第29話 お弁当タイム⑵

「ちょっと! それ、大丈夫なの!」


「大丈夫よ。直接の唇と唇のキスでなければ、『キス契約』の効果はないの」


「ちゃんと確認とれてるんでしょうね!」


「ええ。確認はとってあるわ。最初にあーんの間接キスをしたのは私だけど、清ちゃんに変化はある?」


「むーん」とアイリが言い負かされて唸る。


 つーか、間接キス? 俺と彩音ちゃんが? ダメだろ、それ。姉弟の仲で普通に!


 と思って混乱しかかっている所にアイリ。


「なら、清一郎! その鶏カラを一度口に入れて唾液まみれにしてから私の口に突っ込みなさいよ! 彩音と紗耶香ばかり優遇して私がおざなりになってるじゃない! 彩音と紗耶香が協力して私のこと排除するって協約違反じゃないの?」


 本当にこの娘たち、いつの間に協約を結んだんだ?


 なんとなく流れでそうなっているのはわかるが、俺、置いてきぼりじゃね?


 つーか、鶏カラ一度口に入れるの、俺?


 そんなことしなくちゃいけないの、俺?


 傍若無人な要求にアイリを呆然と見やる。


「俺が口に入れた唐揚げ、お前、食うんだ……」


「存分に味わって食べるわよ! っていうか、そのまま清一郎の口の唾液を嘗め回したいんだけど。それから、無理やり私の口に『突っ込む』というところがポイント。虐められて嬲られるみたいですごくヤッてみたいから、そういうプレイ」


「プレイ……」


 俺はそこで絶句した。


「私は、自分が食事をしている『姿』をじっくりと舐るように眺められるのが好みです。私の恥ずかしい姿、全部曝け出しますので、じっくりたっぷり見てください」


 紗耶香の継いできたセリフには返答もできない。


 ダメだ、この娘たち。彩音ちゃんも含めて。


 この娘たちのペースに乗せられていると、ヘンタイ性癖の餌一直線だ。


 思いながらも、敵は三人で味方は俺一人。


 今後の身の振り方を真剣に考えなくてはならない。


 学園から逃げ去って部屋に引きこもることも含めて。


 覚悟を決めなくてはならないのか……と懊悩している俺の前で、三人はいたって沈着な食事の様子。


 その中の一人である紗耶香が、昨晩の事を思い返している様なセリフを何気なく口にしてきた。


「昨日の夜は清一郎さんの写真を眺めて、いつもの様にティータイムでした」


「ティータイム……。嘘だろ……」


 思わず口にしてから、二の句を継ぐ。


「いつもの様に……って言ってたが……」


「はい。日課です」


「日課かよっ! 勝手に捏造写真とか何てことしてくれているんだよ! いやまあ、自分の部屋で一人でしているんだから文句も言えんのだが……」


「清一郎さん……すごいです、ドンピシャです。まるで私のこと、見ていてくれたみたいです」


 紗耶香の顔が華やいだ。目をきらめかせて、凄く嬉しいという表情。


「いや……見てない……というか、たんに想像で……」


 俺は『遠見』で勝手に覗いた後ろめたさがあって、なんとも歯切れが悪い。


「清一郎さん、私の事、想像していてくれたんですか! 嬉しいです。もっと私のいやらしいヘンタイ痴女のところを想像してください。実際にその通りなので!」


 紗耶香のセリフが、俺の紗耶香に対する気遣いを台無しにしてゆく。


 アイリはアイリで自分の顎に人差し指を当て、思い出す仕草。


「私は昨日の夜は、オーダーメイドの人形で色々いつも通り楽しんだりしてたわね」


 これにも突っ込まずにはいられなかった。


「嘘つけ! っていうか、嘘はついてないんだがいつも通りってなんだよ! いつもあんなことしてんのか?!」


 アイリがその目に不審を宿して俺の目を覗いてきた。


「なんで知ってるのよ。本当に清一郎、私たちのこと覗き見してるんじゃない? 監視カメラとか?」


 いぶかしむ様子がアリアリとその表情に浮かんでいるアイリだったが、彩音ちゃんが助け舟を出してくれた。


「清ちゃんには監視カメラを使う能力も仕掛ける度胸もないから安心して。直接の覗きなら……清ちゃんと私の部屋は隣同士なので、私で満足してね」


 助け船になってなかった。


「それが一番気に入らないのよ! 実姉の地位を悪用してなに企んでるか分かったものじゃないのよ!」


 激しく口角を飛ばすアイリとそれを涼しく受け流す彩音ちゃん。


 やがて皆で『ごちそうさま』をしてお弁当タイムが終わる。その片付けの最中に、紗耶香にこっそりとラブレターみたいなものを渡される。


「アイリさんと彩音さんには、内緒です」


 俺に耳打ちしてくる紗耶香だったが、中身に心当たりはない。


 紗耶香はそれ以上俺に構うことはなく、厚生棟の出口で彩音ちゃんとも別れて二年二組の教室に三人で戻る。


平穏を取り戻して、午後の授業が始まるのだった。

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