第1章 俺、クロぼうと契約する

第2話 俺、クロぼうと契約する⑴



 六時間目が終わった途端、市立彩雲学園高等部の二年二組は騒がしくなった。


 大都市のベッドタウンとしての開発が進む港南市。彩雲学園はその港南市にある真新しい共学校だ。平均的な偏差値ではあるが緩やかな校風が持ち味の学び舎で、この街の思春期の男女には根強い人気を誇る嬉しくもにぎやかな学園なのであった。


 俺は、高坂清一郎(こうさかせいいちろう)。

 取り立ててどうという事もない十七才の高校生だ。社交性に優れた陽キャではないため、つるんでいる同学年の男子生徒はおらず、目つき顔つきのせいで会話を交わす女生徒も『ほとんど』いない。


 でも。俺も思春期の一般男子生徒にかわりはなく。彼女ほしい……とにぎやかになったクラスの女子たちを眺めながら、胸中でひとりごちる毎日なのであった。


 俺の視線の先に、この学園の二大美少女の一人、高城紗耶香(たかしろさやか)がクラスメイトの女子達と会話を交わしている。


 こんな女の子が彼女になってくれたら人生どんなにバラ色なんだろうか? とあり得もしないことを夢想していると、高城さんがぼーと見ていた俺に気付いた様子でこちらを見てにっこりと微笑を返してくれた。


 俺は慌てて目をそらす。目つき顔つきの悪い俺にこんな反応を示してくれる女子は他にはいない。クラスカースト上位の女子連中になると、「うざっ」とか「顔キツっ」とか罵って、こっちを見るなと言わんばかりの塩対応だ。


 それに引き換え高城紗耶香さん。外見も別格ながら、その心も汚れない極上の女生徒。


 高城さんが彼女とか無茶苦茶な要求はしないが、せめて毎日普通に会話が出来るくらいの仲のいい友達になってくれたら、と夢想家の俺は想像して楽しむのが日課にもなっている。


 うん。まあ、頭の中で想像するだけなら、問題ないよな。実際に近づいたり声をかけたりしなければ、彼女にも迷惑はかからない。他人の目もあるから、誰もそう簡単には彼女には近づけないのだ。それだけの高値の花の女子生徒なのだ。


「何にやけてるの、キモッ」


 俺の妄想を打ち破る声に脇を見る。


 金髪ツインテールの強気顔。吊り上がりぎみだが、意志のはっきりした目。すっとした鼻筋と引き結んだ薄ピンクの唇。どのギャルゲーにも一人はいそうな、でも別格のツンデレ美少女がそこに立っていた。


 桜羽アイリ(さくらばあいり)。


 俺の幼馴染。


 幼稚園からの付き合いで、小学校の頃は仲がよかったのだが、中学に入ってからは途端に嫌われている仕様になってしまった。理由はわからない。わからないのだが、付き合いは続いていて、今みたいに時折思い出したように俺に突っかかってきたりする。


 ちなみにわかりやすいツンデレ(外見)なのだが、俺にデレた記憶はなかったりする。


「見ててキモイわよ。高城さんをじっと眺めてるモテない男子。まあ、目が行く気持ちもわからないではないけど、私あの人、なんか信用できないのよね」


「そういうお前はキモい俺を眺めてて、声までかけてくるんだ。キモッ」


 アイリの顔が怒りと羞恥に染まった。


「うるさいわね! 変質者が幼馴染とか、私が迷惑なのよ! 変な事は自重しなさいよ。わかってる?」


「学園の二大アイドルの一人として、対抗馬の高城さんは気に入らないってか? お前に高城さんの心の優しさの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ」


 言い忘れたが、こいつも学園のアイドル。

 高城紗耶香さんと桜羽アイリ。上品で優しい黒髪ロングと、強気の金髪ツインテールツンデレ。男子生徒の間では、人気を二分する女生徒だ。


 優しい高城さんに癒されたいという生徒と、強気なツンデレに虐められたいという男子が、ほぼ均等に分布している。


 俺に構ってくれる女子はこの二人だけ。

 高城さんは普通に微笑んでくれるし、アイリは幼馴染のよしみがあるのかないのか知らないが、なぜか俺にちょっかいをかけてきたりする。


 さすがに、彼女欲しい欲しい病の俺なのだが、かまってくれるからといって学園の二大アイドルを恋人にできるなどとは想像できないので、その他の女子に期待していたりするのだが……


 他の女子は全滅。


 と、脇に立っているアイリがいつの間にかいなくなっていた。


 むーん、とうめいたのち、俺もかばんを持ってクラスを後にするいつもの午後なのであった。

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