第23話 紗耶香と一緒のお昼休み
状況は昼休みも続く。
チャイムが鳴って教師が出て行った途端に紗耶香とアイリが寄ってきた。
「清一郎さん。一緒に昼食にしましょう。厚生棟の食堂はいかがですか?」
「清一郎。購買、早くいかないと焼きそばパン売り切れちゃうんだけど」
教室中の注視を浴びて、ただただ、むうと唸るばかり。
どうしたものかと目をつむって思案する。
紗耶香と食堂。悪くはないが、周囲の群衆に一段と注目を浴びそうでちょっと怖い。
アイリと購買。これも悪くはない。その後屋上か広場でパンを食するのだろうが、紗耶香はどうする?
紗耶香を立てればアイリが立たず。アイリを立てれば紗耶香が立たず。かといって、教室中の注目を浴びている中で二人を振る程の勇気はない。
再三言っているのだが、二人をキス契約で彼女にして超難易度の高い男女関係に突入するのに懊悩しているのであって、俺ごときに声をかけてくれる女子生徒の二人を嫌っているというわけではない。
悩んでいると、いきなり紗耶香に腕を掴まれた。
「清一郎さん。来てください」
引きずられるようにして席を立ち、教室の出入り口へ。そのまま廊下に出て、なし崩しに紗耶香と連れ立って歩く格好になる。
「ちょっと! 待ちなさいよっ!」
アイリが後方から追いかけてきた。
「何のつもりなのっ! 勝手に清一郎連れてかないでよっ!」
「待ちません。清一郎さんは昼は私と一緒に過ごすんです。決定事項です。アイリさんの出番はありません」
「そんなんで優等生生徒会長アイドルが務まると思ってるのっ! 化けの皮がはがれるわよっ!」
「もうその段階は過ぎてます。清一郎さんと一緒になれるのですから、もはや気にしないでよいレベルの事項です」
言いながらのしのしと速足で進んでゆく紗耶香。それにドナドナ~と引かれてゆく子牛の様な俺。紗耶香の突然の勢いが凄くて、ちょっと容易には逆らえそうにない。
「止まりなさいよっ! 止まらないと『人さらい』って大声で叫ぶから!」
「ご自由になさってください」
「人さらいっ! 痴女っ!! 変質者っ!!!」
こいつ、本当に叫びやがった!
ただでさえ廊下にいる生徒たちに注視を浴びていた俺たちだったが、どどっと教室から人数が出てきて俺たちは一身に注目を浴びる。
何の罰ゲームだよ、これっ!
「ここに人さらいがいますよーーーーーーーlっ! 皆さん全員で阻止してくださいっ!」
アイリの大声に、俺は周囲の男子生徒たちから一斉に非難の目を浴びせられた。
って、違うから!
さらわれそうなの、俺だから!
俺が犯人みたいな扱いになっているの、何故?!
紗耶香はその周囲の喧騒にたじろぐ様子も見せずにそのまま校舎の角にまで達し、いきなり男子トイレに俺もろとも突っ込んだ。
何を考えているのか全く理解できない!
「「「!」」」
中で立ちながら用を足していた三人の男子が声にならない悲鳴を上げ、トイレを跳び出してゆく。
紗耶香は、空になったトイレ、その個室の一つに俺を連れ込み、ガチャりと鍵をかけて、
「ふう~」
と、大きく安堵の息を吐いた。
「ここまでくればもう安心です。アイリさんに邪魔をされる心配はありません」
落ち着いたという様子で、便座に腰を落ち着ける。
「やっと二人きりになれましたね」
ふふっと座ったまま嬉しそうな笑みをこちらに向けてきた。
「いや……。なんと言って……突っ込んでよいのかわからないんだが……」
「え? いきなり突っ込んでもらえるんですか? それは大歓迎なんですが、でもまずは準備から始めないと……」
「………………」
なんか、もはや何を言っても無駄な様な気がして、ある意味途方に暮れかかる。
何を言おう。
この場をどうやり過ごそう。
と考えて、出てきた言葉が。
「……聞いてなかったんだが、なんで女子トイレの方に行かなかったんだ?」
俺は自分の吐いたセリフに頭を抱えてしまった。
「それは、女子トイレだとアイリさんが入ってきてしまって二人きりになれないからです」
正論とばかり、紗耶香は言い放ってきた。
どうでしょう? そのとおりでしょう、というドヤ顔をしている。
まあ、もう、何でもいいけどね。
思っていた俺に紗耶香がとんでもない事を言い放ってきた。
「実は、二人きりになったら、ここで用を足そうと思っていて休み時間にはお茶を一杯飲んできました」
「……は……い……?」
「最初から昼休みには清一郎さんとここに来るつもりで、いっぱい飲んできました」
ぽっと頬に当て、自らを恥じらう仕草。
「いや……意味がよく……わからないんだが……」
「私、これから清一郎さんの前で『おもらし』します。できれば清一郎さんも一緒にお願いします」
?
俺、聞き間違えた?
何か、おもらしとかなんとか聞こえたんだが……?
「初めての個室です。時間はありますので、じっくり楽しみたいかと」
「なにいっちゃってるのーーーーーーっ!!」
俺も初めて紗耶香の正気を疑ってしまった。いや、以前から疑ってはいたんだが。
「じっくり私の姿、見ていてください。殿方に理解していただいている女性の幸せの瞬間ですから」
「いや、違うから。それ、女の子の幸せとか全然関係ないから。紗耶香さんだけだから。そういうの」
「嬉しいです! 私の事、やっぱり理解してもらえているんだって、今確信しました!」
「確信しないでっ! お願いだからっ! 俺の女の子に対するあこがれ、奪わないでっ!」
「奪っちゃいます。無理やりにでも」
ニコッと女の子の微笑み。ズキンと胸に響いた!
って、なんでこの状況で、笑顔向けられてときめいているの、俺!
実は俺もヘンタイなんじゃないかって、今思っている所!
そのとき――
「どかんっ!」
目の前の扉を勢い蹴っ飛ばした音が個室内に響いた。
「どがんっ、どがんっ!」
爆音が連打される。
「出てきなさいよっ! 二人して何やってんのよっ! こんなところにしけこんでっ!」
アイリの怒声だった。
「アイリ?! お前こそこんな場所まで来て何やってんだ!!」
驚きと混乱で惑ってはいたが、アイリの獰猛な所業に、思わず聞いてしまった。
「もう、世間体とか気にしてられないでしょ! 清一郎の童貞が危ないって時に! 私が予約済みなのよ、それっ! わかってるの、紗耶香っ! わかってたら、さっさと出てきなさいよっ! どがっ!」
扉を足で叩いてヒステリーを起こしているアイリに対して、中から紗耶香が冷ややかに応答する。
「無駄な事はやめてください、アイリさん。これから私と清一郎さんは一緒に『プレイ』するんです。泣こうが喚こうが、この天の岩戸は開きません」
「こんな場所でいいなんて、何て女っ! 清一郎っ! 私の為に童貞まもらなかったら、チョン切るからっ! どがっ!」
扉を不良の様に蹴飛ばしながら、物凄く物騒なセリフで俺を脅しつけるアイリ。背筋に怖気が走る。激高して我を忘れている時のアイリならやりかねないと、過去からの経験から思わせられてしまうのが恐ろしい。
俺、紗耶香に拉〇されてアイリに追い込みかけられてるじゃん。
なんでこうなってるの?!
もう、泣きたい。いや、既に泣いているんだけれど。
トイレに座っている紗耶香を見やるとあくまでゆったりと落ち着いていて、蹴りの音など聞こえていない風。
「いいものですね。分かり合っている二人で個室に入るというものは」
満面の微笑みでのたまわってくる紗耶香。
「なにやってんだーっ! お前らーっ!」
男性教師の怒鳴り声が遠くから響いてきた。
「このっ! このっ! このっ!! このっ!!!」
アイリの足蹴の音が轟き渡り。
「ふう~」
と、用を足した様子の紗耶香がリラックスした表情で目をつむって安寧の吐息を吐く。
なんというか……この世の地獄?
俺これからどうなっちゃうの? という恐怖のただ中のまま、時だけが過ぎてゆくのであった。
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