第44話 彩音ちゃんの場合

 彩音ちゃんとは自宅での夕食後に会話をした。


 紗耶香が先に部屋に戻って、アイリは風呂に入っていて。


 シンクでの洗い物を手伝うついでに会話を切り出した。


「彩音ちゃん。アカぼうってのと……夢魔契約してるの?」


「ええ。クロぼうさんは黒猫だけど、アカぼうさんは赤猫よ。清ちゃんの所にクロぼうさんが来た日に、私の所にはアカぼうさんがやってきたの」


 二人で並んで皿を洗っている。


 彩音ちゃんはスポンジで泡を立てながら声だけを向けてくる。


「俺と彩音ちゃん、実の姉弟なんだが……」


 いまさら言うのは躊躇われたが、彩音ちゃんの気持ちの奥底が知りたかった。


「いや、彩音ちゃんに魅力がないというわけじゃなくて、彩音ちゃんは彩音ちゃんで素敵な女性だと思うけど、彼女にするには……」


「彼女にするには?」


 彩音ちゃんが先を促してきた。


「……俺の理性と常識が邪魔をする。男の欲望というか本能よりも、俺のモラルはかなり強固なようだと思える。彩音ちゃんと家族として一緒に過ごしてきた時間が大きいかも。これが離れ離れになって互いに相手の事を知らずに育った仲なら違ったんだろうが……」


「そうね」


 てきぱきと食器をかたずけてゆく彩音ちゃんが同意してくれた。


「でも私は共に同じ時間を過ごしたから、互いの事をよく知れたからこそ、清ちゃんのことを好きになったんだって思うわ」


「それはそうかもしれないが……」


 ここで引いてはいけない、と心中を固める。彩音ちゃんを説得できれば、問題解決に一歩近づくのだ。


「知っている? 近親相姦がタブーとされるようになったのは西洋文明が入ってきた近代からで、戦国時代とか、近親婚とか衆道とかは一般的だったのよ」


「いや、その時とは時代が違うから。って、衆道ってなに?」


「時代は巡り巡って、そのタブーだった衆道も現代ではノーマルになっているし。姉弟愛も認められていいのではないかと」


「衆道って?」


「戦国武将同士のボーイズラブのことよ」


「!」


 確かに、ボーイズラブは昔はヘンタイ扱いだったが今ではなんとなく認められつつあると俺でも知っている。


 だからと言って、姉弟愛まで認められるようになっているとは……言い難く……


「小説の姉モノとか、知らない? ゲームでもいいわ。ヒロインの一人に、必ずと言ってよいほど姉っているでしょ?」


「いや、でも……」


 形勢が悪い。なんか、別格に頭の良い彩音ちゃんに論破されそうになっている。確かにアニメとかでもブラコンの主人公って必ず出てくるよな、と脳内の俺が囁いている。


「とか言って」


 ふふっと彩音ちゃんが何か可笑しいという調子で、悪戯っぽく声を漏らした。


「本当は私の抑圧された心が禁忌に救いを求めたのが理由なのだけれど」


「今までの彩音ちゃん理論が台無しだ!」


 彩音ちゃんは動揺することもなく滑らかに言葉を滑らせてくる。


「目覚めてしまったのはどうしようもないわ。私の欲求は現代ではアブノーマルなんだけれど、それを控えるつもりはないの。あと、誤解されるといけないので言っておくけれど」


 彩音ちゃんは一拍置いて続ける。


「禁忌に昂揚を覚えるといっても、嫌いな人では私の心も身体も満たされないわ。私は高坂清一郎という人間が欲しいの」


「彩音ちゃんには、添い寝くらいで満足して欲しいんだけど」


「満足できなかったわ。人間って欲深いのね。それをまざまざと思い知らされたわ。前にも言ったように、私は二号さんでも愛人でもなんでもいいだけれど、『キス契約』で相手が決まってしまうというのはネックになるの。一夫一妻制ならば、私は清ちゃんと『キス契約』を望みます」


「俺以外に、大学のクラスメートでも、いい男っていくらでもいるでしょ。いや、彩音ちゃんに男を勧めるのは本意じゃないんだが、そうも言ってられないし」


「正直に言って、魅力的に清ちゃんと他の男では月とスッポンね。比較にならないわ。ここで清ちゃんを諦めろというのは、私にとっては人生捨てて後は余生を過ごせと言っているのと同義なの」


 むーん……


 思わず呻いてしまった。音にはしなかったが。


 俺、唯の目つき顔つき悪い、女の子に相手にされなかった彼女イナイ歴=年齢の凡夫なんだが。それが何故こんな事態に陥っているのか、さっぱり理解できない。いや、理解はしているのだが、納得は出来ない。


「私も若い女性よ。紗耶香さん程ではないんだけれど、夢想もするわ」


「夢想……って、例えばどんな事?」


 聞いてみた。


「例えば、ね。私が清ちゃんの子供を20歳で産んだとして、その娘が16歳になった時には私はまだ36才よ。母娘で清ちゃんとのプレイ……背徳的でイケナイ事で……ぞくぞくするわ。そういう在り方も、みんなが納得して希望しているのならありだと思ってはいけないかしら?」


 俺の想像の斜め上をはるかに超えた暴投だった。


 彩音ちゃーん!


 俺の知っていた、優しくてよく出来た彩音ちゃんはどこ行っちゃったの?


 いや、今でもとても優しくて弟想いではあるんだが、なんか変な目覚め方しちゃって俺もうどうしてよいかわからんよ!


 まあでも、俺と結ばれることが彩音ちゃんの不幸ではない事だけはしっかりはっきりわかってしまった!


 どうしよう。


 どうしようと思うが、どうしようもなくて、俺は一人その場を離れるのだった。

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