第5話 俺、沙耶香にアタックする⑴
次の日、俺は慌てて飛び起きた。
頭の上の置時計を見ると、朝の七時を過ぎている!
寝過ごした!
彩音ちゃんとの二人での生活で、俺の受け持ちになっている掃除洗濯をする暇がない。
慌てて部屋を出て、一階の洗面所で彩音ちゃんごめんと心の中で謝りながら、身支度。
台所に入ると、家着にエプロン姿の彩音ちゃんが笑顔で迎えてくれた。
「おはよう、清ちゃん。疲れている様子だったので掃除と洗濯はやっておいたわ。朝食にしましょう」
「ごめんなさい!」
「たまになんだから気にしないで。私は清ちゃんにゆっくり休んでもらって嬉しいくらいよ」
俺は彩音ちゃんに手を合わせて平謝りの後、二人してテーブルの対面に座る。
食パンにハムエッグに野菜サラダとコーヒー付き。彩音ちゃんは安価な素材で、美味しくバランスのいい食事をいつも作ってくれる。
感謝して『いただきます』。
そして食パンに手を伸ばしたところで――
「朝食かい。僕も一緒にいただくよ」
声がしたと思ったら、いつの間にか足元にまでやってきていたクロ猫が、ひょんとテーブルに飛び乗ってきた。
昨日の初遭遇に続いて、再び驚く。
思い出した!
昨日の幻覚幻聴!
だが、間違いなく目の前には、日本語をしゃべるネコ、クロぼうがいることも事実で。
俺が状況を把握できずに混乱しかかっているところで。
「おはよう、クロぼうさん。クロぼうさんの食事、取り分けるわね」
彩音ちゃんの微塵も動揺のない反応に、騒めき立った心が疑問に満たされる。
「……彩音ちゃん? クロぼうの事、なんで知ってるの? つーか、日本語しゃべるネコだよ? どう考えてもおかしいじゃん!」
思わず彩音ちゃんに突っ込んでしまった。
彩音ちゃんはその俺に不思議だという様子。
「クロぼうさんは清ちゃんの契約者さんよ? 日本語も話せるけれど……どこかおかしいかしら?」
きょとんとした目を俺に向けてくる。
「いや、おかしいでしょ。どう考えても。俺はこいつのこと、幻覚幻聴だと思ってたんだが。というか、今の今まで忘れていたんだが」
「ふふっ。変な清ちゃん。クロぼうさんのこと忘れるなんで酷い契約者さんね。せっかく清ちゃんに彼女を作ってくれる為にやってきてくれたのに」
「彩音ちゃんにも説明したからね。彩音ちゃんは清一郎君と違って物分かりが早いね!」
彩音ちゃんが鮭をクロぼうに取り分けて、クロぼうは何もないというアルカイックなスマイルでそれに口をつける。
こいつ、本物なのか?
彩音ちゃんが無条件に納得しているのは夢魔の魔法……かなにか、なのか?
未だに答えの出ない俺ではあったが、目の前で起こっていることは認めないわけにはいかない。
確かに彩音ちゃんがクロぼうの相手をしていて、クロぼうも朝食をほおばっている。
そしてクロぼうも合わせて、『ごちそうさま』。
夢魔と名乗ったクロぼう。
俺にも彼女が出来るという。
半信半疑のまま俺は彩雲学園の制服である青のブレザーに着替えて、彩音ちゃんとクロぼうと一緒に家を出たのであった。
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