あるお話屋さんの生い立ち
お話屋さん……自由に物語を作り、語る人のこと。人前に立って話す人、文章を書く人、絵を描く人、音を作る人、絵を動かす人など、それぞれ様々な形で物語を紡いでいく。
『私』ことお話屋さんの生い立ちについて話しましょう。それにはまず私が猫だった頃の話から始まるんですが。
いや前世とかそういう話じゃないんですよ。お話屋さんは時代によって色々形が変わるんです。最初から人だったって方もいますけど、虫だったり、本だったり、石だったりと色々あるって聞きました。変わり種だと、音楽だったって方もいますね。ま、私は最初猫だったんですけどね。
最初が猫のお話屋さんは、まあ結構いますね。珍しい話じゃないですよ。猫と言っても、血統書付きのいいとこの猫ってわけじゃないですよ。野良猫ですね。猫だった時は、気がつけばにゃあにゃあと言いながら、餌を求めて人にすり寄ったりしてましたね。その辺りは普通の野良猫と同じですよ。
運は良かったみたいで、悪いやつに追い回されたりとかはなかったです。みんないい人達でした。
いや、悪い人達については忘れちゃったのかも。嫌なことなんて覚えてる必要ないですからねえ。
お話屋を始めたのは、尻尾が裂けるか裂けないかって頃だった気がしますねえ。始めた頃のことは結構曖昧で、自信はないんですが、まあその辺でしょう。近所の子猫とか、あとたまーに猫の声が聞こえる人相手に、実際見聞きしたものを話すことが多かったです。今のようにいっぱいお話はできませんでしたけど、アレも楽しかったですよ。
そろそろ尻尾が裂けるかもって頃ですかね。変な老人がやってきましたね。いや老猫だったか? まあその辺も昔のことなので曖昧ですね。とにかくどなたかがいらっしゃって、しかもお年を召してらして。それくらいしか覚えてないです。
まあここでは老人ということにしておきましょうか。その老人がね、こうおっしゃるんですよ。
「このままいくと尻尾が裂けるが、それでいいかい?」
と。
まあ私は運良く長生きしたもんで、このままいくと順調に尻尾が裂けるもんだと思ってたんですが、その老人が言うことには、「今なら大チャンス、望めば違うものになれまーす」ってね。
ふふ、胡散臭いでしょう。人の身になってからすれば胡散臭いって思うんですけどね、まあ猫の身であればね、興味深いなって思っちゃったんですよね。だって尻尾が裂ける以上の変化なんてないと思ってましたからね、それ以外があるって言われると、興味が出ちゃうじゃないですか。
それで私は、老人の口車に乗って、「そのチャンス乗った!」って答えて、そうして人間になっちゃったわけです。
と言っても、猫からポンと変わったわけではなく、一回人の子として生まれ直したんです。老人にどの人がいい?って言われて、何人かいた中で、良さそうなご家族のとこに行かしてもらってね。ええまあ、長く過ごしてると嫌なところも見えますが、それでもいい家族だと思いますよ。そういうところでも私は運がよかったのかもしれないですね。
人間に生まれてからは、色々やりましたよ。
女の子を好きになったり、男の子を好きになったり、人以外を好きになったり。海に行ったり、山に行ったり。普通の学生やったり、活動家をやったり、お偉いさんの子分をやったり、穀潰しになったり。色々やったし、色々見たし、まあそういう意味では楽しい人生なのかもしれないですね。
でも、猫から人になってね、やっぱり一番驚いたのは、物語の多さですねえ。
こどもの頃、初めて物語に触れて、それはもう震えたものです。胸をうつ話、美しい話、残酷な話、おぞましい話、ありとあらゆる物語がありました。それは猫だった頃には知らなかったものですから、それらに触れて、私はもう、たまらなくなりまして。それからはもう、物語をよく見て、読んで、味わって。
そうして過ごしていたら、ある時、人間のお話屋さんに出会いまして。
その人が人間のお話屋さんについて教えてくれたんですけど、まさか私だって物語を語っていいだなんて、思ってなかったものですから、それはもう衝撃的でした。
だってあれは、きっと特別なお話屋さんしか作れないものだと思っていたものですから。
でも、私だって自由にお話屋さんをしてよくて、そしてあんなに素晴らしいものを私だって生み出せるかもしれないなんて、ねえ。聞いただけでもう、幸せな心地でした。
それからは、こうやって暇な時にお話屋さんをしてるんです。本当はこれで生きていけたらいいんですけどねえ。なかなかそれは難しいお話で。
人間って生きてるだけでものすごい大変だなんて、猫だった頃にはちっとも想像できませんでした。
猫に戻りたいか?
うーん、どうでしょう。いやできることなら戻りたい気もしますがね。でもできたら、そうだなあ、次は鳥のお話屋さんあたりになりたいですねえ。
え、お話屋さんを結局やるのかって?
ふふ、そうですね、もしかしたら鳥になったらお話屋さんやめちゃうかもしれないですしね。でも、やっぱり今みたいに、お話屋さんをやっていたいですねえ。だってこんなに楽しいことはないですから。
あ、もう時間ですね。こんな時間までありがとうございました。
ええ、また機会があったら、私のお話を聞いてください。お話屋さんは何よりもそれが嬉しいですからね。
さ、飴ちゃんをどうぞ。これを舐めながら、気をつけて帰ってください。
では、またどこかで。
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