第26話 今度は遠見でアイリを覗く

 アイリの部屋だった。


 何故か、薄暗かった。


 照明が落としてあって、床に幾本かのロウソクが灯されている。


 そして壁際にアイリがいて……


 ドカンドカンと何かを、感情に任せたようにトンカチで打ち付けているのであった。


 なにやってんだこいつ……と思いながら、ほの暗い中、目を細める。


 徐々に視界が慣れてきて、アイリが叩いている先に藁人形があることが判明する。


 藁人形は壁に二つ。


 人形の上には大きな釘で写真が突き刺されていて、その釘の頭をアイリがこれでもかこれでもかと叩いていたのだった。


「この女っ! この女っ!」


 よく見ると、アイリが打ち付けている写真の女というのは、にっこりと微笑んでいる紗耶香その人。


「清一郎とトイレにしけこんでイチャイチャしちゃって! 幼馴染の私だってお風呂は一緒に入ったけどトイレはないんだからっ! 気に食わないったらありゃしないっ!」


 アイリの鬼気迫る形相にドン引きしながら、同時に写真の紗耶香には同情を禁じ得ない。


 たしかにお昼の出来事には辟易させられた。


 だが沙耶香に俺を困らせようという悪気があった訳ではない。


 紗耶香にとっては天然というか、欲望のままに突き進んだ結果なのであって、それを恨むことが出来ない俺がいるのも本当の事なのだ。


 これは……


 紗耶香には見せられんな……


 胸中でつぶやくも、もちろん沙耶香には届かない。


 アイリは、ひとしきり写真の紗耶香に感情をぶつけた後、こんどは隣の人形を標的にする。


「この女狐っ! 清一郎を狙う、姉魔女っ!」


 彩音だった。


 ガツンッ、ガツンッと、壁を揺らす音が響くが、アイリは広いお屋敷に一人っ子なので止めに入るものは誰もいない。


 小学校の頃アイリと二人でハマった「伝奇ノベルゲー」に似た場面があったな……と思い起こしている中、アイリは腕を振り続ける。


 やがてアイリは、一仕事終えたという感じで「ふぅ」と息をついた。


「『キス契約』みたいな効果があるとは思ってないけど、やっぱりこれやると気分はいいわね」


 手で額の汗をぬぐう。


 そののちアイリは壁から人形を引っこ抜き、それを持って階段を下りてゆく。


 洋風で豪勢なリビングに入って、暖炉に火を点ける。


 そして……


 悪魔の笑みを浮かべて写真の張り付いた藁人形を一つ、もう一つとくべてゆく。


 アイリの瞳に狂気の光が宿っていて、背筋に怖気が走った。


「ダメッ! ちょっと、ダメッ! これ、怖いやつ!」


 俺は遠見を遮断して、自室に逃げ帰った。


「アイリちゃんもわりかし自分に素直な女の子だったね。一周まわって結構魅力的だと思うんだけど、キス契約、どうかな?」


 クロぼうは口元だけ丸めているアルカイックな猫の顔。アイリの挙動に衝撃を受けている様子は微塵もない。


「彩音ちゃんも『看破』してるから見れるけど、見てみる? 隣の部屋だから実際に覗くのもアリだけど、『遠見』だとバレる心配はないよ」


「無理」


 俺は即答した。


精神が持たない!


 彩音ちゃんに限ってという思いはあるのだが、紗耶香、アイリと続けて女の子の正体を見せつけられて恐怖すら覚えている俺がいた。


 彩音ちゃんならばそういうことはないと信じてはいるのだが、一方で自分は他人の事、もっというと女の子のことなんてなにもしらないのだと思い知らされる。


 こんなんで彼女が作れるのか? と今更ながらに思ってしまう。


『遠見』という、盗撮まがいの覗き行為に対するやましさもある。


『遠見』は相手の事を知るには便利だが、問題がアリアリだと判断する。


 人間、特に男女間の関係では、お互いに知らないでいることの方がいいこともあると勉強になった。


 精神も持たない。


 もう『遠見』はしないと誓った上で、紗耶香とアイリの部屋での行為を見てしまったという衝撃に慄きながら、俺はこれからのことを想像して天を仰いだのだった。

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