最終章

第46話 選択

 翌日の夜。


 俺の部屋。


 四人が夢魔契約をしてから一ヵ月が経つ日の三日前に、紗耶香、アイリ、彩音ちゃんを呼び出した。


 とりあえず緑茶を用意して、部屋の真ん中にある丸テーブルに座ってもらう。

 三人は要件がわかっているのか、無言。

 たまに目の前に置いてある湯飲み茶わんに口をつけるだけで会話はない。


 ぴりぴりとはしていないが、なんとなく重苦しくて発散されないような空気が漂っている。


 俺自身も正座をしてお茶をすすりつつ、何から話し始めようかと思案しながら言葉を切り出した。


「『キス契約』をしようと思う」


 瞬時には反応は帰ってこなかった。

 しばらく沈黙が下りてから、


「で、誰とするの?」


 アイリが放ったひとことで場の緊張が一気に高まる。

 俺はそれには答えずに質問で返した。


「アイリは俺以外の男とキス契約するつもりはないんだな?」


「ないわ。今更何言ってるの?」


 今度は即答が返ってきた。


「紗耶香も同様か?」


「はい。私のお相手は、徹頭徹尾清一郎さんだけです。夢魔契約以前から気にしていた方ですし」


「彩音ちゃん?」


「私は、夢魔契約で清ちゃんのお相手が一人に決まってしまうことが困るわ。不倫なしならば、私は清ちゃんとのキス契約を望みます」


「そうか……」


 俺はお茶に手を伸ばして口内を潤す。

 一拍間を置くが、三人はその俺の一挙手一投足に注視している。


「結論から言うと……」


 俺が口火を切り、ごくりと誰かが唾液を飲み込む音が聞こえた。


「彩音ちゃんの案を採用したいと思う」


「「「!」」」


 三人が絶句して、それから、


「清ちゃん……」


 彩音ちゃんの本当に嬉しそうな響きが静まっていた部屋に響いた。


「私……こんな日がくるなんて……夢みたいで……」


 涙を浮かべて俺に微笑んでくる彩音ちゃん。

 紗耶香は俯いて顔が見えない。


「ふんっ! どうでもいいわっ! 勝手にしてっ! お幸せにっ!」


 アイリが立ち上がって、部屋を出てゆこうとする。

 それを俺が慌てて押しとどめた。


「ちょっと待て、アイリ! 勘違いするな」


 俺が声を掛けると、アイリが涙目で睨みつけてきた。


「文句はないのよ! 清一郎が選んだことだもの! でも、それならちゃんとはっきりと私の事は捨てて。慰められるのは……あまりに惨めだわっ!」


 アイリの頬に雫が伝わった。

 場は俺の一言で一気に乱れて、騒然となっている。


「だ・か・ら! マジ、勘違いしているぞ、お前ら! 俺の話しを最後まで聞けっ!」


 言葉をたたきつけると、室内の雰囲気が少し変わった。

 結論が出て愁嘆場になりかけた部屋が、俺の話を聞こうという雰囲気に変化する。


 俺は三人の顔を見る。

 その、疑念と不安の入り混じっている女の子たちの表情に向けて語り出す。


「俺は、彩音ちゃんをキス契約の相手に選ぶとは言ってない。彩音ちゃんの案を取り入れたいといっただけだ」


「同じことじゃない!」


 アイリが苦虫を嚙み潰したような声を向けてくる。


「同じじゃない! 彩音ちゃんは俺の相手が一人に決まってしまうのが困るといったんだ。俺も、一人を選べない。逆に、誰も見捨てられない」


「選べないし見捨てられないってどういうこと、清一郎?」


 アイリの剣呑な目線が疑問の問いかけに変わる。


「俺のことはいい。もはやどうでもいい。俺がこの先彼女なしで過ごすのも、ヘンタイ性癖を持った誰と結ばれようとも不満はない。だが……」


「「「だが……」」」


 三人が一緒に聞いてくる。


「だが、俺が選ばなかった女の子が、これから先彼氏なしってのは、ちょっと俺にはこたえる。勝手な思い込みで俺の我儘かもしれないが、俺は自分が選ばなかった娘にもちゃんと彼氏を作ってもらって幸せになってほしい。俺が今まで女気なしで過ごしてきて辛い思いをしてきたから、余計に彼氏を作ってもらいたいって思ってしまう」


「でも、私は清一郎さんに誰かを選んでもらうのを希望しますし、清一郎さんが誰も選ばなくてこの先彼女なしなのは、清一郎さんが辛いのと同じように私も辛いです」


「それは俺も紗耶香に同意する。だから……」


「「「だから?」」」


 ごほんと、口に拳を当てて咳払いしたのち、結論を口にした。


「三人同時にキス契約したいと思う」


「「「!」」」


 紗耶香とアイリと彩音ちゃんが同時に驚いたという顔を見せる。

 三人は互いに顔を見合わせる。

 なんと言ってよいのか、誰から口にするのか、慮っている様子。


「それは私と紗耶香と彩音をみんな選ぶという事?」


 アイリが複雑そうな表情を浮かる。


「いいかもしれないわ。一夫多妻制。私は清ちゃんの案に賛成よ」


 彩音ちゃんがニッコリと微笑む。


「でもそれって、可能なことなのでしょうか?」


 最後に紗耶香が疑義を呈して場を締めた。


 紗耶香の疑問はもっともだった。そこなのだ問題は。この方法は可能かどうかはやってみなければわからないのだ。だから、期限最終日ではなくて、三日の余裕をもって三人を呼び出したのだ。


「前例はないそうだ。クロぼうによると。だからうまく行くかどうかはわからない。上手くいかなかったら……」


「「「いかなかったら?」」」


「三人にはクジを引いてもらう。当たった人が俺のキス契約のお相手だ。恨みっこなし。外れた人は、性急だが残り三日で俺以外の誰かを見繕ってその男性とキス契約をしてもらうというのがクジを引く条件となる」


「「「断ったら」」」


「クジを引く権利がなくなるだけだ。そこまで自分以外の女の子の事を考えない自己中な娘なら、俺もその娘を選ばなくてもそれほど罪悪感は感じない」


 三人が同時に押し黙った。

 じっとした時間が流れる。

 やがて誰からともなく声を漏らす。


「いいかも……ね」


「私は初めから賛成です」


「その方法なら、清ちゃんも私たちも納得ができると……思うわ」


 三人が同意してくれて、俺もほっと胸をなでおろす。


 皆で互いに見合って微笑みを交わした。


「上手くいったらご喝采。上手くいかなかったら、クジで俺と縁があった人と」


 四人みんなで立ち上がる。

示し合わせたように手を握って輪を作った。


 顔を近づける。


 二人でのキスならば通常の行為なのだが、これが四人となると難易度が高かった。

 唇を上に出すようにして。おしくらまんじゅうの様に口を近づけて。

 その手を互いの気持ちを確認するようにぎゅっと握りしめて。


 かなり不格好な形ではあったのだが、俺は三人の唇に自分の口を触れさせて、『キス契約』を済ませたのだった。

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