

「地獄、ですか」

「その通り。というわけで、誰か地獄の道行きに付き合ってくれるやつを貸しておくれ」

「今あなたの担当官は私なので、私がついていくことになりますね」

「そうかい。そりゃ運がないね!」

 カメイさんがケラケラと笑っていると、外から突如爆発音が聞こえました。

 ドォンッという音の後に、ドゴンッ、ガガガッと音が続き、次いで外から悲鳴が聞こえてきます。誰か魔法実験に失敗したのかなと思っていると、突如カメイさんが立ち上がりました。

「あーあー、始めちまったね。担当官さん、名前は?」

「アンベです。始まったとは?」

「手紙読んだだろ。孫がやらかす予定の馬鹿だよ。アンベ、今この瞬間、私の孫探しをしてくれると約束してくれるか?」

「お孫さんの捜索は、契約が必要なことなんですか?」

 気になって訊ねると、カメイさんは真面目な顔で頷きます。

「地獄に行くんだからね。私と契約してないと、あんた庇護無しで地獄に行くことになる」

 つまり、今彼女と契約することで、私にも箒の悪魔の庇護が働くなるようになる、ということのようです。それは随分とありがたい話です。普通の魔法使いは庇護無しで地獄に行くと、あっという間に悪魔のパートナーにされてしまうのですから。

「そういうことなんですね。わかりました。このアンベ、ローズ・カメイの孫ミントの捜索に力を貸すと、この場にて約束しましょう」

 契約の文句を返すと、腕にチリリと何か熱が這う感覚がしました。見ると、箒の絵と、箒を示す悪魔文字、更に神代契約印がありました。

「え、女神様のご加護も?」

「私と契約するってのはそういうことだ。さて、今からあんたを外に連れ出しても問題ないのかね」

「はい。ブランさん、私事件案件行きますね!」

 隣のブースに声をかけると、栗色の髪の彼女はにこりと笑い、手を振ってくれました。

「はーい。アンベさん、お気をつけて〜」

「はい。余裕があったら、地獄のお土産買ってきますね!」

「期待せずに待ってます〜」

「では行ってきます!」

 ブースを出て、カメイさんの隣に立つと、彼女はニッと笑い、外に向かいました。それについて行き、警察署を出ると、そこでは高性能箒と思しきものが人を乗せたまま、或いは単独で好き勝手に飛び回り、人をふるい落とし、人にぶつかり、物を衝突しと、大変な騒ぎになっています。

「うーわー」

「アンベ、高性能箒の特徴といえば何さね」

「え? それは、まあ、人が魔力を込めるだけでまともに乗れる、アシスト機能ですかね」

「その通り。ちなみに今、あれらは魔力が充分にあると思うかい?」

 そう言われて飛び回っている箒を見ます。そこでおかしいなと気付きました。人が乗りっぱなしの箒はわかるとして、人が乗ってない箒はなぜ飛べるのでしょうか。

「あれ? まさか魔力貯蔵機能? でもあれがあったとしても、あんなに激しく動いてたら、すぐに魔力つきちゃうし」

「見たところ、元の持ち主とパスが繋がってるなんて離れ業も考えられないね」

「この場合、どうやって止めるんですか?」

「元の方法がわからないから、普通の奴らじゃどうしようもない。でも、私がまだ生きてるなら、箒は私達の支配下だ」

 カメイさんはそう言うと、ジャケットのポケットから何かを取り出し、空に放り投げました。ちらと見たところ、鍵のように見えましたが。

「仕事の時間だ」

 カメイさんがそう言うと、上空で何かが光り、そこにカメイさんと同じフライトジャケットを着た女性が現れました。銀と緑の混ざった長い髪、目は青く澄んだサファイアのよう。フライトジャケットの下には白いふわふわのワンピース、しかし足はレザーブーツと、随分チグハグな格好ですが、それでも綺麗な人です。彼女は周囲を見ると、つまらなさそうに指を鳴らします。すると、途端に周囲の箒が地面に落ちてしまいました。

「カメイちゃん、これでいい?」

 そう言いながら、彼女はカメイさんの傍に降り立ち、するりと腕を絡めます。

「すまないね」

「カメイちゃんのお願いだもん。聞くに決まってるじゃん。それで?」

「ミントを探しに地獄に行こうと思うんだ。ついてきてくれるかい?」

「ふふ、当然じゃん。アタシとカメイちゃんの仲だし。ちなみに、カメイちゃんと契約してるその子も一緒?」

「頼めるかい?」

「勿論。さて、そこな者」

 そう言って彼女はこちらをじっと見ます。

「は、はい!」

「そなたの名は」

「アチオ県警伝説課所属のアンベです!」

「ではアンベよ、これよりしばし、同じカメイの下僕として、よろしく頼む」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「うむ。返事のいい子は嫌いじゃないし。さ、あの可愛いミントちゃんを探しに行こっか」

 彼女がにこりと笑い、指をパチンと鳴らすと、足元がなくなり、私とカメイさんは落下することになるのでした。

「落ちてる〜!?」

「地獄行くならこれが最速直通確実ってやつだからね。地面には激突しないから安心して」

「そんな〜!」



報告書

利用者名:カメイ

二つ名:箒星

担当者:C-FF212E2225

分類:事件

相談内容:行方不明者の捜索

特記事項:地獄にて勢力争いの兆しあり

詳細:



「自分のアイデアを取られた復讐に悪魔と契約、まではわかるが、そこからなんでラブロマンスになるんだ?」

「だって本当にそうなっちゃったんで」

「疑ってるんじゃないぞ。箒星殿の証言とも一致してるしな。ただ、妙なこともあるもんだと思っただけだ」

「クロダ先輩はこういうの遭遇したことないんですか?」

 聞いてみると、クロダ先輩は首を横に振ります。

「自分の時はこういうのはないなあ。復讐で悪魔と契約したら、その後は悪魔に乗っ取られてその悪魔が地上進出で云々かんぬんってのばっかだ」

「そして世界を救う羽目になるんですね」

「不本意ながらな」

 ため息をつきつつ、クロダ先輩は再び私の出した報告書を読み始めました。

「悪魔がミント・ローズを哀れんでその結果恋をして、そしてミントの方も満更でなく、事を成して満足したからと地獄に駆け落ちか」

「ミントさんの気持ちが発覚したのは、私達が行った時ですよ」

「順番は前後しても結果は同じだろ」

「全然違います」

「はいはい。で、最終的に、ミントは帰ってきたんだよな」

「はい。カメイさんが責任は取れって引っ張ってきました。会見見ました?」

「見た見た。あと箒メーカーの不祥事会見もな。ミントと似たような状況の箒職人が多かったみたいだな。そのせいか、ミントの減刑を求める署名なんてのも出てるが」

「事故で怪我人も出てますから、難しいですよ」

 これまでクロダ先輩の横で銅像のように立っていたオニさんが現実をこぼします。相変わらず、オニさんは厳しいです。

「そうだな。刑としては向こう五年の魔力制限と職務剥奪ってところか。まあこの調子じゃ、判決出たら地獄に行きそうだし、そうなったら悪魔がついてるからいいか」

「箒の悪魔さんも支援すると仰ってましたしね」

「箒の悪魔が? 元は地獄の風の支配権を争った相手なのでしょう?」

 オニさんが不思議そうに訊ねると、クロダ先輩はニッと悪役のような笑みを浮かべました。正面で見てる私には少し怖いです。

「ライバルの心配をすることだってあるさ。ま、箒星殿の孫であるというのも大きいだろうが」

「はあ」

「お前は何年経っても情を理解せんなあ」

「お生憎と、私は妖物なもので」

「知ってる知ってる。うん、報告書はこれでオーケーだ。アンベ、よく無事に戻ってきた」

「はい!」

「今日は帰っていいが、明日からまたカウンター業務に戻ってもらう」

「わかりました。あ、ブランさんに地獄のお土産渡してから帰っていいですか?」

「いいぞ。自分にもありがとうな」

「どういたしまして。早めに食べてくださいね」

 一礼し、私はささっと部屋を飛び出しました。



 翌日。私はブランさんとお昼ご飯を食べていました。

「それで突然落とされちゃって。無事着地した後、カメイさんと魔界で大冒険をして、ようやく帰ってこれたんですよ」

 お弁当を食べながらここ数日のことを話しましたが、ブランさんはどこか不満げです。

「大冒険の詳細はぁ?」

「あ、すみません。そこはマル秘特記事項に分類されちゃうんで」

「マ〜ジ〜? それ、うっかりアンベちゃんの寿命延びちゃうやつじゃ?」

 ブランさんの言葉に、つい呻いてしまいたくなります。だって言葉の通りですから。

「あれ、まさか?」

「二歳ほど延びちゃいましたね」

「やばいじゃ〜ん。アンベちゃんもその内、伝説課のお世話になっちゃうんじゃ?」

「クロダ先輩ほどじゃないんでまだ大丈夫! のはずです」

 あのクロダ先輩は事件案件、それも大事件に巻き込まれやすいことで有名です。お陰で、引退後即伝説課のお世話になる側になりそうなほど寿命が延びているとか。私はあれに比べればまだまだです。

「クロダ兄さんと比べちゃあねえ。でもアンベちゃん、ここに配属されてから何年延びたんだっけ」

「今回で二十八年ですね」

「うわ、あたしと並んでるじゃ〜ん」

「あ、ブランさんも二十八年延びてるんですか」

「そ。でもこれ以上延びると、流石に呪い食らいやすい年代まで行くから、最近は事件案件はクロダ先輩に流してる〜」

「今度から私もそれやりたいです」

「オニくんが許可したらね〜」

「オニさんの説得方法を教えてくれませんか」

「誰の説得だと?」

 声が聞こえ、私もブランさんもぴゃっと飛び上がります。見ると、そのオニさんが休憩室の入り口にいます。

「オ、オニさん」

「今度から、クロダにはブランの泣き言は放っておけと言っておくからな」

「そんな殺生な〜! オニくんはあたしが呪い受けまくりの魔女になっていいって言うの〜?」

「知らん。己の命運を祈れ。アンベ、お前を指名で呼んでる者がいるから、一旦そっちに行け。終わったら休憩時間は延長していい」

「は、はい!」

 お弁当に保存魔法をかけて、走ってカウンターに向かいます。すると、そこには一昨日に別れたカメイさんがいました。

「カメイさん! 何かありましたか?」

 声をかけると、カメイさんは首を横に振ります。

「何もないよ。この前迷惑かけちまったからね。これ、お詫びにと」

 そう言ってカメイさんが風呂敷に包まれた箱をこちらに差し出すのを見て、私は血の気が引く思いです。

「や、いや、お気持ちはありがたいんですが、規則上受け取れないんです!」

「そうなのかい?」

「はい。こういうの受け取ると、色んなとこからゾウシュウワイ〜って言われちゃうんです」

「……ああ、そうか。そういやここ、警察だったね」

「そうなんです。なので、お気持ちだけ」

「わかった。じゃあこれは、持って帰ってミントに食わせよう」

「はい。すみませんが」

「いいよ。ちゃんと調べて来なかった私も悪かった」

「あの、ミントさんは」

「元気だよ。もう二度と箒職人にはなれないだろうが、自由行動が許されたら、地獄で最速の悪魔用箒を作るってさ。なんせあっちは法律も何もないからね」

「そうですか」

「本当に助かったよ。もしまた何かあったら、あんたを頼ってもいいかい?」

 どこか申し訳なさそうな様子です。でも、彼女がそんな気持ちになる必要なんてありません。だって、伝説を打ち立てた人々は、いつでも私達を頼っていいし、何なら遊びに来たっていいんですから。そのための私達なんですから。

「勿論です! 私達伝説課は、いつでもカメイさんの来訪を歓迎します!」

 元気よく笑顔で言うと、カメイさんは少し目を見開き、かと思うとクスッと笑ってくれました。

「じゃあ、何かあったら、よろしく頼むよ。またね、アンベ」

 そう言うと、カメイさんは手を振って去って行きました。去り際、近くを通りかかったオニさんに、持ってきた包みを「ここに来るまでに拾ったから、あんたよろしくね」と押し付けながら。それを見送り、私はひとまず、お弁当を食べるために、休憩室に戻ることにしました。

 お昼を食べたら、また一仕事です!

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短編集 クロバショウ @96basho

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