第28話 お弁当タイム⑴
校舎から出て真新しい厚生棟に入る。一階の食堂は混雑していて座る余地がなかったので、二階にあるカフェテリアに入る。
結構込み合っている室内が一瞬静まってから、さざ波のごとく騒めいた。
俺達は気にすることもない素振りで奥の丸テーブルに陣取る。いや、三人は周囲の注視などどこ吹く風なのだが、俺だけはその視線の圧に押されているのが実際なのだが。
これが学園カースト最上位の三人と、陰キャの俺の違いか!
思っているうちに、彩音ちゃんがテーブルの中心におせち料理に使う様な大き目の風呂敷包みが置く。
「実は清ちゃんには内緒だったんだけれど、今日の朝少しだけ早起きして頑張ってみたわ」
そう揚々と言った彩音ちゃんが風呂敷包みから重箱を取り出す。
どう? という様子で並べる。
一の重。
玉子焼きとたこさんソーセージにミニハンバーグ。プチトマトの詰まった洋食ご膳。
二の重。
俵型の食べやすい形のおにぎりが詰まっている。
三の重。
里芋とシイタケとニンジンとごぼうの、筑前煮。
「これ……」
紗耶香が驚いたという声を出す。
「彩音さんが作られたのですか? 物凄いです。私は料理は苦手で、ほとんど自分では作れません」
素直に驚嘆していると言う模様。確かに驚くかもしれない。家の料理は小さい頃から彩音ちゃんに任せてきたし、才能のある彩音ちゃんは努力も怠らなかったので、それはもう板前の腕前なのだ。
「ふんっ。大した事ないわ。私なら洋食御前にするけど」
アイリの鼻息は荒かった。
実はアイリはただのテンプレツンデレに見えても、料理も一通りできるのである。ギャルゲーに登場する世話焼き幼馴染の影響で、押しかけて朝食作るシチュエーションに憧れたりした時があって、料理の腕前も結構なものなのだ。
幼馴染の俺は知っていて、アイリの得意なオムライスが好きだったりもする。そのオムライスが上達するまで付き合わされて、煮凝りみたいなモノを食べさせられたのも今となってはいい思い出。本当にそうか? もう数年ごちそうされてはいないが。
でもアイリは視線を重箱から離さない。こいつ、作るのは得意ではあるのだが実は食べる方も大好きで、食い意地張っているのは昔からなのだ。
「スーパーたからやの特売セールで仕入れたから、あまり材料費はかかってないの。存分に食べて」
「はい。三人でいただきましょう」
紗耶香がにっこりと相槌を打つ。それが合図になって三人で『いただきます』をしてから、なんやかんやとにぎやかな食事会が始まった。
「清ちゃん」
なんだ? と彩音の方を見ると、箸に卵焼きをつまんでいて。
「あーん」
微笑み朗らかに俺の口前に差し出してきた。小さい頃から彩音ちゃんとは一緒に食事をしてきたが、初めての所作だったのでちょっと驚いてしまう。
「ちょっと、彩音! 何抜け駆けしてるのよ!」
「ちょ、彩音ちゃん。どういう……つもりで……」
アイリと俺が同時に反応するが、彩音ちゃんの圧に押されて逆らえそうにない。
その差し出された動作に従って卵をパクリと口に入れる。甘く柔らかな触感が口内に広がった。うん。確かに彩音ちゃんの味だった。
なんだかなーと、もぐもぐ咀嚼していると、
「今度は清ちゃんの番です。紗耶香さんに、あーんをして差し上げてください」
彩音ちゃんが、マイルドだがとても逆らえそうにない強力な笑みで下命してきた。
え? 彩音ちゃん、そういうつもりだったの? と心の中でたじろぐが、流れはとうに彩音ちゃんが抑えている。
『あーん』などという女性に対して近しい事を生まれてこの方したことのない俺。戸惑いながら紗耶香を見ると目が合って、ニッコリと微笑まれる。
「今は休戦協定中のお弁当タイムよ、清ちゃん。紗耶香さんの後はアイリさんにあーんをしてあげて」
彩音ちゃんが彩音ちゃんスマイルで俺を押してきた。というか、微笑みの命令。俺は覚悟を決めて紗耶香に箸でタコさんソーセージを差し出す。
紗耶香は、その動作を楽しむがごときゆっくりとした動きで俺の差し出している箸に唇を近づけて……
「ぱくっ」
っとそれをついばんだ。
手の平を口に当て、もぐもぐと咀嚼する。やがてゴクリとそれを飲み込むと、彩音ちゃんが頃合いを図っていたかの如く、ごく普通の事だという声音でセリフにしてきた。
「関節キスね」
「はい。……間接キス、してしまいました」
紗耶香も同調して、嬉し恥ずかしと言う様子で頬にもう一方の手を当てる。
アイリが、その間接キスという言葉にはっと思い立ったが如く反応した。
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