第14話 俺、アイリを狙うも返り討ちに合う⑷

 昇降口で革靴に履き替えて校舎を出る。

 スロープを下ってから、緑に萌える港南中央公園脇を抜ける。


 アイリも俺も一緒にこの街で育って、彩雲学園中等部一年までは一緒に下校していた。

 なんとなく懐かしくて、二人して黙って歩みを進める。


 このあたりは幼馴染の阿吽の呼吸で、アイリもいつもの騒がしさをまき散らしてこない。


 国道沿いを進んで住宅地区に差し掛かったところで、そのアイリが俺に声をかけてきた。


「私の家、久しぶりに遊びに来ない?」


「本当に久しぶりだな。いつ以来かな?」


「中学に入るころまでは一緒に帰って私の部屋に入り浸っていたわね。あのころの事、思い出したから。あとこっちの秘密の都合があるから」


「そうか。俺もアイリに言いたいことがあるから、俺の都合もいい。アイリの部屋でなら、邪魔も入らないしな」


「そう。それ、重要」


 ニコッと邪気を感じさせない笑みを見せるアイリ。ツンデレだが、こういうところはしっかり女の子なのだと、昔からことあるごとに感じさせられてはいる。


 俺が改めてアイリのいい部分を意識したところで二人してツーカーの笑みを交わして、アイリの邸宅のある高級住宅街へと進むのであった。





 アイリの家にまで久しぶりにやってきた。


 洋風三階建ての大きな屋敷。

 港南市の高級住宅街で、俺の住んでいる一般分譲住宅地区の隣に広がっている高級邸宅街。豪華な陶器の表札に『桜羽』と彫り込まれている。


 そのままの流れでアイリに従って中に入る。


 アイリの両親は共働きで、昔入り浸っていた頃にはいつもアイリと二人きりだったのだが、変わっていない感じ。


 以前の様に階段を上って、ちょっと懐かしく思いながら三階のアイリの部屋に招かれた。


 個人の部屋としては広めで、レースのカーテンにクラシックな木目のセミダブルベッド。これまたドラディショナルなソファーセットが部屋の中央にあって、全体的に白とアイボリーに包まれた落ち着いたシックな色合い。


 壁際の棚に置いてある複数のディスプレイとゲーム機器、最新型のゲーミングパソコン、それと……言うのははばかられるが、『大人向きのパッケージングされたパソコンゲーム』が散乱していなければ、あのアイリの部屋だとは信じないところだ。


 うん。変わりない。

 中一まで俺とアイリが入り浸ってゲームをしていた頃の部屋の匂いそのままだ。


「ちょっとそこに座って待ってて」


 アイリはソファーを指し示してからベッドに鞄を放ると、美少女がアレやコレやされている包装のゲームを片付ける素振りすら見せずに部屋を出て行った。


 しばらくしてトレーに紅茶セットをもって部屋に戻ってくる。


 そのアイリがテーブルにソーサーとカップを二つ置き、ポットから紅茶を給仕する。とても上品で手慣れた振る舞い。はっきり言っていつもの言動からは想像もつかないような仕草なのだが、こいつはもともと俺とは家柄の違うお嬢様なのだと改めて思い知らされる。


 でもアイリはそんなことを気にかけたりしない。鼻にかけたりしない。全然、なんとも思ってない。


 それはアイリという一人の人間の気高さだと俺は密かに感じ入っているのだが、本人には内緒。だって言ったら言ったで気分よく付け上がって調子に乗ることが目に見えているから。まあそれもそれでアイリの個性なのだが、イケイケで虐められるのはちょっと勘弁してほしい。


 それからアイリは対面……ではなく、俺の隣に座ってきた。


 え? っと少し驚いた。


 昔と同じ行動なのだが、あれから三年程たっている。


 アイリも女性として成長して、俺も若い男になった。


 子供時代とは違った男女の距離感。アイリと部屋に二人きり。アイリの身体の重さでソファが揺れるその振動とか、わずかに伝わってくる体温とか。アイリと隣り合って座っていることがこんなに落ち着かなくてドキドキするとは思っていなかったのだ。


 ちょっと、俺、しっかりしろ!


 これからアタックするんだからな!


 思っていると、アイリが目の前の紅茶に口をつけた。一口飲んで、それをソーサーに置き、ふうと息をついた。


「何から話していいかわからないけど……」


 隣のアイリを見る。真っ直ぐに前方に目を向けているが、心は俺にあるような面持ち。真剣な顔をしている。


「ずっと……後悔してた」


 アイリが心を吐露する抑揚を放ってきた。


「後悔?」


 俺にはわからない。女の子の気持ちは俺の想像の遥か彼方なのかもしれない。


「そう。後悔。私……中学に入ってから、からかわれて清一郎と距離を置いたの、ずっと後悔してた」


 思ってもみなかった独白だった。こいつ、たまに思い出したように俺にちょっかいかけてくるから、本当のところ俺の事どう思っているのかと疑問だったのだが、そんな事を思っていたなんてと女の子の心の深さにジンとくるものがあった。


「ずっと心に引っかかっていた。清一郎と距離を置いちゃったこと。私も年頃の女の子だから、からかわれたり注目を浴びたら恥ずかしいの当たり前なんだけど、そんな事気にしなければよかったんだって、今になって思ってる」


 おい?


 これ……マジで、アイリの告白コースなんじゃないのか?


 さっきからアイリの隣の席でドキドキいっている心臓の鼓動がさらに速く高くなる。


「私にとって清一郎が……」


 間を置くアイリ。下を向いてから顔を上げてこちらを見てきた。真っ直ぐな視線。熱いまなこ。勇気を振り絞るように口にしてきた。


「私にとって清一郎が大切な人なんだって気付いてから、ずっと清一郎のこと見てた」


 いつの間にかアイリの視線に、艶と媚の色が見え隠れしていた。


「見ているだけじゃ我慢できなくなって、ちょっかいかけてたけど、それももう色々と限界。清一郎ときちんとした関係になりたくてなりたくて、夜も悶える日々が続いて」


 俺は言葉を返せなかった。


 こんなに俺の事を想っていてくれていたアイリ。

 幼稚園からの幼馴染で、小さいころには一緒におフロに入った仲の女の子。

 それが今立派な女性にまで成長して勇気を振り絞って俺に想いを伝えてきてくれている。


 俺の反応が怖かっただろうし、自分の気持ちに惑ったりもしただろう。


 だから、俺はそんなアイリに早く応えたくて。ともすれば抱きしめてしまうんじゃないかってくらいの想いで。


「俺はアイリに嫌われたと思って、ショックだった」


 アイリの表情に変化が現れた。俺の言葉に揺れ惑い、どう反応していいか混乱している面持ち。


「でも俺は、こんな目つき顔つきの事なんて気にしないで俺と遊んでくれて、時折俺に言葉をかけてくれたアイリにずっと感謝してた。アイリが俺の顔の事を気にしたことって、ないからな」


 アイリの目が見開かれ、表情が止まっている。


「俺は年頃になって、彼女いない歴=年齢のダメ男だが、そんなアイリとまた仲良くなって、そのまま恋人同士になれればって、昨日失敗してから気付いたんだ。俺のそばにはずっとアイリがいてくれたんだって」


「うん……うん……」


 アイリの相貌が崩れてゆく。目が潤んで、今にも泣き出しそうな表情に変わってゆく。


「アイリ。俺はお前のことが……」


「うん。私も清一郎のことをずっと思っていて……」


 二人して見つめ合う。

 そして。

 そのアイリの作り物めいた唇から言葉が紡ぎ出される。


「私……ずっと……ずっと……」


「俺は今日の朝からだが、でもそれでもアイリのことが……」


「清一郎と、ずっと……」


「俺もアイリとずっと……」


 そして一拍置いてアイリの表白。

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