第2章 俺、アイリを狙うも返り討ちに合う

第11話 俺、アイリを狙うも返り討ちに合う⑴

 翌日の一時間目のホームルーム前。

 教室はまだざわざわとして落ち着いてはいない。


 その後方最後尾の席に座っている俺は、前日の事を思い起こしていた。


 俺が行った『看破』とアタック。生徒会室での紗耶香からの告白。

 確かに紗耶香の好感度は100で間違いなかったのだが、想像もしていない性癖を紗耶香は隠していたのだ。


 紗耶香の気持ちは理解できるし、俺も思春期の男子だから女性としての紗耶香、もっと生々しく言うと紗耶香との男女の関係には興味がある。もちろん。ただ俺がまず欲しいのは普通の彼女であって、その彼女との甘々なやり取りやデートであって、いきなり変なプレイを所望されても手に余るのが事実なのであった。


 ――と、


 人の気配を脇に感じて顔を上げる。


 この学園の優等生アイドル、その昨日の高城紗耶香がマイルドな笑みを浮かべて俺の席の前に立っていた。


「昨日は来てくれてありがとうございました」


「ああ、うん……」


 なんと答えてよいのかわからずにお茶を濁す。


 生徒会室から逃げ去る時に、断りの返事は返したはずなのだが、何故か紗耶香は今日こうして俺に近づいてきている。


「私は、昨日互いに分かり合えたと思えたこと、一生忘れません」


 教室が一瞬静まって、それからさざ波のごとく騒めいた。

 皆、自分の宿題や友人との会話を行いながらも、紗耶香が俺に声をかけたこと、その言葉の中身に注視していたのだ。


 それはそうだろう。この学園の高根の花の優等生アイドルが、誰にも相手にされない男子生徒に自分から声をかけ、あまつさえ互いがどうこう言うセリフを発したのだ。


「私、高坂さんと彼氏彼女の仲になりたいと一層思うようになりました。昨日は告白した余韻で身も心も熱くて眠れませんでした」


 さらに教室がどよめく。痴女ということを隠している紗耶香は、表向きは学園の美少女アイドルなのだ。


 クラス中が嫉妬と興味と混乱に波打つ中、一人ずずずいっと俺と紗耶香のところに大股で近づいてくる姿があった。


「なんであなたが清一郎に彼女とか言ってるのよ!」


 その女子生徒は、桜羽アイリ。

 俺の幼馴染にして、イギリス婦人の母親と日本紳士の父親を持つ、金髪ツインテールハーフ。


 背丈体格は女の子としては小柄な部類で、胸やらお尻やらの凹凸は目立っていないが、それでも思春期の女の子。以前水泳の授業でちらと見たのだが、身体のラインはきちんと滑らかで、とても柔らかそうな肉付きであった。


 やや吊り上がり気味の目線は強気な面立ちだが、目鼻立ちの作りはとても綺麗。両脇のツインテールがとてもよく似合っている学園二大美少女の名に恥じないツンデレガールである。


 教室内で、学園での一目も二目も置かれている女子生徒二人が遭遇する事態となった。


 アイリの突っかかりに、紗耶香がカウンターで答える。


「あら、アイリさん。私、昨日高坂さんと……その……とても濃厚な時間を二人だけですごしたんです」


 頬に両手を添えて、ぽっと顔を赤らめる紗耶香。


 アイリが、きーっと発情したネコの様に反応する。


「なに……いっているのよっ! まさかっ! 生徒会室をホテル代わりにつかって、あんなことや、そんなこと!」


 アイリが「きっ」と俺に鬼の形相を向ける。


「清一郎! まさかとは思うけど、高城さんに……その……『悪さ』をしたんじゃないでしょーね!」


 はっきりとした言葉を使っていないが、アイリの顔には怒りと同時に羞恥が見えかくれしている。さすがに年頃の女の子。明確な表現を使うのがためらわれたのだろうが、そのセリフの意味するところは俺にも理解できている。


 つーか、なんでアイリ、怒ってんだ?

 教室中が静止している。その注目を俺たち三人が一身に浴びていて、なんだかとてもヤバイ雰囲気だ。


 兎にも角にも、こいつと高城さんは学園でも有名な人気女生徒で、俺は別の意味で悪名高い。この先、どう転がってもあまりよいうわさにはならないだろうと思うと気がめいってくる。


 俺はふーと一息ため息をついてから、アイリを鎮めようと言葉を返す。


「俺と高城さんの間には何もない。高城さんが俺の事、からかっているだけだ」


「あら。私の大事な部分を見て喜んでくれたじゃないですか。私の秘密の部分、殿方に見せるのは初めてでとても恥ずかしかったんです」


 紗耶香は赤ら顔のまま、ふるふると身体を振って恥ずかしいという仕草。


 俺はたまらず、思わず声を上げて突っ込んでしまった。


「高城さんが勝手に見せたんでしょーが!」


 紗耶香は俺の突っ込みに、両手で顔を覆った。


「私を熱くさせておいて、その言いようは酷いです。殿方として責任をとってくださると思って私は身を任せたんです。『あの時』は女性としての喜びを全身で感じていました……ぽっ」


 自分で「ぽっ」という擬音語で脚色してきやがった。

 こいつ、完全に猫被ってやがったな。

 これがこいつの本性だと改めて思い直す。


 俺たちの事を指さしている、嫉妬や興味で夢中のクラスメイトたち。いやそれだけにとどまらず、全校生徒をも欺いていた痴女っ子高城紗耶香。侮りがたし。

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