第17話 俺、彩音ちゃんに迫られる⑴

 そのまま彩音ちゃんに連れられて自宅にまで帰ってきた。


 玄関の扉を閉めたところでふうーと大きく吐息した。


「清ちゃん、危ない所だったわ」


 彩音ちゃんが包むような面持ちで俺をいたわってくれた。


「いや、マジで、ホント。アイリがあんな性癖を隠していたなんて思ってもいなかった。学校では女気ない俺に構ってくれるツンデレなんで想像もしてなかった」


「昔からアイリさん、清ちゃんに気があるのはわかっていたので、間に合ってよかったわ」


「そうだったんだ。でも明日からアイリには会いづらいな。俺はどんな態度でアイリに接すればいいのかとか、アイリはどう反応してくるかとか。アイリの性癖に付き合うのはちょっと御免だが、アイリのことは嫌いじゃなくて俺に構ってくれるのは感謝してるから」


「清ちゃんらしいと思うわ。普通に今まで通りでいいかと。それでアイリさんも喜んでくれると思うわ」


「彩音ちゃんありがとう。でもなんで俺の危機がわかったの?」


 アイリの家の場面からずっと不思議だったことだ。

 会話の流れで聞いてみた。

 すると彩音ちゃんが、いつもの優しくて柔らかでそれでいて深淵な、彩音ちゃんスマイルを見せてくれる。


「今は秘密よ。いずれ清ちゃんにもわかることよ。あまり気にしないで」


「そう、か。それなら気にしないでおこう」


 俺が彩音ちゃんに返したところで、雰囲気は日常のものへと変わった。


「今日は、清ちゃんの大好きなチーズハンバーグよ」


 いつもの彩音ちゃんが俺を喜ばそうと夕食のメニューを披露してくれる。


「それは……なんとも楽しみな……じゅる……」


 俺の腹がすいているすいていると、空腹を訴えていた。

 俺は制服のままだったので、着替える為に自室に戻る。

 やっぱり彩音ちゃんと暮らしているありふれた家庭はいいものだなと、改めて思い直すのであった。





 夕食のチーズハンバーグはいつもの彩音ちゃんの味でとても美味しく、二人して落ち着いたアットホームな時間だった。


 食後の緑茶で二人一緒の温かい余韻を味わって。


「清ちゃん、お風呂わいているわ」


 彩音ちゃんが声をかけてくれて、俺は今日一日の疲れを洗い流そうと浴室に入った。


 風呂で身体をこすりながら、ほんとうに今日は色々な事があったと思い返す。


 朝から紗耶香が寄ってきて、それに対するアイリの対応。

 俺がそのアイリを『看破』してアタックをかけたのだが返り討ち。

 彩音ちゃんに助けられていま、落ち着いた日常に戻ってきている。


 細かく考えると頭が混乱してどうにかなりそうだが、そこは深く思考する部分じゃないとおおざっぱに結論付ける。


 学校で紗耶香やアイリと会わないわけにはいかない。


 紗耶香やアイリがどう出てくるかはわからないが、俺は紗耶香とアイリを彼女にはしたくないだけで嫌っているわけではない。逆に誰も声をかけてくれない俺に構ってくれる優しい女子生徒として感謝しているぐらいなのだ。だから紗耶香とアイリに対しては友達としてどうということもなく平然と構えるのがいい。


 そうだな。うん、そうしよう。


 家に帰れば彩音ちゃんが支えになってくれるのがとても力強くもある。


 こうして身体を洗い流していながら、彩音ちゃんと二人だけだが、落ち着いた自分の家庭に包まれているという安寧を感じている。


 心が休まる。

 芯からリラックスできる。


 今でも彼女が欲しい事に変わりはなく、そういうドキドキも悪くはない。しかしそんな色恋沙汰からは無縁のお風呂での賢者タイムも全然悪くはないと思う。うん。悪くない。


 そんな俺の目端にちらっと移るものがあって、なんだ? と意図もなく見やる。


 すりガラス越し。脱衣場に影が見えた。


 人のシルエット。


 彩音ちゃん? いや、この家には俺の他には彩音ちゃんしかいないんだが。洗濯の時間じゃないはずなんだがーと、ぼんやりと眺めていると。


 ガチャと浴室の扉が開く。


 その人物の「姿」に思考が停止して、時間が止まった。


 何を見ているかがわからなかった。


 いや、見ているモノはわかるのだが理解がおいつかない。


「清ちゃん……」


 その艶を帯びた抑揚と恥じらいを浮かべた表情に、頭が回転を始める。


 徐々に理解がおいついてきて、心臓が鼓動を打ち鳴らしだす。


 頭に血が上ってきて顔が熱を帯びてゆくのがはっきりとわかった。


 なんと、白いバスタオルを身体に巻いた彩音ちゃんが入ってきたのだ!

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