第6話 俺、沙耶香にアタックする⑵
校門で大学部へ向かう彩音ちゃんと別れて、俺はそのまま校舎の二階にある二年二組の教室へ向かう。後ろの扉からのろのろと中へ入って教室最後尾の自分の机に座った。
クラスの生徒は半分ほどが登校している。机に座って宿題をしたり、友達とおしゃべりをしたりと、三々五々の状況だ。
ちなみに家からクロぼうがネコの足取りでくっついてきているのだが、不思議とクロぼうに向けられる視線はない。廊下を歩いていても、そしてクラスの中に入っても、何の反応もない。
トンッとクロぼうが俺の机の上にあがった。
「さて。誰でもいいから見繕ってみてよ」
大きくはない声だが、教室内で日本語をのたまう。クラスでその黒猫に構う視線は全くない。
俺は、うーんとうめいた。まだ完全に信じたわけではないのだが、こいつが夢魔というのは間違いなさそうだと結論付ける。日常の生き物ではない、超常的な存在なのだ。
クラス内を見回す。
黒板消しをクリーナーで綺麗にしている女の子っぽいショートヘアーの日直の娘、山口さんに目が留まった。
クラスでもなかなか人気のある、人当たりのマイルドな女の子。
「あの子? 割といい感じだね。『看破』って唱えてみて」
「『看破』?」
「そう、『看破』。君はもう僕と契約しているから、幾つかの『魔法』が使えるんだ。やってみて」
あまり気が進まなかったが、俺は『看破』、と唱えた。
瞬間、ノイズが走った様に視界がブレてから元に戻る。
見えている山口さんの姿の上に、「2」という数字が浮かんでいた。
マジか?
俺の目の錯覚じゃないのか?
思うが、実際山口さんの身体の上にはっきりと数字が見えていることは否定できない。
「見えるかい? それが、『好感度パラメータ―』だよ。『2』だね。だいたいアタック成功率
数%ってところだよ。さあ、アタックしてみて」
「お前にも数字が見えてるのか……。つーか、アタックってなんだよ?」
「あの子に声をかけて、僕の彼女になってくださいって告白するんだよ」
「俺、そんなことするのかよ? いきなり無茶だろ?」
「でも『看破』は一つ使っちゃったから、残りは99回だよ。看破を使った相手にアタックして誰かは彼女にしないと、夢魔契約でずっと彼女ができなくなっちゃうんだ。好感度パラメータ―2だと無理っぽいけど、試さないと損だよ。チャンスはゼロじゃないよ」
「しれっと言うな! マジかよ!」
俺は舌打ちをしながら立ち上がり、黒板横に立っている山口さんに授業前のにぎやかさに紛れて渋々近づく。
マジでアタックしないといけないのか?
だが、クロぼうの言うことが本当なら、『看破』を使ったのならば試してみないと回数が一回無駄になる。
「あの……」
俺は、胸中で呻きながら山口さんに声をかけた。
目つき顔つきのせいで女子生徒に相手にされない俺だから、このレベルの子が自分から俺に声をかけてくることはありえない。
授業前で雑然としていてクラスの注目がない状況の今、さっさと試してしまいたい。
「……なんで……しょうか?」
山口さんは、俺に声をかけられて戸惑っている様子。
「ええと……なんというか……」
俺はなんとも歯切れが悪い。当然だ。生徒たちの視線はないとはいえ、大勢のいる教室の中で告白めいたことをするのだ。
「俺と……」
「俺と……?」
「付き合わない?」
「?」
俺にコクられた山口さんはきょとんとした表情。
意味がよくわからないという反応。
「だから……」
埒が明かないので、俺は思い切って言ってみた。
「俺と、彼氏彼女の関係になってほしいんだけれど」
山口さんの表情が固まった。後、あからさまに困ったという様子を見せる。
「こ、こまります。変な事、言わないでください」
山口さんは周囲の様子を気にしている挙動。
俺も小声なのだが、山口さんの声はさらに小さく聞こえないくらいだ。たぶん、傍にいる俺にしか聞こえていない。
「ダメ……?」
せっかく『看破』を一回つかったのだからと念を押す俺だったが、
「気持ち悪い……です……」
人当たりの良いことで人気のあるその子は、痴漢から離れるが如く逃げ去ってしまった。
「ダメだったね。残念。まあ、好感度2だとそんなところかな? またよさそうな子を『看破』してチャレンジしてみるといいよ」
足元からの声に下を見ると、いつの間にかクロぼうがいた。
いや……
普通、物腰が丁寧だと評判のあの娘から「気持ち悪い」と言われたらかなりのダメージをくらうところではある。
だがしかし。元々女子生徒には相手にされていない俺なのであって、さほどのショックは受けていない。その場で通報されなかっただけよかったと思っているくらいだ。
だから床にいるクロぼうに質問する余裕もある。
「こんなんで、本当に彼女できるのかよ……。お前、偽物とは言わないが、夢魔とやらの中じゃ無能な部類なんじゃないのか? 他にお前の同類がいるのかどうかは知らんが?」
「失礼だね。僕はモテない男子の将来性を見る目はきちんとあるんだ。君は一ヵ月後にはちゃんと素敵で立派な彼女が作れているから、きちんとトライしてみてよ」
「はいはい」
ぶっきらぼうに答えた割に、俺は結構やる気になっている自分を感じていた。
今の今まで、自分から女の子にアタックしたことなど一度もない。
女子生徒に無視される毎日の中、思春期の青年の悩み――素敵な彼女が欲しい――という夢は捨てきれず悶々と過ごしてきた。
その俺の所に、夢魔とやらのクロぼうがやってきて、不思議なきっかけをくれることになった。
悪いことじゃない気がした。
キス契約を成功させないと本当に彼女が作れなくなってしまうという夢魔契約だが、それは元々彼女がいないのだから大したデメリットではない。
むしろ女の子の好感度とやらが見えるのだから、攻略の糸口がつかめるという考えもできる。
いいじゃないか。
やってみようじゃないか。
そんな風に積極的になっている自分自身を感じながら、予鈴がなってホームルームが始まるのであった。
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