第38話 ひとつ屋根の下⑵
今日も朝起きて歯磨きをしている脇で、誰かがシャワーを浴びている。
彩音ちゃんは四人分の朝食をキッチンで作っているので、彩音ちゃんじゃない。
アイリは朝が弱く、朝食時になって眠そうな目を擦りながら階段を下りてくるので、アイリではないのだろう。
そんなことを考えながら、洗面所を出てダイニングに入る。
四人掛けのテーブルには、焼き鮭、納豆に焼きのり、みそ汁とごはんが既に並んでいた。
「清ちゃんもテーブルについて。朝食にしましょう」
エプロン姿の若奥様みたいな彩音ちゃんがキッチンから顔を出し、アイリが目をしばしばさせながらLDKに入ってくる。
さっぱりした様子のバスローブ姿の紗耶香が、その黒髪をタオルで拭きながら席について、四人で一緒に『いただきます』をした。共同生活を始めてからのお約束になっている挨拶だ。
わいわいとにぎやかで姦しい、いつもの朝食が始まる。
ちょっとそのコーヒーポットとってとか、お味噌汁おかわりとか、言葉が途切れない。
「なんか、俺たち、不思議な関係になってこうして一緒にご飯食べるようになったな」
感慨に耽りながらも、もうそろそろ一ヵ月か……と脳内でセリフに付け足す。
「清一郎にありのままの姿を見て選んで欲しいという意味もあるけど、他の女を監視する意味もあるからね」
「お互い様ですね」
アイリと紗耶香が目で笑みを交わした。
こいつらの関係も最初とはだいぶかわったなと、正直思う。
隙あらば互いに相手を蹴落とそうという戦国時代の梟雄――みたいな弱肉強食の間柄から既に抜け出して、法治国家の国民にまで進化している。
その紗耶香が、何の気ないという様子で会話を振ってきた。
「清一郎さんは、私たちと彼氏彼女の関係になるのと、一生独り身だったら、どちらがいいですか?」
「………………」
即答できなかった。
紗耶香の質問に、返答できずに押し黙る。
紗耶香はその俺の無言に動揺した様子もなく、普通に続けて聞いてくる。
「私たちを彼女にするの、私たちと『キス契約』するの、そんなに嫌ですか?」
うーんと思わず呻いてしまった。
普通にしていてくれれば。ヘンタイ性癖で突撃してこないでくれるのなら、紗耶香もアイリも彼女として申し分ない。いや、申し分ないなどと上から目線で言っては申し訳ない。
俺ごときには勿体無い女の子たちだ、とりあえず彩音ちゃんも含めて。
でも彼氏彼女の関係になったら、一緒にお茶したりデートしたり、更にはその先もあるわけで。
その時になって三人の希望に合わせて三人の欲望を満足させられる自信はない。
最初よりはずっとずっと仲良くなって互いに知る仲になったとはいえ、三人の要望に合わせてアブノーマルなプレイとやらをするのには未だに抵抗がある。
俺の男の本能を、抵抗が上回る。
そんなことを考えながら、頭の中から言葉を探し出す。
「紗耶香ならいくらでもイケメン選び放題だろ。俺みたいのなんかに構わないで……。つーか前から思っていたんだが、なんで『キス契約』の事知ってるの? 彩音ちゃんに聞いたとか?」
ふふっと紗耶香が悪戯っぽく声を漏らした。
「シロぼうさん」
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