第36話 彩音ちゃんと添い寝⑵

「ぶわぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーっ!」


 夜中にもかかわらず叫んでしまった!


 薄暗闇の中で、彩音ちゃんの身体がはっきりくっきりとは見えないのが救われるところだ。


「そんなに驚かないで。赤の他人というわけではなくて姉弟の仲なので」


「いや。もっと問題だろう、それは!」


 俺の眠気はすっかり消し飛んで、混乱に拍車がかかる。


「起きてしまったのなら、麦茶でも飲む?」


 彩音ちゃんは何も着ていないその上半身をベッド上に起こす。


 うっすらと、たわわな膨らみの双丘が見える、って、俺、何言ってるんだ!


 正気に戻れ!


「と、とにかく、なんか着てくれ! つーかまず毛布で身体を隠してくれ! 目のやり場がない!」


 俺は顔を背けつつ、彩音ちゃんに毛布をつかんで差し出す。


「そんなに慌てないで。実の姉弟の仲なので。でも、その血を分けた実の姉弟というのが私的には重要な萌えポイントなの」


 彩音ちゃんは、ふふっとこんな俺の狼狽姿を嬉しそうに笑って。


「大丈夫よ。本当に今日は何もしないから。抜け駆け禁止の協定もあるし、まあその協定は破られる為にある感じなのだけど、清ちゃんが疲れている時ではなくて情熱にほとばしっている時に期待しているから」


「ほとばしらないから! 実の姉の、俺の保護者で母親代わりみたいな彩音ちゃん相手に欲情しないから!」


 俺は必至で言い訳する。多分彩音ちゃんには通じないであろうことは重々承知の助ではあるのだが。


「理性は確かにそうだろうけど、若い男には自分ではどうしようもない制御不能の欲望というものもあるの。私が若い女で、清ちゃんが思春期の若い男性であることは変わりはないわ。時と状況によって、合意の上で私と清ちゃんが男女の契りを結ぶ可能性もあることを、女性の私は知っているわ」


「なに言ってるの、彩音ちゃん! ダメそれ! よく出来た母性愛溢れる彩音ちゃんがそういうこと言っちゃダメ!」


「でも……」


 彩音ちゃんが、少しだけむくれたという言葉を続けてくる。


「私に出来た姉を強制するのは、極論すれば……ハラスメントよ。清ちゃんには、本当の私を受け入れてほしいと思っているわ」


「いや、それは、彩音ちゃんの言う通りなんだけど。でも受け入れるつーわけにはいかないところもあるというかなんというか」


 彩音ちゃんに正論で論破されてしどろもどろの俺。ちょっと! しっかりしろ!


 すると彩音ちゃんはそんな俺が可笑しかったみたいで、くすりと笑みをこぼした。


「慌てることはないわ。ゆっくりとじっくりと分かり合っていきましょう。男と女として。清ちゃんとの子供が欲しくてたまらない私が、ぎゅっと理性で我慢していることはわかってもらえると嬉しいわ」


「え? なに……?」


「清ちゃんとの子づくりがしたいのを我慢しているわ」


「何言っちゃってるのーーーーーーーーーっ!!」


 俺の叫びがこだまして。


「そこまでよ!」


「そこまでです!」


 扉がバンッと開いて、暗がりの部屋に飛び込んでくる人物がいた。


 ドア後方から光が差し込んで二人のシルエットが俺の網膜に映し出されている。


 アイリと紗耶香!


 何度目だ! このシチュエーション!


「子供なんて作らせるわけないでしょ! 抜け駆け禁止でしょ!」


「最初に清一郎さんに告白したのは私です。私に権利があります」


 紗耶香とアイリは仁王立ち。


 対する彩音ちゃんは涼しい顔。


「ええ。だから添い寝だけで男女の交わりはないわ。自重しているの」


「とか言って、あんた、真っ裸じゃない」


「そうね。せっかく一糸まとわない姿なのに、明るい所でじっくりと見てもらえないのは残念だわ。私も自分の成熟した身体には自信があるの。きっと清ちゃんの男性の部分は起立してもらえると確信しているわ」


「ちょっと! 何言ってるの彩音ちゃん!」


 だが、その俺の突っ込みに彩音ちゃんがうろたえるような素振りはない。


「開き直りましたね、彩音さん」


「そういう紗耶香さんも清ちゃんの監視? 私のことをもう少し信用してほしいと思うわ」


「泥棒猫が何言ってるのよ!」


「キス契約ではない男女の触れ合いを否定する権利は、アイリさんや紗耶香さんにはないわ。私も、夕方のアイリさんと清ちゃんのゲームは『観』てたけど邪魔しなかったわ」


「俺! 俺! 俺が置いてきぼりだから! いつものごとく!」


 たまらず声を差し挟んで、バチバチと火花を散らしていた三人が俺に注目する。


 そのまま三人の注視が続き……


 じっとした時間が流れて……


 ふうと、最初にアイリが緊張の糸を切る吐息を発した。


「まあそうね。結論から言うと清一郎が選ぶことね。清一郎が選んでくれれば文句はないわ」


「そうですね。私も清一郎さんの選択に従います」


「同感よ。ただ私は、二人と違うのは清ちゃんを独り占めしたいという気持ちはそれほど強くなくて、清ちゃんの彼女に選ばれなくても二号さんで満足なの」


「だからそれは女としても姉としてもあんたの頭がオカシイからっ!」


「私は清一郎さんが私以外の女の子と仲良くするのは……嫉妬を押えられません」


 紗耶香にアイリが、彩音ちゃんと対峙する。


「とにかく彩音が清一郎と一つ屋根の下に暮らしている関係を何とかしないと、寝る暇もないわ」


「私は、清ちゃんと一緒に長らく暮らしているわ。それが清ちゃんの助けにもなっていると自負もしているの」


「それならば……今日から私もこの清一郎さんの部屋に住みます」


 紗耶香の突然の宣言だった!

 それは困る!

 俺の現在の唯一の安寧の場所、自宅に押し掛けられてきたら収集がつかない!


 まあ、その安寧の場所も、彩音ちゃんがおかしくなってから失われつつあるんだが!

 あと、この「家」じゃなくてこの「部屋」っていうのはどういうことなの?

 細かくて申し訳ないんだが!


「私もここに引っ越すから。昔は入り浸っていたんだし。異論はないわね、彩音!」


 アイリと紗耶香が、ずずずいっと彩音に詰め寄る。


 彩音ちゃんはあくまで落ち着いている。二人に押されてたじろいている様子はない。


「構わないわ。この際一緒に住んで、誰が良いか清ちゃんに詳しく見てもらうのも一案かと思うので。キス契約の前に互いの身体の相性を確かめ合うのもアリかと」


「私以外の女と清一郎がスルのは認めないわ!」


「同じく拒否します!」


「ちょっと! 俺! 俺の意見!」


 声を差し挟んだが、三匹の猛獣にジロリと睨みつけられて押し黙る。


 小動物の俺が、その小動物を誰の獲物にするか協議している猛獣たちに逆らえるわけがなかった!


 俺の意向を無視する形で、とりあえず三人の方向性は一致を見る。


 紗耶香、アイリ、彩音ちゃんが、再び抜け駆けしないという全く役に立たない同盟を結んでから、その場はお開きになるのだった。

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